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『ココロの色メガネ』

男は疲れていた。
 
 
仕事では上司に怒られたあげく、クビになり、
次の仕事も見つからない。
 
家族といても、自分の居場所が見つからず、
どうも落ち着かない。
 
友達と話をしても、
今の自分の境遇を、心から分かってくれよう
とする人がみつからず、孤独を感じていた。
 
 
 
「ああ、これからどうすればいいんだ。。。」
 
 
と、男がさまようように
ふだん通らない道を歩いていると、
一軒のメガネ屋があるのに気がついた。
 
 
人通りも少なく、
大通りからは、だいぶ離れた場所に
ポツンと建っているメガネ屋をみて、男は
 
 
「こんなへんぴな所にメガネ屋があるなんて。。。」
 
 
と興味を持ち、ちょっとした好奇心で
店に入ってみた。
 
 
 
男は別に目が悪いわけでもなく、メガネなんて
かけたこともなかったのだが、
そのメガネ屋には、不思議と入ってみたくなるような
雰囲気が漂っていた。
 
 
男が、精神的に参っていたというのもあったのだろうが、
フラフラと、引き込まれるように店のドアを開いた。
 
 
 
 
店に入ると、
身なりのいい店員が、男に丁寧にあいさつをし、
 
「こちらは、ココロの色メガネを扱っております」
 
と、説明をした。
 
 
 
「ココロの色メガネ?」
 
男は初めて聞く言葉に、首をかしげた。
 
 
 
 
 
店員は説明をする。
 
「はい、さようでございます。
 当店では、普通のメガネは取り扱っておりません。
 
 代わりに、そのメガネをかけると、
 世界が今までと違って見えるメガネを取り扱っております」
 
 
 
「たとえば、この“憎しみの色メガネ”をかけると、
 人々がいがみ合い、だまし合い、抜け駆けしようと
 しているように世界が見えます。
 
 本当の世界がそうでなかったとしても、
 相手の言葉、相手のしぐさ、自分に起きることすべてが
 “憎しみ”のレンズを通して見ることになるので、
 世界が憎しみに満ちているように感じられるのです」
 
 
 
「またこちら、“ポジティブの色メガネ”をかけると、
 世界は可能性に満ちているように感じられます。
 
 現実がどうであれ、
 “ポジティブな可能性”のレンズを通して世界を見るので、
 ワクワクした気持ちを維持していられます」
 
 
「他にも、“お金がすべて”の色メガネや
 “男尊女卑”の色メガネ、“私は天才”色メガネなど
 たくさんの種類を用意しています」
 
 
 
 
 
店員はスラスラと説明をしてから、
 
 
「お客様は、どのようなメガネがお好みですか?」
 
 
と、男にたくさんのメガネを並べてみせた。
 
 
 
 
男は、
 
「不思議なお店に入ってしまったなぁ」
 
と思ったのだが、店員が嘘をついているようにも思えなかった。
 
 
なにか不思議なことがあっても
おかしくないような雰囲気が、この店にはあふれていたのだ。
 
 
 
 
今まで、メガネなんて買ったことなかった男だったが
今の疲労感から解放されるのであれば、
一つくらい「ココロの色メガネ」を
買ってみてもいいか、と思い、店員に
 
 
「どうせなら、ハッピーになれる色メガネがいいね。
 その色メガネをかけると、気持ちが穏やかになれるような」
 
 
と答えた。
 
 
 
 
 
店員は静かにうなずき、
 
 
「かしこまりました。
 では、こちらはどうでしょう?」
 
 
と、ひとつのメガネを男に提示した。
 
 
 
「こちらは、“平和な世界”のレンズが入っております。
 こちらのメガネをかけて見える世界は、
 とても平和で穏やかな世界です。
 
 たとえ現実には争いごとが起こっていても、
 その中に平穏を見つけだして、
 穏やかでいられることでしょう」
 
 
 
 
今の男にとって、そんな世界が見えるのならば
多少値がはっても、手に入れたいメガネだった。
 
 
メガネの効果が本当なのだとしたら、
今の疲れ切った気持ちも、スッキリと晴れるに違いない。
 
 
 
男は店員に値段を聞いてみると、
覚悟していた金額よりは、だいぶ安い。
 
 
 
「それなら、買おうかな?
 でも、そのメガネで本当に“平和な世界”が
 見えるようになるのかね?」
 
 
男は疑い深く店員の顔を覗き込んだ。
 
 
 
 
「もちろん、お疑いになる気持はわかります。
 どうぞ、お支払いになる前に
 試しにこのメガネをおかけになってください」
 
 
店員は男の前に、“平和な世界”の色メガネを
差し出した。
 
 
 
男は、淡々とした、でも丁寧で自信のある店員の態度に
 
「どうやら、これは本物のようだ」
 
と思い、メガネを受け取ろうとした時、
店員はメガネを置く台を男の前に差し出し、
ひとこと告げた。 
 
 
 
「では、お客様が今おかけになっている
 
 “私は被害者”の色メガネは、
 
 こちらに置いてくださいませ」
 
 
 

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