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『カードの力』

男は途方に暮れていた。
 
自分の人生は順風満帆だ、と思っていた。昔は。
 
ところが、年齢を重ねるにつれて
少しずつレールがずれていくような、
そんな感覚に見舞われるようになっていった。
 
 
昔は、もっとチャレンジ精神があったのに。
 
以前ならば、もっと無理が利いて、
欲しいものを手に入れてきたはずなのに。
 
 
「なぜだ….?
 どうして、うまく行かないんだ…?」
 
うつむき加減で考えながら歩いていると、
 
「こんにちは」
 
と、どこからともなく現れた小男が声をかけてきた。
 
 
誰だ?と尋ねる間もなく、
 
「どうやらお元気がない様子….
 もしよろしければ、こちらのカードをお使いくださいませ」
 
と、懐から一枚のカードを取り出し、男に差し出した。
 
 
見るからに怪しい雰囲気を持った小男だったが、
男は、つい相手の話に興味を持ってしまった。
 
「これは?」
 
「はい。このカードを誰かに見せてみてください。
 その相手があなたよりも恵まれた状況にいた場合、
 その人の力を弱めることができます」
 
小男は、淡々と、しかし真実味のこもった口調で話した。
 
 
「なんだって?」
 
「相手は、このカードで、ひるむんですよ。
 自分ばかりが有利な状況にいることに気づくというか」
 
小男は話を続ける。
 
「そして、相手があなたと同じような境遇であった場合、
 あなたの味方になってくれることでしょう。
 つまり、このカードがあれば、
 あなたの敵となる人の力は弱まり、
 あなたと団結する仲間も手に入る、というわけです」
 
 
疲れ切っていた男は、 
 
「まさか、そんな都合のいい話が…」
 
と思う反面、
 
「もし、それが本当であれば….」
 
という、わずかな期待を持たずにはいられなかった。
 
 
「そのカードは、どんな場面でも使えるのか?」
 
男はニヤリと笑う小男に質問をすると、
 
「はい、もちろんです。
 あなたよりも社会的に有利な人。
 あなたよりも経済的に恵まれている人。
 あなたよりもモテる人。
 身体的に恵まれている人。才能のある人。
 どんな場面でもカードの力を使ってやりましょうよ」
 
と、それがさも正義であるかのように小男は答えた。
 
 
男はまだ半信半疑ではあったが、最後にこう確認した。
 
「で、そのカードは一体いくらなんだ?
 お前の目的は何なんだ?」
 
小男はゆっくりと、クックックと笑うと、
 
「お代などいりませんよ。
 このカードを使って、あなたが幸せになればいいんです。
 強いて言えば、このカードの力を見届けたい、
 というのが、私の望みですかね」
 
と答え、男に「さあ、どうぞ」とカードを近づけた。
 
 
男はカードに吸い込まれるように、
 
「ただでもらえるものなら、もらっておくさ」
 
と言い、カードを受け取った。
 
 

 
 
「ものは、試しだ」
 
男は行きつけのバーへと足を進めた。
 
そこには、いつもバーで会う知人が
先に酒を飲んでいた。
 
 
その知人は、かなり経済的に恵まれているらしく、
いつも はぶり良くバーで飲んでいる。
 
知人のまわりにも何名かの顔見知りが
同じように飲んでいた。
 
その知人自身は、別に悪い人間ではないのだろうが、
男としては、自分よりも恵まれている、ということに
面白くない感情を抱いていた。
 
 
よお、と知人は男に手を挙げて
隣に座るようにうながす。
 
男としても、隣に座って
カードを試したかったので好都合だ。
 
 
しばらくは他愛もない話を続けていたが、
知人が自分の仕事の話をし始めた。
 
謙遜しつつではあるが、
自分がいかに優秀な人間であるかが
さりげなく散りばめられている。
 
まわりにいた他の客たちも、
ほぉほぉ、と聞いてはいるが、
どこまで興味があるのかは分からない。
 
 
男は、そんな話に少々うんざりしながらも、
頃合いを見て、
 
「あのさ….これ….」
 
と、自慢を続けている知人にカードを見せた。
 
 
知人はカードをしばらく見ると、ほどなく
 
「いや….そうは言っても….
 これは、僕自身が努力した結果であって….」
 
と、しどろもどろになっていった。
 
 
 
