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変わりたい人、ひたりたい人。

先日、仲間から
 
「私の大切な友人が、最近うつになりまして。
 イグさん、なんとかできます?」
 
という相談を受けた。
 
 
ええワタシはワタシで知ってますよ。
私は精神科医ではございませんよ。
 
だから、なんでやねん!とも思うのだが、
こういった相談は初めてではないから、
もう、まいっちんぐである。いぇーい いぇーいである。
 
 
まぁ、そりゃあ大切な友達が心の風邪をひいたのなら、
なんとかしてやりたいだろう。
 
そんな中、なんとかしそうなワタシに
相談もしたくなるのだろう。
 
ワタシだって、何か自分のお役にたてるのなら
少しでも心を軽くするサポートくらいはしたい。
 
 
が、その方の状況をいろいろと聞いてみて、
 
「ごめん、現時点では、ワタシは何もできないや」
 
という結論になった。
 
 
なぜなら、話を聴けば聴くほど、
今うつになった、その人は、
 
「うつであることに、ひたりたい」
 
という状況にしか見えなかったからだ。
 
 
 
これって、別にうつだけの話じゃなくて、
どんなシチュエーションでも言える。
 
個人的には、自分が苦しい状況であっても
どうしたいかはその人によっていて、たいていは
 
「変えたい」か
「ひたりたい」か
「休みたい」の
 
どれかなんじゃないかな?と思っている。
 
 
うつになった。
 
お金がない。
 
ブラック企業だ。
 
恋人が冷たい。
 
夢がかなわない。
 
 
そんな、いろいろ。
 
 
「変えたい」ってのは、まぁ全体の1割くらいかな?
 
どんな状況であっても、
「変えないプラス」と「変えないマイナス」があって、
本人が
 
「もう、変えないマイナスに耐えられない!!」
 
ってなって、本気で動く気になると、
周りの助力も効果を発揮する。
 
 
が、
 
「今のままじゃ、徹底的にダメだ」
 
と、普通の人は、よほどじゃないと思わないので、
「変えたい」ってのは、あまり発動しない。
 
 
口で「変えたい」と言っていても、
そこには隠れている本音があって、
 
「(今、自分が慣れている方法で)変えたい」
 
とか
 
「(プライドが傷つかず、リスクなく)変えたい」
 
となるので、非常に難しい。
 
もちろん、私自身もそうなので、
そこを責めるつもりもない。
 
 
それでも、ゆっくりと時間をかけて
大きな冒険をしないままでも、ほんの少しでも
 
「変えたい」
 
を持ち続け、自分の中の抵抗と
帳尻を合わせながらやっていく人もいる。
 
そんなに大きなリスクはかけられないけれど、
変えたいっていうのは本当、という人。
 
その場合も、「一口サイズ」に切ったアドバイスと
サポートをすることは、まわりはできるだろう。
 
 
 
しかし、
 
口では「変えたい」と言っていても、
本音は「ひたりたい」という人がいる。
 
 
「うつである自分」
「お金がない自分」
「ブラック企業に勤めている自分」
「恋人が冷たいのにがんばっている自分」
「夢がかなわない自分」
 
そこにドップリと入り込んでいたいという人には
どんなアドバイスも無意味だ。
 
 
「変わりたいからアドバイスをして」というのは、
「こんな可哀想な私の話を聴いて」ということなのだ。
 
そんな「ひたりたいモード」になっている人に、
どんなに相手のためを思っても、
どんなに効果的なアドバイスをしても、
本人が動くことはない。
 
 
そういう人は、
 
「頼られている自分」
 
で自己承認欲求を満たしたい人と
ベストマッチングなので、そこで群れるといいだろう。
(辛辣!辛辣ゥゥゥ!!)
 
 
 
そして、また別のパターンとしては
 
「休みたい」
 
という人。
 
 
これは、
 
「ひたるつもりもないのだけれど、
 ちょっとマジで疲れたので、ひと呼吸していいですか?」
 
という場合だ。
 
 
これは、人だったら、そういう時もあるだろう。
 
別に変化と成長が絶対善であるとは
個人的には思っていないので、それもアリでありんす。
 
そんな「休みたい」フェーズなのだったら、
これまた放置だ。
 
本人がやる気になったら、そこでやればいいし、
その時に何かお手伝いができるのだったら
(オファーになっているのなら)お力になりたい。
 
 
ちょい気をつけなきゃなのは、
はじめは本当に「休みたい」と思っていたのだけれど、
休んでいるうちに、
 
「あれ?これ、ラク!」
 
ってなって、ひたりたいフェーズに移行しちゃうこと。
 
 
まぁ、それでもいいのだけれど、
ひたりたいフェーズになると、
 
「変わりたい仮面をかぶったカマッテちゃん」 
 
になるか、
 
「ひたっているうちに社会復帰できなくなるちゃん」
 
にもなりがちなので、「休みたい」人は気をつけて!
 
 
 
さてさて。
 
 
「いや、イグさん!
 私は本当に変わりたいんです!」
 
「ひたってるワケじゃないんです!
 変わりたいんです!」
 
と反論を持つ人もいるかもしれない。
 
 
んが!
すげー、おこがましくて辛辣なことを言うけれど、
 
「変わりたいと思っているのか、
 ひたりたいだけなのかは、こちらで判断いたします」
 
なのだ。
 
 
言葉の端々から感じる
「ひたりたいエキス」とか、
「可哀想でしょオーラ」。
 
アドバイスをしたとしても、
自分の好みじゃない限りは動かない姿勢。
 
勇気より、自分の損得とプライド。
 
 
そんなところを判断するのは
「変わりたい」と言っている本人ではなく、
その本人を見ている周りの支援者だ。
 
本人がどう思うかでなく、
支援者がどう思うか?
 
そこを履き違えると、なかなか難しいなー、と。
 
 
もちろん、これはワタシに
ダイレクトブーメランで返ってくる事実だ。
 
なので、ワタシ自身も本当に気をつけたいと思う。
 
 
ってなワケで、ではでは。
 
 

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