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『あの頃に戻りたい』

男は長年の夢がかなう瞬間を迎えていた。
 
二十年以上かけて解き明かした秘術を使い、
今日、若かったあの頃へと帰ることができる。
 
 

 
 
男が人生でしてきた選択は、失敗の連続だった。
 
就職、結婚した相手、出会った人々…
 
 
「こんな人生のはずじゃなかった。
 もう一度、学校を卒業する頃から
 やり直せないだろうか?」
 
男は40代半ばから強く
「人生のやり直し」を切望した。
 
 
多くの人々が一度は思うことかもしれないが、
男の熱意は常軌を逸していた。
 
「きっと、手段はあるはずだ」
 
と、男はありとあらゆる文献をむさぼり、
「時戻しの方法」を手に入れようとした。
 
 
どれだけ失敗したのかも分からないくらい
途方もない旅路の結果、男はついに
とある部族に伝わる禁忌の秘術へとたどり着いたのだ。
 
 

 
 
「…そして、この、最後のいけにえを捧げる…と…」
 
地面に大きく描かれた魔法陣の中にニワトリを放り投げた瞬間、
中心から紫色の煙が立ち昇った。
 
 
男は大きな期待と、それと同じくらいの恐怖感をもって
魔法陣の中心へと目を凝らした。
 
すると、そこには、砂時計の形をした瞳を持つ、
不思議な存在が座っていた。
 
 
男は、おそるおそる話しかける。
 
「あ…あなた..さまが…時の支配者さまですか?」
 
 
話しかけられた存在は、面倒くさそうに
 
「ああ、そうだ」
 
とだけ男に伝え、大あくびをした。
 
 
「偉大なるあなたさまに、ひとつお願いがありまして…」
 
「ああ、若い頃に戻りたいんだろう?」
 
時の支配者と呼ばれた存在は、
魔法陣の中で、ごろりと寝転がりながら答えた。
 
 
男は、イメージしていたのとだいぶ違う態度に
少しばかり狼狽したが、だからといってこの機会を
逃すつもりもない。
 
「はい!さすが支配者さま。何でもお見通しですね。
 ぜひ私を二十歳の時に戻してくださいませ!」
 
 
支配者は、まったく興味がないといった風情で、
 
「それは雑作もない事だが…いいんだな?」
 
と男に確認した。
 
「もちろんです!何の後悔もありません!」
 
当然だ。この日のために二十数年を費やしたのだ。
やっと苦労が報われる。
 
 
若かったあの頃に戻ったら、今度こそ悔いなき人生を送ろう。
 
仕事も自分の意思で選ぶ。
あの相手とは結婚せず、素晴らしいパートナーを選ぶ。
私を傷つけたあいつには、どんな報復をしてやろうか…
 
どんな株が値上がりするか、何が流行るかもわかっている。
人生はバラ色だ。
 
 
「お願いします!」
 
男は興奮しきった声で支配者に告げると、
支配者は
 
「わかった」
 
とだけ言い、男に向かって手を振るった。
 
 
すると男の姿は忽然と消え、
あたりは静寂に包まれた。
 
男は、男の望んだ「時」へと旅立ったのだ。
 
 

 
 
「ふぅ、、、まったくバカな奴だ」
 
支配者は描かれた魔法陣から
元いた世界に帰る前に独り言をつぶやいた。
 
 
「たしかに、望んだ通りの時代に戻してやった。
 しかし、なぜ ” 今の記憶が残ったまま ” だと思うのだ?」
 
時の支配者は、召喚した相手が望む時に戻してやることはできる。
 
しかし、戻ったのだから、今までの記憶は残るはずがない。
時間が戻るのだから当然だ。そんな都合よくはいかない。
 
 
「彼はまた22年と3カ月、17日と19時間28分18秒後に
 私を呼び出すだろう。
 これでもう、834回目ということにも気づかずに…」
 
支配者を呼び出した男は、
寸分違わず今までとまったく同じ人生を生き、
その人生になげき、人生から逃げ、
同じように「時の秘術」に時間を浪費することになる。
 
 
永遠の時を生きる支配者にとっては、どうでもいいこと。
しかし。
 
「変わらんな。どう生きるかを、その時の今、変えない限り。」
 
そして、何事もなかったかのように、
魔法陣は闇に飲み込まれ、支配者は消えて行った。
 
 

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