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大切にしているエゴ

本日もまた、完全に個人的な嗜好なんだけれど、
文章にしても、お仕事にしても、人間関係にしても
最も大切にしていることがある。
 
 
それは「順番」。
 
 
 
どんな素晴らしい内容でも
伝える順番がヘンテコリンだったら
 
「は?」
 
ってなるし、どんなにつまらない事であっても、
書く順番によっては、
 
「ほっほー!!!!」
 
となる。
 
 
 
お仕事では、
 
「誰に、何を、どこまで、どの順番で」
 
進めることこそが
プロジェクトのカナメだと思っているし
今までもそのようにやってきた。
 
 
 
お料理でも、
 
「下ごしらえをする、味付けをする、調理する」
 
という順番をメチャメチャにしたら
とんでもないものに仕上がるから、
順番は大切だと思っている。
 
 
 
人間関係も、
 
「誰に、特にエネルギーを注ぐか」
 
「今、どの人に注力するか」
 
「どの順番で話を伝えるか」
 
を大切にしてきている(つもり)。
 
 
 
もちろん、
そのどれもが完璧にはできていないし、
見誤ることもたくさんあるけれど、
 
「順番」
 
は、自分の中で
最も大切にしていることであることは、間違いない。
 
 
 
いやね、
すべてのものに平等にエネルギーを注ぐのが理想。
 
だろうけど、限られた時間と、
限られた自分のできることという現実の中で、
順番はつけざるを得ない。
 
 
だからこそ、その順番を丁寧に扱う事こそが
相手を丁寧に扱っているという証だと思うからだ。
 
 
なので、私自身も
優先順位を高くしていただいていると、
とても「大切にされている」と感じることができる。
 
 
 
ただ。
 
 
「順番を大切にする」というのは
私の個人的な主義でありパターンであることも
(頭では)理解している。
 
 
 
なので、
 
「順番?なにそれ?」
 
「そんなん、どうでもよくない?」
  
みたいな人がいるのも、
そりゃそうだろう。と思う。
 
 
 
その上で。
 
 
私は大切な人やものに対して、
 
 
「できるかぎり優先して」
 
「できるかぎりエネルギーを費やして」
 
 
とするし、それが ないがしろにされると
残念に思う。
 
 
 
それでも、何回もないがしろにされても、
自分が大切にしている
 
「順番」
 
を優先することで、「大切」を表そうとする。
 
 
 
でも、そうでない反応をいただくにつれ、
 
 
「そか。
 この人は ” 順番という大切 ” は、必要ないんだな」
 
「優先する、という行動は、
 思いやりを表現するのに、意味をなさないんだな」
 
 
と悟る時が、ごくごくまれにある。
 
 
 
 
そうしたら、相手に合わせて
「順番が大切」という自分の固定観念は外すようにがんばる。
 
 
その方が、双方にとって幸せになるだろうから。
 
私も、ないがしろにされているなんて思いたくないし、
かといって相手を攻撃したくもない。
 
相手も、価値観を押し付けられたくはないだろう。
 
 
なので、相手の心地いいであろう
ペースにしようと努力をシフトする。
 
 
 
まぁ、できることなら、
自分の大切にしている価値観なので
大切な対象(人でもビジネスの進め方でも)には
理解してもらいたい。
 
 
でも、それは単なるワタシのエゴだ。
 
 
なので、自分の納得のいくまで
「優先」を尽くしたら、それはエゴだったと認め
相手の価値観を優先するよう努力する。
 
 
自分の最も大切な価値観を「不要」とすることが
相手へのリスペクトになるのだから
難しいものですわ。
 
 
 
ま、実は「主義」とか「価値観」とか
そんな ややこしい話ではなく、
単に、その人にとって、ワタシの
優先順位が低いだけなのかもしれんけどね。笑。
 
 
あ!
今回の話も、誰か特定の人に
うんぬん言いたいワケではありません~
 
 
 
 
ではでは。
 
 

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