人類が発展してきた要素のひとつとして、
「得意なことを分業する」
という事があると思う。
たとえば、はるか昔なんかは、
魚を捕るのが上手い人もいれば、
土器を作るのが上手い人もいたのだろう。
そういった人々が同じ集落で暮らしていくうちに
「お前は土器を作ってくれ。
その代わり、俺が魚を捕ってくる」
みたいなことが行われてきたと思う。
そこに「お金」という価値交換のツールが発明され、
さらに分業に拍車をかけて行った。
お金という道具を介すれば、
広範囲の人々とも価値を分かち合うことができ、
その「価値」も、より多くのバラエティを持つことになるから。
原材料を調達する者。
それを加工する者。
それを流通させる者。
それを販売する者。
作詞する者。
作曲する者。
編曲する者。
歌う者。奏でる者。
物語を紡ぐ者。
それを脚本にする者。
演じる者。
衣装を作る者。
大道具・小道具を作る者。
メーキャップする者。
撮影する者。
監督する者。
そんな「分業」が、現代の豊かさを彩り、
様々な職業を生み出している。
そんな中、
時代が進んでゆき、技術が進歩してくると
今度は「分業」が「収束」の方向にも進む。
たとえば音楽なんかは、
作詞作曲、編曲、楽器演奏、そして歌唱と、
すべてを一人でやってのけてしまう人も現れる。
あるいは、料理系YouTuberなんかは
食事を作って、その食レポまでやり、
それを全世界に配信したりもできている。
もちろん、すべてが収束方向に
向かっているわけではないけれど、
進んだ技術のおかげで、
「才能のある人は、全部やってのけてしまう」
ということも選べるようになってきた。
おそらく、もう少ししたら、
全世界で上映されるような映画も、
たった一人で作れてしまう日が来るに違いない。
また、
たった一人で何千人分の稲作ができるようになったり、
たった一人で何千人分の料理が提供できたりする可能性も、
ゼロではないのかもしれない。
そんな「収束」が、これから加速して行ったら
世の中はどうなるか?
「富が一極集中する」
「一部の天才以外は、不幸になる」
みたいな未来を予想する人もいるかもしれないけれど、
たぶん、そうはならないと思う。
資本主義が未来永劫に続くという前提だと
そうなるかもしれないけれど。
はるか昔から今まで、
人類は「苦役からの解放」を
コツコツと成し遂げている。
暑さ寒さをしのぎたい。
食糧に困らないようになりたい。
快適に過ごしたい。
病気を治したい。
遠く離れた人とも話したい。
遠くまで行きたい。
色々と意見はあるだろうけれど、
人類全体という意味で見たら、
少しずつだとしても、良い方向に進んでいる。
(と、私は思う)
1つの解決方法は、また1つの問題を生むけれど、
それでも良い方向には、歩み続けている。
そういう目で見た時に、
技術が進んで、一人の人が「収束」で
活躍できるようになる世界は。
きっと、いろんな「天の才」に目覚めた人が、
今までとは違う融合をして、
新しい価値を生む世界になるのだと信じたい。
まったく問題のないバラ色の世界が待っている、
なんてお花畑発想にはならないけれど、
おそらくチャンスにあふれた世界になると思う。
今、普通に生きている人は、
昔の支配者たちよりも、はるか高い建物からの景色を見て、
彼らよりも恵まれた食べ物を食べていたりもするのだから。
そして。
そんな「天の才」に目覚めた人から、
新しい世界へのチケットを手に入れられるのだろう。
なので、
自分の魂に従って、少しずつでもいいから生きてみることが
これからを生きていく上での最適解になると思う。
人に迷惑をかけたり、傷つけたり、
そういうことでない限り、
自分の魂に沿って生きる。
その道に進み始めたら、
自分に合った「類友」が現れ、
共に歩みだすのではないかな?と思う。
「いや、現実はそんなに甘くないですよ」
という意見もあるだろう。
でも、まずは、1日5分でもいいから
「私はこれなんじゃないか?」
という活動をするのは、悪くなくない?
そこから道が拓け、
今とは全く違った自分に会えるのかも
しれないのだから。
さて。
「今日の5分を、
あなたの魂に沿うとしたら?」
あなたは、何をしますか?
ではでは。
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その代わり、俺が魚を捕ってくる」
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広範囲の人々とも価値を分かち合うことができ、
その「価値」も、より多くのバラエティを持つことになるから。
原材料を調達する者。
それを加工する者。
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それを販売する者。
作詞する者。
作曲する者。
編曲する者。
歌う者。奏でる者。
物語を紡ぐ者。
それを脚本にする者。
演じる者。
衣装を作る者。
大道具・小道具を作る者。
メーキャップする者。
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監督する者。
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世の中はどうなるか?
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たぶん、そうはならないと思う。
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そうなるかもしれないけれど。
はるか昔から今まで、
人類は「苦役からの解放」を
コツコツと成し遂げている。
暑さ寒さをしのぎたい。
食糧に困らないようになりたい。
快適に過ごしたい。
病気を治したい。
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遠くまで行きたい。
色々と意見はあるだろうけれど、
人類全体という意味で見たら、
少しずつだとしても、良い方向に進んでいる。
(と、私は思う)
1つの解決方法は、また1つの問題を生むけれど、
それでも良い方向には、歩み続けている。
そういう目で見た時に、
技術が進んで、一人の人が「収束」で
活躍できるようになる世界は。
きっと、いろんな「天の才」に目覚めた人が、
今までとは違う融合をして、
新しい価値を生む世界になるのだと信じたい。
まったく問題のないバラ色の世界が待っている、
なんてお花畑発想にはならないけれど、
おそらくチャンスにあふれた世界になると思う。
今、普通に生きている人は、
昔の支配者たちよりも、はるか高い建物からの景色を見て、
彼らよりも恵まれた食べ物を食べていたりもするのだから。
そして。
そんな「天の才」に目覚めた人から、
新しい世界へのチケットを手に入れられるのだろう。
なので、
自分の魂に従って、少しずつでもいいから生きてみることが
これからを生きていく上での最適解になると思う。
人に迷惑をかけたり、傷つけたり、
そういうことでない限り、
自分の魂に沿って生きる。
その道に進み始めたら、
自分に合った「類友」が現れ、
共に歩みだすのではないかな?と思う。
「いや、現実はそんなに甘くないですよ」
という意見もあるだろう。
でも、まずは、1日5分でもいいから
「私はこれなんじゃないか?」
という活動をするのは、悪くなくない?
そこから道が拓け、
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