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本当に大切なことを知る方法。

先日、ふらりと実家へと行って、
当時の自分の部屋を片づけることにしたのね。
 
 
そこには、小さい頃に遊んだおもちゃや、
夢中になって集めた怪獣の消しゴム。
 
 
そして今は聴くこともなくなったカセットテープや、
大量の本。服。
 
 
もっと高額なステレオコンポやパソコン、
当時夢中になってやったゲーム等が
ところ狭しと散在していた。
 
 
 
ひとつひとつのモノたちを見て、
 
 
「モノたちが、今の私の栄養となってくれたんだな」
 
「つい、自分が持っていないものに
 今もフォーカスしちゃうけど、こんなにもたくさんの
 豊かさを享受してきたんだな」
 
 
と、感慨にしばしふけり、
少しの間『北斗の拳』を読んだ後、片づけを始めた。
 
 
 
でも、あらためて片づけを始めてみると
 
 
「どうしても、今の自分に必要で、とっておきたいモノ」
 
 
っていうのは、本当に限られていることに気がつく。
 
 
 
もちろん、その当時は本当に欲しくて欲しくて
たまらなかったモノたちばかりだ。
 
泣いておねだりしたようなモノも、たくさんあるだろう。
 
 
 
しかし、数十年経ったあとに見返してみると、
 
 
「ああ、懐かしいな。。。。」
 
 
という感情は湧きあがってくるけれど、
 
 
「どうしても、必要だな」
 
「今後も、絶対に自分のそばにないとヤダ」
 
 
というモノは、ほとんどなくなっていた。
 
 
 
それは、自分が成長したからかもしれないし、
そのモノたちとの関係性が変わったからかもしれない。
 
 
そのモノが持つ栄養を、私が受け継いだから
そのモノ自体は、色あせてしまったのかもしれない。
 
 
 
いずれにしても、うず高く積まれた
たくさんのモノたちの中で、
 
 
「それでも、これはとっておこう」
 
 
というものは、本当に限られていた。
 
 
 
ここからは、人によって
多少の違いがあるかもしれないけれど、
私が最終的にとっておこうと決めたのは、
 
 
幼いころや、今より若かった時に
誰かが撮ってくれた写真。
 
小学生当時の自分が一生懸命になって描いた落書き。
 
それと、学生時代に自作していたボードゲームの
設定資料。
 
卒業アルバム、卒論。
 
あとは、星新一先生の文庫本と、
本当にいくつかのおもちゃくらいだった。
 
 
 
 
それらをあらためて並べてみて。
 
そして、捨てると決めたモノたちと見比べてみて。
 
 
「本当に大切なもの」
 
 
っていうのが、分かりかけたような気がした。
 
 
 
生きていくのに、もちろんお金は必要だ。
 
必要だし、その時その時で欲しいものは出てくる。
 
 
 
 
ただ、
 
それらのほとんどは、いつか必ず色あせる。
 
 
 
 
私が「とっておこう」と決めたモノのうち、
お金で買ったものは、ほとんどない。
 
もちろん、落書きやゲームの設定が描いてあるノートや
写真にも、お金はかかっているだろう。
 
 
でも、捨てようと決めたモノたちと比べれば、
その金額は微々たるものだし、そもそも
 
「そのノート」
「その写真紙」
 
をとっておくわけではなく、そこに写しだされている
思い出をとっておこうとしているんだからね。
 
 
 
普段は感じることのないような感覚を胸に 
私は、捨てることに決めた
 
 
「心から愛したガラクタ」
 
 
たちに感謝をして、実家を後にした。
 
 
 
 
 
 
さて。
 
 
余生が少なくなってくると、
あまりモノには執着しなくなってくる
というのは、なんとなく聞いたことがあった。
 
 
でも今回、
 
 
「当時の自分を育ててくれたモノたち」
 
 
と久しぶりに対峙をして、
 
 
「その中で、本当に大切なモノは、なにか?」
 
 
という問いかけをしたことによって、
 
 
「これから、何を大切にしていけばいいのか?」
 
 
ということも、あらためて考えることができたように思う。
 
 
 
もちろん、人によって「とっておくもの」というのは
違うだろう。
 
 
 
その上で、もし自宅や実家に、今は使わなくなったモノが
ある人は、
 
 
「本当に大切にしたいこと」
 
 
を見つけるために、あらためてモノたちと対峙してみても
いい時間になるかもしれないよ。
 
 
 
 
当時、あなたを育ててくれたモノたちが息を吹き返して、
 
また、あなたに大切なことを教えてくれるかもしれない。
 
 
 
 
ではでは。

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