まわりにいた客たちは、そのカードを見るやいなや、
 
「そうだよ。前々から注意はしようと思っていたんだ」
 
「お前が今の経済力を手に入れられたのは、
 そもそも運やコネもあったからじゃないか!」
 
「他の人の気持ちを考えたことがあるのか?」
 
と、次々と攻撃をしはじめた。
 
 
結果として、自慢をしていた知人は
みるみると元気を失い、
 
「これから毎週、ここにいる人たち全員に
 必ず一杯はおごる」
 
という約束まで取り付けられてしまった。
 
 
 
この状況に、一番驚いたのは、
カードを渡された男だった。
 
 
「まさか….このカードは本物だ。
 このカード一枚で、私の世界は変えられるじゃないか!」
 
 
男は、喜び勇んでバーから帰って行った。
 
 

 
 
それからというもの、男は
ことあるごとにカードの力を使っていった。
 
 
ある時は、自分よりも出世をしていく同僚に対して。
 
またある時は、自分よりも女性にモテる奴に対して。
 
そして、自分よりも目立っている人気者に対して。
 
才能が認められている人に対して。
 
 
どんな時でも、カードの力は絶大だった。
 
 
恵まれている人間は、
言い訳を言いながらも力をなくしていく。
 
そして、男がカードを使ったまわりには、
必ず男を応援する輪が生まれる。
 
そして、最終的には元気のなくなった人は折れて、
まわりの人に配慮した行動を取ることを強いられてゆく。
 
 
「このカードさえあれば、人生は最高だ!」
 
 

 
 
ある時は、不思議なことが起こった。
 
以前、バーでおごる、という約束をさせられた
経済的に恵まれた知人が、
 
「あいつばかりがモテるのはおかしい」
 
と、今度はカードの男の味方につく、
ということも起こった。
 
 
「そうか….ある事において恵まれていても、
 別の事に関しては恵まれていないこともある。
 そんな時は、以前の敵が味方になることもあるのか…」
 
 
カードの男は学びながら、
毎日、毎日、毎日、カードの力を使い続けた。
 
 
 
そして、いつしか男のまわりには、
 
「だれかが恵まれていると、その人を叩く」
 
という団結が生まれ、ひとつの組織体となっていった。
 
 
本人がどんな努力をしたのか?
 
恵まれた状況になるための背景は?
 
才能を発揮できる場所を、やっとみつけたのか?
 
 
そんなことは一切お構いなしに、
男はカードを使い続けていった。
 
 

 
 
「今回も成功でしたな」
 
「いや、本当に簡単ですよ」
 
 
カードを渡した小男は、
仲間たちと密室で談笑していた。
 
 
「しかし、今回のカードの男も、
 我々の真の目的には
 一生、気がつかないままなのでしょうな」
 
クックック、と同じような笑い声を
その場にいる全員が発した。
 
 
「それはそうでしょうな。
 彼は、あのカードの弱点には
 気がつこうともしていませんので」
 
小男はニヤリとあたりを見渡した。
 
 
「あなたも人が悪いですな…
 あのカード、真の強者には効果がないことを
 一言も教えないのですから」
 
仲間の一人が小男をなじるように言ったが、
その口元は冷笑でゆがんでいる。
 
 
「そう…真に経済的に豊かな人間にも、
 真にモテる男女にも、
 真に ” 強い ” 人たちは、
 あのカードを見せられても、まったく効かない。
 
 効いたようなフリはしていても、
 まったく効かない。見る気もない」
 
 
小男は、その場にいる全員が知っていることを
独り言のようにつぶやいた。
 
 
「もちろん、今回のカードの男が
 質問してきたら答えましたよ?
  ” 本当に強い相手にも通用するのか? ” ってね」
 
 
「はは….そんな質問をするような人間は、
 このカードに興味なんて示しませんよね」
 
 
仲間の一人の言葉にうなづいてから、
小男は続けた。
 
「そう….あのカードの真の目的…
 それは、一般の人々の留飲を下げ、
 真の強者がコントロールしやすい大衆を作ること。
 
 あのカードの幻想があり続ける限り、
 我々は、より豊かに、より強くなるというもの….」
 
 
 
テーブルの上には、同じカードが無造作に
何枚も散らばっていた。
 
 
どのカードにも、同じ字が綴られている。
 
 
「平等」
 
 
と。
 
 
 

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