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これからの世の中を楽しく生きるヒント。

日々流れてくるニュースとかを見ていると、
 
「日本、ヤヴァい!」
「このままだと未来なくね?」
 
みたいなことも多いし、
不安を抱くこともあると思う。
 
 
もちろん、私だって
 
「えー!?きゃー!こわたん!」
 
って思うこともある。
 
 
ただ、この未来予測って、
 
「今のままのルールで世界が回っていたら」
 
という前提条件がある。
 
 
ルールが変われば、
今までの強者がそのままではいられないし、
今まで何の脚光も浴びなかった人が輝くこともある。
 
 
 
ほら、学校で時間割ってあったじゃない?
 
その時、「国語」や「算数」ではダメだったけれど、
「体育」になったら活躍する子もいたし、
「図工」や「音楽」になったら素晴らしい子もいた。
 
 
で、
 
今は、その「時間割」が変わる
タイミングなんじゃないかな?
 
と、様々な人の話を聴かせてもらっていると
ひしひしと感じる。
 
 
 
ゲームに例えるのならば、
 
今までやっていたのは、「ポーカー」で、
これからは「しりとり」くらい違う気がしている。
 
 
ポーカー。
 
それも、長期間やりすぎていて、
胴元がガッチリ支配していて、
誰が勝つのかもだいたい決まっているような状態の。
 
 
そこにあるのは、
 
「勝つか、負けるか」
 
「いかにお金を稼ぐか」
 
「バレなければイカサマOK」
 
そして、
 
「お金がある奴が圧倒的有利」
 
 
そんなゲーム。
 
 
 
その「ポーカー」が続く、
という前提で話を進めている限り、
 
持続可能な社会も、
 
政治的改革も、
 
難しいんじゃないかな?というのが私見。
 
 
 
ポーカーのテーブルで、
 
「永続的に持続可能なゲームをしましょう」
 
って、極めて難しいし、
 
「あいつらよりも私たちが勝ちましょう!」
 
って目指すのも、結局ゲーム自体は変わっていない。
 
 
 
そうじゃなくて。
 
 
「そろそろポーカー飽きたから、しりとりにしようか」
 
ってなってきているように感じる。
 
 
「しりとり」って、
まぁ、勝ち負けは一応あるけれど、
 
「勝つことが目的」
 
って感じじゃないし、
 
「賭けしりとり」
 
でカイジがざわ…..ざわ….したりしにくい。
 
 
続けることが目的、みたいなところがあって、
困っている人がいたら、
気を遣って簡単に思いつくような語尾にするし、
 
ずっと「る」とか言ってくる攻撃的な
シリトラーは、空気を読めよ!的な扱いになる。
 
 
で、
 
「わー、その言葉は思いつかなかたわー」
 
「それって、アリなの(笑)」
 
みたいな平和な
じゅんぐりで回ってゆく。
 
 
 
そんなイメージが、ちょっとずつ、
ほんのちょっとずつ浸透しつつあるのが
現時点の景色なんじゃないかな?なんて思う。
 
 
 
もちろん、今は過渡期なので
 
「そんなこと言っても、
 今はお金のためにポーカーしなきゃ!」
 
っていうこともあるし、
 
「時代がしりとりに変わっても、
 今までみたいな勝負にしてやる!」
 
っていう動きもある。
 
 
 
だから、
 
「今すぐにポーカーをやめて
 しりとりに全ブッパだ!」
 
みたいにしなくてもいいし、
お金も大事にした方がいいと思う。
 
 
 
ただ、後から振り返った時に
 
「ああ、ポーカーやってたなー
 あれ?あの頃ポーカーキングだった人は?」
 
と、みんなが言っている時にも、
一人でイカサマポーカーのカードを
握りしめていると、寂しいかもしれないね。
 
とは思う。
 
 
 
さてさて。
 
 
もちろん、このまま
ポーカーが続く世の中かもしれない。
 
 
そうではなく、みんながしりとりをやり、
勝敗ではない世界が展開するかもしれない。
 
 
面白いのは、ゲームのように
「いきなり」変わることは、まずない、ってこと。
 
 
今は、「ポーカー」が慣性の法則で続いている。
「しりとり」を始めた人が、徐々に増えている。
 
 
 
あなたは、
 
 
ポーカーを続けますか?
 
いきなり、しりとりにシフトチェンジしますか?
 
それとも、しりとりを見据えながら、
ポーカーもやっておきますか?
 
 
 
目線は、どっち?
 
ではでは。
 

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