スポンサーリンク

『巨大な砂時計』

どうやら、私は死んだらしい。
 
 
病院のベッドに私が寝ている姿を
上空から見たと思ったら、
ふわりと天空に上昇していく感覚があった。
 
 
しばらく上昇すると、雲の上に階段があり、
そこを登ると、1本のまっすぐな道が
どこまでも続いているのが見えた。
 
 
本能的に、そのまっすぐな道を進んで行く。
 
 
すでに魂だからなのか、不思議と疲れはない。
 
 
 
 
 
 
もうどれくらい進んだだろうか?
 
 
道の先に、一人の老人が座っていた。
 
 
 
 
老人は、私に話しかける。
 
「おかえり。待っとったわ」
 
 
 
私は記憶をたどってみたが、
老人に見覚えはない。
 
しかし、老人の方は、私のことを知っているようだ。
 
 
「そうかそうか、現世での時間が長すぎて
 わしのことは忘れてしまったようじゃな。
 ま、たいてい忘れられておるがの」
 
 
老人はそう言いながら笑うと、
私に説明をしてくれた。
 
 
「お前さんは、現世に行く前に
 わしに絵を描いてほしいと頼んだんじゃよ。
 
 自分が現世で、砂に色をつけて来るから
 その砂を使って、砂絵を描いてほしい、っての」
 
 
老人は私についてくるようにうながすと、
道の先を歩いて行った。
 

私は、老人が何を言っているのか全く分からなかったが、
他にあてがあるわけでもないので、
老人についてゆくことにした。
 
 
 
 
 
 
老人としばらく歩いていくと、
 
道の先に砂時計らしきものが見えてきた。
 
 
「もう少しじゃの」
 
 
老人はそう言いながら、しっかりとした足取りで
先を急いで行った。
 
 
 
歩いて行くうちに分かってきたのだが、
道の先に見えている砂時計は、
とてつもなく大きなものらしかった。
 
 
 
あんな巨大な砂時計は、見たことがない。
 
 
 
遠くから見ないと、砂時計とは分からずに、
なにかの建造物だと思ったことだろう。
 
 
 
10階建て以上のビルくらいにそびえたつ
大きな、大きな砂時計。
 
 
 
砂時計の砂は、すべて落ち切っていて
今は、ただ静かにたたずんでいる。
 
 
 
 
 
老人は、砂時計の下までやってくると、
 
 
「これが、お前さんの砂時計じゃな」
 
 
と「どっこいしょ」と砂時計のそばに
腰をおろした。
 
 
 
 
 
私が呆然と砂時計を見ていると、
老人は説明をしてくれた。
 
 
「この砂時計の中に入っているのが、
 お前さんが現世で色をつけてきた“砂”じゃ。
 
 一番はじめは、
 何の色もついていない透明な砂が
 砂時計の上に詰まっていた。
 
 じゃが、お前さんが現世で時間を過ごすたびに
 砂時計の砂が落ちていき、
 
 砂が下に落ちる時に、
 お前さんが現世で感じた“色”がついた。
 
 そして、全部の砂が落ちたから
 お前さんはここに戻ってきた、というわけじゃ」
 
 
老人はそこまで説明すると、
 
 
「どれ、砂時計の中に入ってみるかの?」
 
 
と、私に言うと、砂時計についていた
ドアを開けてくれた。
 
 
 
 
 
私は好奇心にかられて、砂時計の中に入ってみた。
 
 
 
巨大な砂時計に入っている“砂”は、
様々な色で彩られており、
また、一粒一粒が大きく、小石くらいの大きさがあった。
 
 
 
遠くからでは分からなかったが、
どうやら“砂”のひとつひとつに、文字が書いてある。
 
 
私は興味をもち、“砂”に書いてある文字を読んでみた。
 
 
 
何気なく手に取った“砂”のひとつには、
 
「お母さんに、頭をなでてもらった」
 
と書いてあり、その色は柔らかいピンク色だった。
 
 
 
また別の“砂”には、
 
「みーちゃんとケンカした。分かってもらえなかった」
 
と書いてあり、その色は暗い灰色をしていた。
 
 
 
