むかしむかし、あるところに
底の抜けたコップを持っている女の子がいました。
女の子の住んでいる国では、
みんな一人にひとつずつ、
「愛情のスープ」を受け取るコップを持っていました。
自分の持っている「愛情のスープ」は、
誰か困っている人がいたら、
その人のコップに注いであげることができます。
そして不思議なことに、
スープを互いに注ぎ合うと、
無限にスープがあふれて来るのです。
ところが、女の子の持っているコップは
底が抜けているために、どんなに他の人から
「愛情のスープ」を注いでもらっても
コップを満たすことはできません。
スープは全部、コップを素通りしてしまうのです。
また、女の子は、自分のコップに
スープを入れることができないので、
誰か他の人に、スープをあげることもできません。
そのため、彼女は、人からの愛情や
思いやりというものを、感じることができません。
女の子は、他の人から
「なんで人の気持ちがわからないの?」
とか、
「どうして感謝できないの?」
と叱られたりしましたが、
コップの底が抜けているから、仕方ありませんでした。
でも、女の子も
「できれば、人の気持ちが分かってみたい」
と思っていたので、自分のための新しいコップを
探しに行く旅に出ることにしました。
「だれか、私に新しいコップをプレゼントしてくれないかなぁ」
「プレゼントしてくれなくても、
私のコップと交換してくれてもいいし、
私のコップに、底をつけてくれるだけでもいいなぁ」
と、女の子は、底の抜けたコップを手に
道を歩いて行きました。
旅に出てみると、今までは意識しなかった、
他の人のコップが気になり始めました。
「もし、ピカピカの素敵なコップを持っている人がいたら
その人のコップと交換してもらおう」
と思っていたからです。
今までは、気にも留めていなかった
他の人のコップでしたが、
良く見ると、実に様々な形をしています。
ある人のコップは、穴だらけでした。
またある人のコップは、形がいびつで、
いつもグラグラして中身がこぼれそうです。
ある人のコップは、割れてしまっていて、
スープがほんのちょっとしか入れられません。
よく見ると、大きくて、傷ひとつないような
ピカピカのコップを持っている人は
ほとんどいませんでした。
でも、ほとんどの人は、
そんな不格好なコップでも大事にかかえて、
他の人に「愛情のスープ」を注ぎ、そして
他の人から「愛情のスープ」を注いでもらっていました。
それどころか、穴だらけ、ヒビだらけで
いびつなコップを持っている人の方が
みんなに「愛情のスープ」を注いでいるようにも見えました。
底の抜けたコップを持っている女の子は
今まで気にもしなかった光景を見て、
「ふーん。
みんな、私のコップよりはいいけれど。
でも、みんなも大変なのね」
と、人々のやりとりを眺めました。
そこに。
ひときわ綺麗で、大きい、ピカピカのコップを持った
おじいさんが通りかかりました。
おじいさんの持っているピカピカのコップには、
「愛情のスープ」が、なみなみと注がれていて、
あふれんばかりでした。
女の子は、びっくりして
おじいさんに話しかけました。
「おじいさん、あなたのコップ
とっても綺麗で、大きくて、ピカピカね!
なんで、そんなに綺麗なコップを持っているの?
おじいさんくらいの年の人で、
そんなにピカピカのコップを持っている人なんて
今まで見たことなかったわ」
おじいさんは、女の子に優しく微笑みかけながら、
「おやおや、きみのコップは、
底が抜けているね。
それでは、なにかと大変だろう」
と、女の子の頭をなでた。
「そうなの。
だから、新しいコップをみつけようと思って。
ねぇねぇ、おじいさんのコップ、私にちょうだい!
わたしのコップと、交換してもいいよ!」
と、女の子はおじいさんにお願いをしました。
おじいさんは、はははと笑いながら、
「お嬢ちゃん。
コップは、誰からももらえないし、
交換もできないんだよ。
一人ひとりが、生まれた時から
この世から旅立つ時まで、
自分のコップを使わなければならないんだ」
と女の子に教えてあげました。
女の子はおじいさんの話を聞くと
とても悲しくなり、
「じゃあ、わたしのコップは
ずっと、ずーっと、底が抜けたままなの?
