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ルート・ダサダサ。

ビジネスもプライベートも、
できればスマートにこなしてきたかった。
 
でもたぶん、それは無理だった気がする。
 
 
センスある人はできるのだろうけれど、
少なくとも私にはムリだわ。
 
 
世の中では、
 
 
「ふたつの道のどちらかを選ぶのなら
 イバラの道を選べ」
 
 
みたいなことが言われていて、
イバラの道を選べる人はカッコいい、
みたいな風潮があるけれど、たぶんそれは錯覚。
 
 
本当にイバラの道を歩んでいる人を
普通の人が見ると、
 
「イバラの道、歩んでいる人カッコいい!」
 
とは見えてない。
 
 
 
「なにやってんだアイツ」
 
「ダサっ!カッコわるっ!」
 
「ああは、なりたくないよね」
 
「しつこっ!ウザッ!」
 
 
って、陰口をたたかれてる。
 
世の中の8割がたの人は、
よってたかってダサい人を、あざ笑う。
 
 
 
カッコよく通れるイバラの道なんて
そんなん、大したイバラじゃないわ。
 
 
 
みんながカッコいいと称賛する
「イバラの道を歩いている人」は、
完全防備して高枝切りバサミを手に持っている人だ。
 
 
 
挑戦します!シャキーン!!
 
バッサ、バッサァーー!!
 
ドヤァァァアアッ!!
 
 
って人だ。
 
 
 
そうではない、
丸腰の素手でイバラを歩いている人には、
ほとんどの人は侮蔑のまなざしを浮かべる。
 
 
 
そして、そんなイバラを歩いている当人も、
 
 
「なんで、こっちを選んじゃったんだろ?」
 
「すぐにでもやめられるのに、
 なんでやめないんだろ?」
 
 
と、ずっと疑問に思いながら
なぜか知らんけれど諦めずに進んじゃう。
 
 
自分で勝手でまいたイバラの種が成長し、
それに道をはばまれ、傷ついて、怒り、悲しみ、
ダサダサな自分に、本人が一番あきれてて。
 
 
それなのに通っちゃう。選んじゃう。
 
 
 
 
でも、それでいいと思うんだよね。
 
 
 
そんなダサいことをしているうちに
いつの間にか人に優しくなれるんだろうから。
 
 
人に迷惑をかけ、何回も判断ミスをし、暴言も吐き、
誰も幸せにしない選択をしたあと、
他の人には、せめて同じ過ちをしないようにと
注意するだろうから。
 
 
 
得るもの自体は、
整備された道を歩んできた人と、
そんな大差はないのかもしれない。
 
 
けれど、そのダサい経験から湧き出る言動は、
人としての優しさとか、魅力とか、
そんなものが溢れているんじゃないかな?
 
 
少なくとも、そう思わないと、
ワタシ自身は、やってらんない。笑。
 
 
 
自分自身がダメダメのダサダサで、
ダサさのデフレスパイラルに脳天直下パイルドライバー。
 
  
 
そんな自分に嫌気もさすけれど、
たぶん、数十年後に振り返った時には、
 
 
「あの時は、なりふり構わなかったなー」
 
「迷惑かけながら、
 自分史上最低のふるまいだったなー」
 
 
と思いつつも、
 
それはきっと、忘れられない思い出になって、
人の痛みを知れる果実に育ち、
 
その苦い実を食べた自分は、
前よりは少しは人にやさしくできるようになっている。
 
 
そんな風に思う。
 
 
 
 
 
少なくとも、私は、
 
 
「一回もビジネスで大きなミスしたことないし、
 恋愛もキレイにはじまってキレイに終わる。
 泥酔もしたことないし、
 健康を害したこともない」
 
 
という人とは、分かり合えないような気がする。
 
 
「ビジネスで大失敗して絶望経験あり」
 
 
「恋愛では、脳内でちっちゃいゴールデンボンバーが
 ずっと ”女々しくて” を歌ってたことがあるけど?」
 
 
「飲み会? 3次会までは覚えてる、、、よ?」
 
 
みたいな人の方が、好きだ。
 
 
 
 
キレイ、スマート自慢は響かない。
 
なぜなら、ワタシがそんな
 
「ルート・ダサダサ」
 
を歩んできているからだろうね。
 
 
 
本気で生きて、
 
本気で取り組めば、
 
スマートでなんていられない。
 
 
 
どんなに学んでいても、
 
どんなにふだんクールでも、
 
本気のものには、ダサくなる。
 
 
 
それは仕方ないことだし、その方がいい
、、、、、のかもしれないイヤだけど。笑
 
 
 
まぁ、スーパー自己正当化だけれど、
 
もしそんな「ルート・ダサダサ」を
経験したことがあったり、
ただいま絶賛行進中の人は、ぜひ仲良くなりましょう(笑)
 
 
 
 
ではでは。

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