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必需品の自己催眠。

最近読んでいる本の中に出てきた言葉で、
とてもうなづかされたものがある。
 
その言葉は
 
「ぜいたく品は必需品となり、
 新たな義務を生じさせる」
 
というもの。
 
 
私たちの周りには、
便利なもの、ぜいたくなものというのが
あふれている。
 
「え?私のまわりには
 ぜいたく品なんて、ないですけれど?」
 
と思うこともあるかもしれないけれど、
実は、けっこう、ある。
 
 
 
たとえば、スマホや携帯電話。
 
 
いつでもどこでも連絡が取れて、
さまざまなアプリで楽しむことができる。
 
昔は、ほんのひと握りの人しか
携帯電話なんて持ってなかったし、
それも弁当箱みたいなサイズだったり、
車に搭載されていたようなものだった。
 
そんな「ぜいたく品」が持てるようになったのだから
今は、いい時代だよね。
 
 
 
とはいえ。
 
 
スマホが持てた!ハッピーハッピー!
で終わらないのが、面白いところだ。
 
 
過去のぜいたく品は、今の必需品。
 
 
もう「スマホなしでは、生きられない!」
みたいな状態になっている人も、いる感じだよね。
 
 
ひと昔前までは持っていなかったのに、
今は、なくてはならないものになってしまっている。
 
 
しかも、スマホを持っていることにより、
新たな「義務」も、背負うことになってしまっている。
 
 
昔は、外に出たら連絡を取れないのが当たり前だったし、
手紙のやり取りなんて、月に数回あればいい方だった。
 
 
しかし、今は、
 
「どこにいても、連絡が取れて当たり前でしょ?」
 
みたいな風潮があるし、メールやLINEなどの返信は、
仲の良い人や仕事関係ならば
 
「しないと、悪いんじゃないかな?」
 
みたいな感じだ。
しかも、迅速に。何回も。何人にも。
 
 
 
便利になると思って開発されたものは、
はじめは全部、ぜいたく品だ。
 
しかし、そのぜいたく品は、
いつの間にか必需品となり、
便利さだけを提供するのではなく
義務も同時に生じさせる。
 
 
 
自家用車も、
 
多くの家電製品も、
 
お金という発明品も。
 
 
 
100年前よりも便利なもので
あふれ返っている現代人が、
100年前の人々よりも、のんびり過ごしていないのが
その、何よりの証拠だろう。
 
 
 
でね。
 
 
ここからは、私の突拍子もない考えなんだけれど、
 
 
ここでいう「ぜいたく品」って、
実は、モノだけに限らないんじゃないかな?
なんて思うんだよね。
 
 
たとえば、肩書だったり、
 
たとえば、ブランディングだったり、
 
たとえば、本当は付き合いたくない人間関係だったり。
 
 
 
そういった、目に見えない概念的なものも、
いつの間にか義務ばかりが生じている
 
「必需品となってしまった、ぜいたく品」
 
みたいなものも、あるんじゃないだろうか?
 
 
 
世間体を考えたり、
自分の存在証明の為だったりが、
 
「自分を、ナニモノか」
 
にするために まとっているものは、
基本的に「ぜいたく品」だ。
 
 
だって、なくても幸せに過ごしていくことは
可能なのだから。
 
 
 
もちろん、
 
「自分をナニモノかにするぜいたく品」
 
を身に着けているのがダメ!とは言わない。
 
 
格好いい肩書。
 
自分を特別な存在にするブランディング。
 
自分を「引き上げて」くれるであろう
背伸びしながら付き合っている人間関係。
 
 
それが心地いいのであれば、
それは、なによりのことだろう。
 
 
ただ、いつのまにか
 
「これがなくなったら、絶対ダメ!」
 
みたいに、「必需品の自己催眠」をかけて
みんなの見えないところではヒィヒィと
息を切らしているのなら、それは、もったいない。
 
 
その「ぜいたく品」があることによる快適さと義務。
 
 
そのバランスが悪くなっているのだとしたら
一度、それを解除してしまってもいいように思う。
 
重い鎧を、脱ぐようにね。
 
 
 
モノであっても、
 
「あ、私、携帯持っていないの」
 
と言えば、即時連絡の義務はなくなる。
 
(そばにいる仲間は変化するかもしれないけれど)
 
 
テレビを持っていないのであれば、
ドラマの話題についていかなくてもいい。
 
 
車を持っていなければ、
メンテナンスもないし、送り迎えの義務も生じない。
 
 
 
同じように、
 
「あなたをナニモノかにしているもの」
 
も、脱ぐことができる。
 
 
そこで得られてきた自己満足は
なくなるかもしれないけれど、
ストレスや義務もなくなるだろう。
 
 
 
。。。まぁ、そうは言っても
 
「そんなすぐには、捨てられないんです!」
 
ということもあるだろう。
 
 
それは、すでに必需品となっている
スマホや自動車を、簡単には捨てられないのと同様だ。
 
 
なので。
 
 
まずは、自分の今の状況を
 
「この肩書や人間関係って、
 実は必需品じゃなくて、ぜいたく品なのかも?」
 
と、俯瞰してみるのもいいかもしれない。
 
 
 
必需品だと思っていた肩書やブランディング。
 
それを
 
「ああ、それって自己催眠だ。
 本当は必需品じゃなくて、ぜいたく品だ」
 
と思うだけでも、少し気が楽になるかもしれない。
 
 
あなたをナニモノかにしている「それ」は、
あなたの皮膚そのものじゃない。
 
最低限必要な、服ですらない。
 
単なる、アクセサリーだ。
 
 
 
「それ」をいつでも外せるんだ、
と認識するだけでも、
おそらく気持ちはスッと楽になるだろう。
 
 
 
 
さて。
 
 
「ぜいたく品は必需品となり、
 新たな義務を生じさせる」
 
 
 
それは、間違いのない真実だ。
 
 
ただ、あまりにも増えた義務は
選択して取り外すこともできるものも多い。
 
 
 
あなたが今、必需品だと思い込んでしまっている
 
「実は、ぜいたく品」。
 
なにか、思い当たるふしは、ある?
 
 
ではでは。

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