わたしは、この、底の抜けたコップで
一生すごさなければいけないの?」
と、泣きじゃくりました。
おじいさんは、女の子の涙を
ハンカチで拭ってあげながら、話を続けました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
私のコップだって、前はとっても小さくて、
ヒビや穴だらけで、本当にどうしようもなかったんだ。
でも、今では、お嬢ちゃんがびっくりしてくれるような
コップになっている」
女の子は泣くのをやめ、
おじいさんに聞きました。
「どうやって、ヒビや穴だらけのコップを直したの?」
おじいさんは女の子にウインクをしながら、
「火、だよ。
ヒビが入ったり、割れてしまったりしたら、
ていねいにコップのかけらを拾い集めて、
一度、燃えさかる炎の中にコップを入れるんだ。
同じ形には戻らないかもしれない。
最初は、うまくいかないかもしれない。
でも、いつでも、何回でも
きみだけのコップを作り直すことができるんだ」
と、女の子に語りました。
「火?じゃあ、その火は、どこにあるの?
なんでほとんどの人は、ヒビが入ったり割れたままの
コップを使い続けているの?」
女の子は、必死になっておじいさんの袖をひっぱりました。
おじいさんは、話を続けます。
「火は、とっても身近にある。
実は、きみのハートに、火は灯っている。
いつもは小さな火だから、気がつかないかもしれない。
でも、誰の心にも火はあるし、
火が完全に消えてしまっている人は、いない。
その、ハートに宿っている火で、
コップを作り直すことができるんだ。
他のみんなが、こわれたコップを使い続けているのは
いろんな理由があるだろう。
火の存在を知らないのかもしれない。
火を大きくするのが、面倒なのかもしれない。
多くの人は、自分でも気がついていないけれど
コップのヒビや穴、それ自体を愛しているのかもしれない」
「どうすれば、ハートの火を大きくすることができるの?」
「とてもいい質問だね。
ハートの火を大きくすのは、とてもシンプルなんだよ。
火は、“自分を好きになること”で大きくなる。
いつもは静かにゆらいでいる火を、
自分を好きになることで、
情熱という大きな炎にすることができる。
自分を嫌いになるためには、理由がいる。
でも、自分を好きになることに、理由はいらないんだ。
きみの心臓が鼓動を打っているかぎり、
いつでも、どこでも、どんな時でも
自分を好きになっていいんだよ」
そう言い終わると、おじいさんは
「よい旅を!」
と言って、女の子に別れを告げました。
女の子は、新しいコップを探すのは
やめました。
その代わり、おじいさんの言っていたように
自分のハートの火を大きくして、
コップを作り直してみることにしました。
はじめは、ちっともうまくいきません。
ハートの火も大きくならないし、
ハートにコップを入れても、
全然形は変わりません。
やっとハートの火を大きくできたかと思って
コップを入れても、
思うようなかたちになってくれません。
それでも、女の子は毎日毎日
一生懸命、ハートの火を大きくできるようにがんばり、
そして、コップを作り直せるようにがんばりました。
そして。
あれから、どれくらい経ったのか、
女の子は、素敵な女性に成長していました。
素敵な女性に成長した彼女のコップは、
今では、とても綺麗で、大きくて、
愛情のスープがたっぷり入っているコップに
生まれ変わっていました。
彼女は、たくさんの人に愛情のスープを注ぎ、
そして、たくさんの人からスープを
注がれるようになりました。
さらに、誰かのスープが冷めてしまっていたら、
彼女のハートの火で、スープを温め直すことも
できるようになっていました。
昔の彼女のコップを知らない人は、
「ああ、いいなぁ、
私も、彼女みたいなコップが欲しいわ」
と、口を揃えてうらやましがりました。
彼女は、そんな人たちのために
自分のハートの炎が使えればいいのに、
と、何度もためしてみましたが、それは無理でした。
コップを直すことのできる火は、
コップを持っている本人にしか
大きくすることはできないようでした。
綺麗なコップを手にした後も、彼女のコップは
時に傷つき、
時にヒビが入り、
時には割れてしまうようなこともありました。
でも、もう彼女は慌てたり、
他の人のコップをうらやましがったりは
しませんでした。
なぜなら、
自分のコップは、形は変わるかもしれないけれど
自分で直すこと出来るということが
もう分かっていたからです。