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『チャンスの玉』

朝。
 
 
彼の日課は、前の日に彼のもとに届いた
嘆願書に目を通すことだ。
 
 
山と積まれた嘆願書には、
実に様々な事が書いてある。
 
 
「お金持ちになりたい」
 
「素敵な人と出会えますように」
 
「絶対!大学合格!」
 
「いい仕事につけますように」
 
 
 
彼は、
 
「よくもまぁ、毎日毎日、
 同じような願いごとばっかりだな」
 
と思いながらも、今日の仕事にとりかかった。
 
 
 
 
そう、彼は神様。
 
下界の人間の願い事をかなえるのが、彼の仕事だ。
 
 
 
ただ、彼は直接人間の前に現れて
願いごとをかなえることはできない。
 
 
彼ができるのは、彼が作った「チャンスの玉」を
雲の上から放り投げることである。
 
 
 
 
「チャンスの玉」には、
 
「お金持ちになれるチャンス」もあれば
 
「恋人に出会えるチャンス」もある。
 
「受験合格」も、「適職に就く」という
「チャンスの玉」もある。
 
 
 
 
この玉を、願いを持っている人のところに放って、
願った本人がキャッチすれば、願い事がかなう。
 
もちろん本人の努力が必要だが、
「チャンスの玉」をキャッチできれば、
あとはトントン拍子に願いごとがかなうのだ。
 
 
 
 
 
 
雲の上にいる彼から見ると、
下界にいる人間は、誰でも頭の上に「網」がある。
 
 
虫取り網のような形で、
一人ひとりの頭上に浮かんでいる。
 
 
ちょうど、下界で行なわれる運動会の
「玉入れ」の網が、頭の上に浮かんでいるような感じだ。
 
 
 
 
神様である彼は、コントロールも抜群なので、
百発百中で、願いごとをした人の「網」に
「チャンスの玉」を投げ入れることができる。
 
 
そんなことは、造作もないことなのだ。
 
 
 
そこで彼は今日も、お願いをした人のためにせっせと
「チャンスの玉」を作り、
全員の分の玉が出来あがると、雲の上から下界を眺めた。
 
 
 
「よし」
 
 
 
と、狙いを定め、彼は
 
「お金持ちになりたい!」
 
と願った人間の頭上にある「網」に向かって、
お金持ちになれる「チャンスの玉」を投げた。
 
 
 
玉は「網」に吸い込まれるように
見事に入った。
 
 
玉が入った下界の男の前には、
1本の高級そうなボールペンが落ちている。
 
 
実は、このボールペンの持ち主は、とある大富豪で、
この落し物のボールペンを大富豪に届けてあげることで、
お金持ちへの道が開けるのだ。
 
 
 
 
しかし。
 
 
下界でボールペンを拾った男は、
 
「あーあ、こんなボールペン程度じゃ、
 御利益とはいえないよなぁ」
 
と言いながら、ボールペンを道に放り投げ、
持ち主を探そうとはしなかった。
 
 
「チャンスの玉」は、男の網に空いている「穴」から
ポロリと落ちてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
次に、神様は
 
「素敵な恋人が欲しい!」と願った女性の「網」に、
恋人のできるチャンスの玉を投げ入れた。
 
 
 
すると、玉を投げ入れられた女性は、
道の角を曲がろうとした時に、
彼女が理想としているような男性とぶつかってしまった。
 
 
ここから、その女性は理想的な男性と出会い、
願いを叶えていく手はずだった。
 
 
 
 
しかし。
 
 
「ちょっと!どこ見てるのよ!痛いじゃない!」
 
と、男性をなじったあと、女性は怒りながら
スタスタと歩いて行ってしまった。
 
 
またもや、神様が投げ入れた「チャンスの玉」は、
女性の頭上の「網」に空いている穴から
するりと落ちてしまった。
 
 
 
 
この後も、神様は次々と
願いごとをした下界の人間たちの「網」に向かって
百発百中で「チャンスの玉」を投げ入れて行った。
 
 
しかし、ほとんどの「玉」は、
願いごとをした本人の「網」から、
するりと落ちてしまう。
 
 
 
 
人間の頭上にある「網」は、本人の世界観によって、
とても細かく編まれた部分もあれば、
ほとんど穴が開いてしまっている箇所もある。
 
 
神様がどんなに見事に「チャンスの玉」を投げ入れても、
ほとんどの玉は、願った本人にキャッチされることはない。
 
 
 
 
 
神様は、いつものことだ、と思いながらも、
少しがっかりして今日の仕事を終えた。
 
 
 
 
 
 
 
人の願いごとをかなえるという仕事を終えた後、
ぼんやりと下界を眺めるのも、彼の日課だった。
 
 
 
 
すると。
 
 
「お金」に関する部分の「網」が、
とても細かく、丈夫に編まれた人間が歩いて来た。
 
 
その人間が、さきほど放り投げられたボールペンを見つけ、
 
「なかなか素敵なボールペンだな。
 これの持ち主は、さぞかし困っているだろう」
 
と、ボールペンを拾いあげ、持ち主を探し始めた。
 
 
 
その時、近くに落ちていた「お金持ちになるチャンスの玉」が、
ふわりと浮かび、ボールペンを拾いあげた男の頭上にある「網」に
入って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
また、神様が別の方を見ると
 
先ほど、恋人が欲しいと願っていた女性になじられた男性が
別の女性としゃべっていた。
 
 
「いやぁ、今日、道でちょっとぶつかっただけなのに、
 すごい剣幕で怒ってきた女の人がいてさぁ」
 
 
その話を聞いていた女性は、彼の話を真剣に聞き、
 
 
「わぁ!それは大変だったねぇ。
 じゃ、そんなこと忘れて、パッと
 何か美味しいものでも食べ行こっ!
 あなたのおごりでねっ!」
 
と、キャッキャと笑った。
 
 
男性は「俺のおごりかよー」と言いながらも
その女性に最高の笑顔を向けた。
 
 
 
 
その時、
 
男性の近くに転がっていた「恋人のできるチャンスの玉」が
ふわりと、笑い転げる女性の頭上にある「網」に入って行った。
 
 
彼女は、本人が知ってか知らずか、
「異性」部分の網の目が、非常に細かく作られている人間だった。
 
 
 
 
 
神様は、雲の上からそんな様子を見ながら、
ため息交じりでつぶやいた。
 
 
「ああ、またか。
 
 お金が欲しいと願う人間が多いから、
 お金の流通量を、こんなに増やしたじゃないか。
 
 出会いが欲しいと言うから、
 こんなにたくさん人間を増やしたじゃないか。
 
 仕事が欲しいと願うから、
 こんなにもたくさんの仕事を増やしたじゃないか。
 
 合格合格言うから、学校も増やし、
 教育もできる環境を整えたじゃないか。
 
 
 でも、
 
 どんなに玉を作っても、
 どんなにチャンスを作っても、
 本人の網に穴が開いてたら、いくら私でもお手上げだ。
 
 世界観で編み上げた
 網の目の細かい人間に、
 結局は与えることになってしまう」
 

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