「私の声が、きこえますか。。。?」
男が一人で部屋にいると、
どこからともなく声がきこえてくる。
男は耳を澄まし、その声の所在を探っていくと
どうやら男の右手首あたりから聞こえてくる。
「なんだ?これ?」
男が声に出して言うと、
右手首あたりから歓喜の声が湧き上がる。
「ああ!とうとう私は神と接触することができた!
ありがたいことでございます!」
男は不思議がって
「どういうことだ?一体なにが起こっている?」
とたずねると、声の主が答える。
「私は、あなたの中に住んでいるものです。
私が研究したところによると、
あなたさまの世界でサイボーと呼ばれる所の
そのまた小さな世界の、さらに小さな世界に住む
ものの一人でございます」
「え?細胞?」
「さようでございます。
私にとっては、サイボーもはるか大きな
未知の領域なのですが、あなたさまは
そのサイボーを束ねている主でございますよね?」
なにやらよく分からないが、
男の耳には、細胞の奥の奥のそのまた奥に住んでいる
なにものかの声が聞こえているようだった。
声は続ける。
「私は、長年の研究の結果、
あなたさまと直接お話をさせていただく方法を
発見し、今、こうして会話ができているのです」
「はぁ。。。」
「そこで、すべてを統べるあなたさまにお願いです。
ぜひ、私を幸せにしてくださいませ」
男が面食らって聞いていると、
声はとんでもないことを言い出した。
「え?幸せにしてくれ、って言われても、
そんな細胞のひとつに住んでいるやつなんか
知らないよ」
「そんな!ひどい!
あなたさまは、私の住んでいる世界の
はるかかなたの、そのまたかなたを
統べているのでしょう?
こうやって、私が努力して接触したのですから
少しくらい、何かしてくれてもいいじゃないですか!」
声は悲壮感を出しながら、必死に懇願した。
男はどうしたものかと考えながら、
「うーん。あなたの言う通り、僕の体は僕のものだし、
全部を統べているのかもしれない。
でもそんな細胞のひとつひとつを意識したことないし、
古くなった細胞は、新しく生まれ変わるだけで、
ひとつの細胞をえこひいきする力なんて、ないよ」
と答えた。
声は、ますます叫び出した。
「なぜです!?
あなたさまにとっては些細なことかもしれませんが
私は、あなたと接触するために生涯をかけてきたのです!
なにとぞ!お力をふるってくださいませ!
せめて、私の邪魔をする
悪をはらいのけてくださいませ!」
「いやぁ。。。そんなこと言われても。。。
それに、あなたが何を悪と言ってるか分からないけれど、
僕の体全体としては、善玉菌が働いているのかも
しれないし。。。
いずれにしても、ごめんね。
何もできないし、たとえやれたとしても
何もするつもりもない」
「そんなぁぁぁ。。。。。。。」
その声を最後に、声は聞こえなくなった。
あたりは、また静けさを取り戻した。
「やれやれ。。。変な体験をしてしまった。
疲れのせいか、幻聴だったのかな?
、、、おっと、もうこんな時間か」
男は独り言をつぶやいてから、
隣にある「祈りの部屋」へと移動した。
男は、熱心な宗教家だった。
男は、いつものように
神に深く深く祈りを捧げた。
「私の知る宇宙の、そのまた
はるか先を統べる全知全能の神よ。
どうか私を、幸せにお導きくださいませ。。。。
私の声が、きこえますか。。。?」