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『月が照らす道』

今から、少しだけ未来のお話。
 
この時代、貨幣はそれほどの力を持っていない。
 
 
人が羨望し、人を支配する力が、
はるか昔、武力から貨幣に移ったように、
今は貨幣から、また別のものに移り変わっていた。
 
 
 
 
この時代を支配するもの。
 
 
 
それは、「人とのつながり」だった。
 
 
 
 
どれだけ多くの人とつながっているか?
 
どんな影響力を持っている人とつながっているか?
 
 
それこそが、価値だった。
 
 
 
 
 
人類が歴史を歩んでくる過程で、
 
戦う力で、その人の価値が決めていたのと同じように。
 
経済力でその人の価値が決めていたのと同じように。
 
 
時代は、人脈力こそが、その人の価値そのものになり、
影響力こそが、誰もが求める社会に変貌を遂げていた。
 
 
 
 
 
 
お金を稼げる力も、まったく価値を失ったわけではない。
 
 
ただ、それは一種の「娯楽」「エンターテイメント」となり、
お金を稼ぐ力を誰かに見せることで、
人脈力をつける手段と化していた。
 
 
昔、戦う力や身体能力の高さを誰かに見せることで
お金を手に入れていたのと同じで、
お金を稼ぐ能力は、人脈力を手に入れる、単なる手段だった。
 
 
 
 
 
この時代では、食事をするのも、
服を手に入れるのも、家を建てるのでも、
 
「人脈を支払う」
 
ことによって可能になる。
 
 
誰かに、自分の人脈の誰かを紹介する。
 
紹介することによって、パンも、服も、車も、家も
手に入れることができる。
 
 
大きな影響力を持っている人を紹介すると、
より多くのものを手に入れることができるが、
そんな影響力を持っている人とは、
そう簡単に“つながる”ことができない。
 
 
 
 
 
 
 
ここに、ある男がいた。
 
 
 
男は、
 
「いかに短期間でお金をふやすことができるか?」
 
というレースの選手で、相当の実力の持ち主だった。
 
 
莫大な人脈力を持ち、 メディアにもたびたび取り上げられ、
世間では「時の人」と羨ましがられ、
彼との“つながり”を持とうと、様々な人が近づいて来た。
 
 
しかし、
 
ある時、
 
「どうやら、よからぬ人との“つながり”があるらしい」
 
という風評が広がったため、一気に人気を失った。
 
 
 
風評が広がってから
 
「しょせん、金もうけなんていう
 旧人類の能力だけ秀でている無能者」 
 
「頭でっかちの、心のないサル」
 
と揶揄され、人々はどんどん彼との“つながり”を
断っていった。
 
 
今では、彼との“つながり”を持っている人は
ほとんどいない。
 
 
 
 
 
 
男は、道をトボトボと歩いていた。
 
空腹に耐えかね、一軒のパン屋のドアを開いた。
 
 
男は店主が出て来ると、
懇願するように店主に話しかけた。
 
 
「すまん。もう何日も水しか飲んでいないんだ。
 パンを、ひとつだけでも分けてくれないだろうか?」
 
 
店主は冷静に、
 
 
「じゃあ、端末を見せてくれ」
 
 
とだけ男に告げた。
 
 
 
男は「またか」と半ばあきらめたような表情で
ポケットに入っていた携帯端末の画面を
店主に見せた。
 
 
この時代の人々は、全員が携帯端末を持っている。
 
 
そこに、
 
 
何人の人とつながっているのか?
 
1人ひとりと、どれくらいの深い関係なのか?
 
どれだけ影響力の強い人とつながっているのか?
 
 
などが、すぐに分かるデータが入っている。
 
 
 
パン屋の店主は、男の携帯端末をレジにかざすと、
すぐに顔をくもらせた。
 
 
「なんだ、この貧相な“つながり”は!?
 何人かはつながっていても、みんなブラックリストの
 価値のない連中ばかり。
 
 これじゃ、パンは渡せないよ。
 むしろ、こんなのでパンを渡したら、
 私の“つながり”が汚れてしまう」
 
 
と言うと、店主は男を追い払うように
「しっしっ」と手を振った。
 
 
 
男は店から追い出されると、ため息をついた。
 
 
「はぁ、以前は俺と“つながる”ために、
 たくさんの人が頭を下げて、色々と貢いできたのに、
 今ではパンひとつすら手に入らない。
 
 あーあ、お金が支配していた時代の人は
 気楽だったんだろうなぁ。
 
 お金をふやすのなんて、簡単だ。
 
 あんな数字をコントロール出来ればよかったんだから、
 その時代の人は、気楽なもんだ。
 
 俺は、生まれる時代を間違った」
 
 
 
