たとえば何かのセミナーにしても、
まったく同じ内容を受講しているにもかかわらず
ガンガン成果を出して行く人と、そうでない人がいる。
また、いわゆる先生や師匠、メンターといった人を師事し、
人生を激変させる人もいれば、何も変わらない人もいる。
なぁ、それって、なんでなん?
というのが、まぁまぁの年月で謎だったのだが、
なんとなくわかったので、それをつらつら書こうと思う。
あ!ちなみにワタシは
「変わることこそ絶対正義!」
とは思ってない。
変わらないことを選ぶことも人生の選択だし、
どちらが幸せか、なんてことは本人次第だ。
ただ、自分の人生をより豊かに幸せにするために
セミナーなり、先生なりを活用するのだったら
成果が出た方がいいよね?ということでシェアしたい。
さて、まずセミナー。
セミナーでなくても、本とかでもいいのだが、
今回はセミナーってことで話していこうと思う。
基本的に、変われる人と変われない人は、
セミナーの捉え方が違う。
そもそもの定義が違うのだ。
よく言われる話だが、同じ作業をしていても
「レンガを積んでいる」と思っているのと、
「壁を作っている」と思っているのと、
「大聖堂を作っている」と思っているのでは、違う。
「私はビルの清掃員だ」と思っているのと、
「私はビルの機密漏洩を守るための書類保護官だ」
と思っているのとでは、動きも変わってくる。
ってことで、セミナーは何のために受講するのか?
そこまで成果を出さない人は、
「新しい知識を学びに行く」
といった ” 定義 ” を(無意識に)している。
これはこれで良いかもしれないが、
成果に直接結びつくかは、実は微妙だ。
成果を出す人は、これまた無意識に
「行動のきっかけをつかみに行く」
と ” 定義 ” している。
行動のきっかけになればいいので、
ぶっちゃけ、内容はそこまで気にしない。
重要視するのは、「人」だ。
講師、およびそこにいる自分以外の受講生さんたちを
とても重視する。
・信じられるか
・パワーを感じるか
・誠実か
といったことだ。
そして、行動のきっかけになれば
その講座は本人にとって「当たり」だし、
そうじゃなければ自分の見る目が違ってただけだ。
もちろん、新しい学びになれば儲けものだが、
「学び」を得に行ったところで、
自分の行動を変えるつもりがないのだったら
それは単なるセミナージプシーだ。
セミナーは「行動を変えるきっかけ」の場。
それに3回に1回くらい当たったら、
大きな変化をつかむことができるだろう。
さて次は先生、師匠、メンター。
正直、人にものを教えている人に
100人くらい会って、その中で自分のメンターに会えれば
ベストじゃね?くらいの確率だと思う。
で、
これまた変われる人と変われない人の
” 定義 ” が違う。
変われない人は
「このメンターに育ててもらおう」
と思っている。
正直に言えば、世の中のメンターと呼ばれる人は、
人を育てるのに向いている人は、そんなに多くない(笑)
ちなみにワタシも極たま~に
メンター的に扱っていただけるが、
ワタシは人を「育てる」のは苦手だ(笑)
「ヒントを提供する」「お伝えする」は、できるかもだが。
で、
「育ててもらおう」
と思っている人は、そのメンターに対して
敬意を払う。
そりゃあ、そうかもしれない。
でも、敬意なんて、ぶっちゃけ、どうでもいいのだ。
(いや、人としては重要なのだけれどな)
変われる人は、メンターを
「この人になら、今の自分を仮に否定されても
愚直に言う事を聴ける」
かどうかで決めている。
つまり、
「壊してもらおう」
と考えて師事する。
「育ててもらおう」とは思ってない。
勝手に育つので、そのために自分の「枠」を
ぶっ壊してもらえれば、それでいい
と思っているわけだ。
なので、
メンターにとても丁寧に接しているのに、
何か自分の考えと違うことを言われてムッとくるのなら
それはその人はあなたのメンターじゃない。
あなたを変えられる人じゃない。
まぁ、そんなにムッと来るようなことを
何回も言うような人物は、そもそもメンターの器じゃない(笑)
メンターに対しては、極論、適当な態度でも構わない。
ただ、言われたことを愚直にできるか?
否定されたと解釈できることも、
「まぁ、この人が言うんだからなー」と笑えるか?
それが大きな違いを生むと思う。
ワタシのことを丁重に扱っていた人は
軒並み去っていったから、よくわかる(笑)
さてさて。
セミナーにしても、メンターにしても、
あなたがより幸せになるために活用しないと、もったいない。
で、できれば、あなたにとっての「当たり」の
セミナーだったり、メンターに時間やお金をかけた方がいい。
その時の前提として、
「学びに行く」
「育ててもらう」
というのは、ちょっと無駄が多い。
それより
「行動のきっかけになるか?」
「壊してもらいたいか?」
という選択眼を持っていた方がトクだ。
両者に共通しているのは、
変われない人は、
「私は間違っていない。何か足し算してもらおう」
と思って選ぶ。
変われる人は、
「私はどこか間違っている。引き算してもらおう」
というメンタルかもしれない。
講師やメンターは、あなたが間違っているとは
面と向かって言わないだろう。
ただ、前提として、
「自分の世界の見え方には、どこか見落としがある」
という姿勢があると、色々と見えやすいかもしれない。
そして。
何よりも重要なのは、
「あなた」が、その講師なりメンターなりに
そう思えるかどうか、だ。
世の中にはたくさんのセミナーがあるし、
メンターになってくれる人もいるだろう。
その中で、
「行動のきっかけになる」
というセミナーがあれば、
あなたにとってそれは「当たり」セミナーだし、
そんな出会いの中から
「この人になら、間違っていると言われても愚直に付き合える」
という人と出会えたのなら、それがベストだと思う。
それは縁で、相性だ。
何かのヒントになれば幸いです~
ではでは。
