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体験と経験の違い。

なんとなく使い分けている
「体験」と「経験」だけれど、
ちょっと、うすぼんやりとしているよね?
 
 
「初体験」「疑似体験」「体験学習」とかは言う。
 
「人生経験」「経験値」「実務経験」とかは言う。
 
 
「体験」と「経験」を逆にして
使うこともあるだろう。
 
けれど、「疑似経験」とか、
あるいは「実務体験」とかは
あんまり言わないかもしれないよね。
 
 
 
ググってみると、
 
「体験は、行動することそれ自体を指す。
 対して経験は、行動をした上で、
 知識や技能を身に付けること」
 
と出てくるが、分かるような分からんような。
 
、、、いや、分かるけどスマートじゃないような。
 
 
 
そんなワケで、ワタクシの個人的な定義をすると、
 
【 体験は点、経験は線 】
 
なんじゃないかな?なんて考えた。
 
 
「体験」は、その時に味わったことそのもの。
 
「経験」は、今までに味わった
体験という「点」と「点」を結びつけ、
未来にも延長線が引けるもの。
 
 
そんな定義はいかがでしょ?
 
 
 
そう。
 
 
体験は、
「体」という点で味わった験(しるし、あかし)。
 
経験は、
その験(しるし、あかし)を経た道。
 
「経」は、縦糸の意味だから、
自分の人生の軸となる縦糸を構成するのが
経験と呼ばれるものなのかもしれないね。
 
 
 
もちろん、体験がないと経験にもならないから、
どちらが優れているとか、そういうことではない。
 
今までの経験という縦糸を踏まえて、
体験という横糸をくぐらせることによって、
自分が織りなされてゆくのだろうから。
 
 
 
そのうえで。
 
 
体験を経験に織り込んでいっている人と、
体験だけをしている人は、
その深みに違いがあると思う。
 
 
年齢を重ねていても、
アドバイスが浅い人というのは、
一点の「体験」からだけ物事を見てるのかもしれない。
 
どんなに数多くの体験をしていても、
それが本人の縦糸から織りなされていない限り、
その言動は響きにくいのだろう。
 
 
 
そうではなく。
 
ひとつの体験を
今までの自分の「点」と結びつけ、
織りなしてきた人の言葉は、
きっとシンプルでも琴線にふれるのだろう。
 
 
 
 
さてさて。
 
 
多くの体験も大事。
 
ただ、体験という「点」の数を誇って
体験の数が少ない人に対して優越感を持つ前に、
 
それを、どう自分の「線」にしているのか?
ということを問いかけ続ける方が、
個人的には目指すところであるように思う。
 
 
ま、自分の「線」「縦糸」にこだわりすぎて、
視野が狭くならないよう、
新しい体験をしながら
しなやかな「自分という織物」を織っていきたいものです。
 
 
ではでは。
 
 

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