 
 
 
この時代、一度“人脈貧乏”に陥ると、
なかなか再起することができない。
 
 
“マイナスの人脈”というレッテルと貼られてしまうと、
誰も寄り付かなくなり、世間から
“マイナス”と思われている人同士以外とは
なかなか“つながる”事ができなくなる。
 
 
また、どんなに素晴らしい人脈を持っていても、
一度おかしな風評が流れてしまうと、
コツコツと積み重ねてきた人脈という財産も
この男のように、一夜にしてなくしてしまう事もあった。
 
 
人々は、多くの人とのつながりを求めながら、
自分に悪い風評が流れないように、
必死に自分を守り続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
男は、街を離れることにした。
 
 
ある時は、食べ物を盗み、
 
ある時は、水だけで空腹をしのぎ、
 
 
何日も、何日も、
 
できるかぎり人のいない所を目指して
歩き続けた。
 
 
 
 
そんな日を、何日も歩き続けた、ある日。
 
 
 
道すがら、美味しそうなトマトが実っている
畑にでくわした。
 
 
男は、人目があるかどうかを気にしながら
真っ赤に実ったトマトをもぎ、
一気にほおばった。
 
 
 
 
 
そこに。
 
 
 
いつからそこにいたのか、
畑の主らしい老人が立っていた。
 
 
男は狼狽した。
 
逃げようと思えば逃げられたのかもしれないが、
その老人には、どことなく「逃げられない」と
感じさせる雰囲気があった。
 
 
 
 
「あ、、、いや、、これは。。。」
 
 
男は慌ててポケットから端末を取り出し、
 
 
「これで支払えるのなら、支払います。
 大した“つながり”はありませんが。。。」
 
 
と言いながら、老人の顔を見た。
 
 
 
老人は男を責めるつもりは、まったく無いようだった。
 
 
「そんなもんは、早くしまえ。
 わしは、そんなもんに興味は無い」
 
 
老人は男に「まあ、すわれ」と、
近くにあった石に腰をおろし、男にもうながした。
 
 
 
 
男は、この不思議な老人の言うがままに、
老人のとなりに腰を下ろした。
 
 
老人は、
 
 
「で、どこから来なすった?」
 
 
と聞くが、男は何も言えずにいた。
 
 
老人は微笑むと、
 
 
「まぁ、ええわい。
 話したければ話せばいい。
 話したくないなら、そのままでいいわい」
 
 
と、空を見上げた。
 
 
男は、老人につられるように、空を見てみた。
 
 
 
 
  
 

 
空は、きれいだった。
 
 
 
 
もう何年も、空を見ていないような気もした。
 
 
「昔の人も、同じ空を見ていたのだろうか。。。?」
 
 
男は、ふとそんなことを考えていた。
 
 
 
 
 
 
どれくらいの時間が経ったのだろう?
 
 
老人は、ずっと男の隣で
飽きることなく空を見ていた。
 
 
 
男は、老人に問いかけてみた。
 
 
「おじいさんは、さっき“つながり”に興味はない。
 って言ってましたよね?
 それって、どういう事なんですか?」
 
 
 
老人は、暮れかかる空を見ながら、
男の問いかけに答えた。
 
 
「人とのつながりは、あんな機械で決まるもんじゃない。
 それに、誰と、どうつながっていようが
 わしは、わしじゃ。
 
 大地を耕し、大地と生きて、そして死ぬ。
 
 その間に、人との出会いもあるじゃろう。
 
 が、出会いを追いかけて、自分を見失うなんて
 順序が逆じゃ。
 
 わしは、わし。
 
 それでいいんじゃないかの?」
 
 
 
 
 
老人がつぶやいた後も、また長い時間が流れた。
 
 
太陽は西の空に落ち、
空には月が浮かんでいた。
 
 
老人は、
 
「さて、帰るかの。
 今日は、もう遅い。
 うちに泊まって行くといいじゃろう」
 
と言いながら、立ちあがった。
 
 
 
男は、
 
「まだ、名前も何も言ってないで。。。」
 
と老人を追いかけると、老人は
 
 
「そんなもんは、知らん。
 わしはわしで、あんたはあんたじゃ。
 
 こうやって会ったのが、“縁”ってもんじゃろ?」
 
 
と言いながら、歩みを進めていった。
 
 
 
男は、
 
「いつか、“つながり”にも支配されない、
 新しい時代がくるのだろうか?
 
 その時は、この老人のような人が
 認められる時代になれば・・・」
 
と、老人の背中を追いかけた。
 
 
 
 
月は、変わらず大地を照らしていた。
 
今も、昔も、そしてたぶん、未来も。
 

 

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