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男性という資格。

今回もたぶん、敵が増えるであろうことを書こう。
なんなら炎上案件だ。
 
しかも今回は(も?)
かなり独断と偏見に満ちた話で、
男性からも女性からも「いや、違うよ?」という
ツッコミどころ満載の内容だ。
 
しかし書こう。なぜなら書きたいから。笑
 
 
さて。
 
これは男性が生きる上で、
とんでもなく重要なこと。
 
で、あるにもかかわらず、
学校でも、社会でも、家庭でも、
誰も教えてくれない。
 
なので、たまたま運よく
こっそり教えてくれる人と巡り合うか、
自分で気づく以外に方法がない。
 
男性にとっては知る知らないで
致命的な問題にもなりかねないのに。
 
 
では伝えていこう。
 
【 「男性」は、資格試験制である。】
 
 
は?
 
いや、大丈夫だ。説明はする。
 
 
ちょい遠回りになるが、
まずは女性の話をしよう。
 
女性は、生まれた時から女性である。
 
まぁ、生まれた環境やら才能やら性格、
そしてルックスによって差は出てくるだろう。
 
しかし、「女性」であることには変わらない。
 
少なくとも社会的に女性として扱われない、
という場面は比較的少ないだろうし、
(本人が望まない相手かもしれないが)
誰かは女性として扱うことだろう。
 
 
一応断っておくが、女性の方が生きるのが楽、
とか、そういう事を言いたいのではない。
  
というか、そういう「危険」があるから、
今回の内容は誰も触れないし、誰も教えてくれない。
 
これを読んでいるあなたが、ワタシの言いたい
本質を理解してくれるであろうという
期待と願いを込めて書く。
 
 
続けよう。
 
そして、女性が女性として発言した場合、
それは誰かのもとには届く。
 
社会がどうあるべきだ!みたいのから、
メルヘンなものまで、何を言っても自由だし、
それは、ある一面としては受け入れられる。
  
 
 
しかし、男性は違う。
 
男性は、「男性」という
資格試験に合格していないかぎり、
発言権は極めて限られる。
 
男性は、自分が男性であることを
主に仕事面や能力面で証明しないと
「男性」になれないのだ。
 
 
えー?まじー!?
そんなことないよー!!
 
という声が空耳アワーで聞こえてきそうだし、
なんならワタシも、これがワタシの思い込みであってほしい。
 
 
しかし、「男性という資格」を取得していない男性は、
それがどんなに素晴らしくて本質的であったとしても、
 
「は?なに言ってんだお前?」
 
で、スルーされて終わる。
 
 
たとえば、
 
「この世にはお金よりも大切なことがある」
 
というのは、真実だ、と思う。ヒャクパー賛成する。
 
 
が、
 
これを「男性という資格」を持っていない人が言うと
 
「いいから、まず稼げよ」
 
で終わってしまう。
 
 
他にも、
 
「人生は、楽しむことが大事」
 
みたいなことであっても、
「男性という資格」を持っている人が言うと、
 
「うん!その通り!カッコいい!」
 
と、男性として認められるが、
この資格を取得していないと、
 
「あー、だからアンタはクズなのね」
 
と捉えられてしまう。
 
 
いや、もちろん女性もそういう面はあるだろう。
 
しかし、男性の場合は、
そのジャッジがかなり厳しく、
さらにその「下限」がない。
 
なので、けっこう簡単に
「誰一人として話に耳を傾けてくれない」
という状態に陥る。いやマジで。
 
 
そしてこの「男性という資格」は、
主に社会的な「目」によって取得が左右される。
 
例えば収入だし、
例えば肩書とか実績だ。
 
「能力」もあるのだけれど、これがまたビミョーで、
「称賛を浴びる能力」でないと、
「男性という資格」にはプラスポイントにならない。
 
…書いてて、ちょっと切なくなってきた。
 
 
なので。
 
この「男性は、実は資格試験なのだ」という
「事実」に気づいちゃった男性は、
自分が男性であるということを証明していく。
 
気づくことのない男性は、
年齢を重ねるごとに、ちょっとずつ
「あれ?生きにくくね?」と思うか、
周囲の目を気にせずに、周囲から切り離されてゆく。
 
えー、マジすかー。つらたんです。
 
 
 
さてさて。
 
極論かもしれんし、
なんなら間違っているかもしれん。
 
てか、間違ってて欲しい。笑。
 
 
ただ、
 
ワタシの周りにいる幸せな男性は、
この「男性という資格」に
気づいているように見える人が多い。
 
だから、自分が言いたいことを言い続けられるため、
やりたいことをやり続けられるため、努力する。
 
なぜなら、「資格」が剥奪されたら、
発言権を失うからだ。
 
 
まぁ、発言権を失ったところで、
好き勝手に「言う」ことはできるのだが、
それに聞く耳を持つ人はいなくなり、
言葉に命は吹き込まれない。
 
「へー、あー。そう」
 
って思われるのが関の山、というか
それすらも思われない。
 
 
自分でもなんでこんなことを書いたのか分からんが、
100の怒りマークにさらされたとしても、
1人の男性が「あ、そうだったんだ」と思ってもらえたら
幸甚に存じ上げたてまつり候でござる。
 
女性でも男性でも、
勇気ある支援者がいたら、それもまた幸いだ。
 
 
…まぁ、そんなことを書いているワタシ自身が
まだ「男性という資格」を取得していない可能性が
ゴロンゴロンあるのだけれどね。
 
ではでは。
 

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