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ネクスト・スタンダード

新しいスタンダードを作れる人って
かっこいいよね。
 
 
たとえば、
スティーブ・ジョブズ氏が作った
iTuneとかiPhone。
 
以前だったら、Windowsとかもそうだし、
ファミリーコンピュータとか、
全自動洗濯機とかもそうかもしれない。
 
 
と、ここまで読むと、
 
「私がやっていることでは
 新しいスタンダードなんて
 作れないよ」
 
とか、
 
「たまたま家電業界は日進月歩で
 新しいスタンダードが
 生まれやすかったんだよ」
 
なんて思うかもしれない。
 
 
 
でも、視点を変えれば、どんな業界でも、
どんなものでも、新しいスタンダードって
作れるとも思うんだよね。
 
 
 
 
 
「新しいスタンダード」を考えるとき、
いつも思い出すのが、
 
水泳のバタフライ。
 
 
 
今では、クロールとか平泳ぎとか背泳ぎとは
別個の種目として扱われているんだけれど、
もともと公式戦では、平泳ぎで
泳がれたらしいんだよね。
 
 
当時、というのは1928年の
アムステルダムオリンピックの時には、
平泳ぎは
 
「うつぶせで、左右の手足の動きが対称的な泳法」
 
という規定だったそうだ。
 
  
そこで、ドイツのエーリッヒ=ラーデマッヒェル選手が
現在のバタフライに似た泳ぎ方をしたのが始まり。
 
 
 
そして8年後のベルリンオリンピックでは
数名の選手が「バタフライっぽい平泳ぎ」で
好成績を収める。
 
 
さらにそれを受けて、
1952年のヘルシンキオリンピックでは
ほとんどの選手がバタフライの手の掻き方で
泳ぐようになってしまったそうだ。
 
 
ちなみに、いわゆるドルフィンキックは、
このメルボルンオリンピックから
使う選手が増えたそうだ。
 
(また、ドルフィンキックを使用したのは
 膝を痛めていたという、やむにやまれぬ状況だった
 というから、さらに興味深い)
 
 
で、
 
みんなが今までの平泳ぎを捨てていく
状況を重く見た国際水泳連盟は、
次のオリンピックから
 
「その平泳ぎ、別種目にするよ」
 
と、新たな種目として扱うことを
決めたんだよね。
 
 
 
 
 
 
新しいスタンダードが育つまでには
さまざまな要因があるんだろう。
 
 
でも、その中で間違いないのが、
 
今までの社会では、
認められるか認められないかわからないものを、
勇気をもって試した人間がいる、っていうこと。
 
 
 
オリンピックという大舞台で
誰も泳いだことのないバタフライの泳法で
泳ぐってことが、どれだけのことなんだろう?
 
 
ただでさえ、人生最大のプレッシャーとの
戦いであるはずなのに、その上
 
「この泳法自体が認められないかもしれない」
 
というプレッシャーとも向き合わなければならない。
 
 
そんな重圧に、現時点の私は
到底耐えられそうにないと思う。
 
 
でも、その重圧に耐えて泳ぎきり、
後世の水泳界をも動かしてしまう人がいるって、
本当にすごいよね。
 
 
 
 
 
新しいスタンダードは
 
一見変わっていたり、不合理に見えたり、
不気味に見えたりもするんだけれど、
 
本質的な価値を持っているから
新しいスタンダードになり得るんだなぁ
とも考えさせられる。
 
 
 
バタフライも、単なる見栄えの派手さだけでなく、
水泳選手にとってもっとも本質的な価値である
「スピード」があったから、受け入れられた。
 
 
例が変わるけれど、当時の日本人には
圧倒的に異色で、一見汚くも見える
「カレー」も、美味しかったから受け入れられた。
 
 
フィギュアスケートの荒川静香さんの
イナバウアーだって、別に身体を反らす必要は
全くない。
 
にも関わらず、フィギュアスケートの本質である
「美しさ」を持っていたからこそ、
あれだけ人を魅了することができたんじゃないかな?
 
 
 
本質を見出し、
 
社会的なバッシングを恐れず、
 
自分を信じて進んでいく。
 
 
言葉で言うのは簡単だけれど、
相当の精神力と、本質を見極める力が
必要なことだよなぁ、と舌を巻くんだよね。
 
 
 
私自身が、次の新しいスタンダードを
生み出す人間になるかどうかは、わからない。
 
 
でも、本質を見出し、社会的なバッシングを
恐れない気構えだけは、持っていたいなぁ。
とは思っているんだよね。
 
 
あなたの持っている価値が、
みんなを幸せにする「次のスタンダード」を
生み出しますように。
 
ではでは。
 

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