両方とも、私自身が幼いころに体験した思い出だった。
 
 
 
 
砂時計の中には、数え切れないほどたくさんの“砂”があり、
その一つ一つに、その時その時に体験した思い出が刻まれている。
 
 
「すべて、私が色をつけてきたのか。。。」
 
 
私は、自分が砂時計の砂に色をつけるつもりなんて
まったく覚えていなかった。
 
 
でも、
 
 
この砂時計は、休むことなく私の時間を刻み続け、
私は、砂時計の“砂”に、休むことなく色をつけ続け、
文字を刻み続けていたのだ。
 
 
 
「新しいおもちゃを買ってもらった。わーい」
 
「テストでいい点をとったら、誉められた」
 
「すきなこができた」
 
「はじめてキスをした」
 
「社会人一日目の朝」
 
「親友と、朝まで語らった」
 
「結婚式の朝」
 
「子供が生まれた」
 
「家族旅行」
 
「仕事で表彰」
 
 
やさしい色をした“砂”たちには、
当時の楽しい思い出が刻まれていた。
 
 
 
 
でも“砂”は、やさしい色のものばかりではなかった。

 
「お父さんにぶたれた」
 
「クラスの子全員から無視された」
 
「すきなこが、いなくなった」
 
「なに、あの人最悪!」
 
「お金がない」
 
「バカな人は、いなくなればいいのに」
 
「世の中が悪いのよ」
 
「大切な人が、いなくなった」
 
「仕事やめたい」
 
「子供なんて、子供なんて!」
 
 
 
 
刻まれた言葉と同じように、
悲しい色の“砂”もたくさんあった。
 
 
 
そして、年を取れば取るほど、
砂時計の上に行けばいくほど、
私の“砂”は、どす黒い色のものが増えていっていた。
 
 

はじめはキラキラ輝く透明の“砂”が、
私の時間を刻むたびに、色をつけていった。
 
 
そして、色をつけたのは、
他でもない、私だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて。そろそろいいかの」
 
 
外で待っていた老人は私に声をかけると、
また「どっこいしょ」と言って立ちあがった。
 
 
 
私は、もう少し
“砂”に刻まれた文字を読みたい気持ちもあったが、
砂時計の外に出ることにした。
 
 
 
「じゃあ、お前さんが依頼したとおり、
 この砂を使って、砂絵を描くとしようかの」
 
 
老人は、そう言い終わると、
砂時計に向かって、ひと言ふた言つぶやいた。
 
 
すると、砂時計はみるみるうちに縮んでゆき、
老人でも、両手で抱えられるくらいの大きさになってしまった。
 
 
それでも大ぶりな砂時計であることは変わらないけれど、
もう、一粒一粒に刻まれた文字を読むことはできず、
ただ、色のついた砂粒のように見える。
 
 
 
 
「よし、じゃあ描いていくぞ」
 

老人は、砂時計のふたを開けて、
砂を地面に丁寧に落としてゆく。
 
 
不思議なことに、老人が砂を落としていくと、
砂は意志を持っているように色分けされ、
一枚の絵となっていく。
 
 
 
 
ある砂は、空を描きだし、
 
ある砂は、大地を描き出し、
 
ある砂は、生き物を描き出し、
 
ある砂は、ものを描き出していく。
 
 
 
 
「できた」
 
 
老人は両手に抱えていた砂時計を置くと、
私に砂絵を見せてくれた。
 
 
 
「どうかの?
 
 お前さんが現世でつけてきた色を
 最大限活かすようにして描いてみたがの?」
 
 
 
私は、地面に描かれた砂絵を見た。
 
老人は、言葉を続ける。
 
 
「お前さんが現世に旅立つ前には、
 
 “どうせだったら、
 見るだけで元気になるような
 やさしくて、明るい絵にしよう”
 
 と言ってたが、どうじゃ?
 気に入る絵に仕上がったかの?」
 
 
 
 
 
 
私が老人に言葉を告げようとした時、
どこからともなく風が吹き抜けて行った。
 
 
その風に砂がさらわれ、
砂絵は、あとかたもなく消え去っていった。
 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク