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『砂漠、日時計、桶』

男は、いつのまにか砂漠に放り出されていた。
 
 
 
真上から照りつける日差しが、
容赦なく男に照りつける。
 
 
見上げると、砂漠一面を覆うかのような
巨大な日時計が、高々とそそり立っていた。
 
 
 
「なんだ。。。?ここは、どこだ。。。?」
 
 
 
あたりを見回すと、
男の他にも、何人もの人が砂漠をうろついている。
 
 
誰もが、砂漠をさまよい
歩き疲れた亡者のようになっていた。
 
 
 
 
男は、近くにいた人に声をかけてみた。
 
 
「ここは一体、どこなんです?
 みんな、何をしているんです?」
 
 
声をかけられた人物は、疲れた顔を見せながら
男に説明をした。
 
 
「ここがどこなのか?
 いつからここにいるのかは、分からない。
 
 ただ、この広大な砂漠の
 どこか一か所に水を注ぐと、
 ここから脱出できるらしいんだ。
 
 水は、ほら、そこらに転がっている桶で
 くめばいい」
 
 
 
男は指差された地面を見ると、
たしかにいくつもの桶が転がっていた。
 
 
 
「でも。。。
 桶だけあっても、肝心の水がないと。。。」
 
 
と、男は桶を拾いあげながら考えていると、
 
手に取った桶の底から、
しずかに、ゆっくりと、水がじんわりと湧きだしてきた。
 
 
どのような仕組みになっているのかはわからないが、
この桶を手に持つと、ゆっくり、ゆっくりと
桶の底から水がたまって行くようだった。
 
 
「なるほど。
 これで桶がいっぱいになったら、
 どこかに水をかければいいのか。。。」
 
 
 
とは言うものの、
 
この広大な砂漠のどこか一か所に水をかけると言われても、
男にはまるで見当がつかなかった。
 
 
 
 
 
 
そこで男は、亡者のように
さまよいあるいている人たちの行動をみて、
なにかヒントにならないものかを見てみることにした。
 
 
 
 
ある人たちは、桶に水をためては、
 
 
日時計がすでに過ぎ去ったであろう「過去」の砂漠に
せっせと水をかけ続けていた。
 
 
水は、砂漠の砂に吸い込まれ、
あっというまに蒸発をしてしまっていた。
 
 
それでも、多くの人が
 
 
「ここに、脱出できるヒントがあるに違いない」
 
「ここが潤いで満たされなかったら、
 私は脱出できない」
 
 
と、時間をかけて桶にためた水を
すべて「過去」の砂に注ぎ込んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
また別の、ある人たちは、
 
 
日時計がまだ進み切っていない「未来」を指し示す砂漠に
水を注ぎ続けていた。
 
 
未来の砂漠も、過去の砂漠と同じように
どんなに水を注ぎ込んでも、水を吸い込んでは蒸発させていた。
 
 
 
それでも、たくさんの人々が
 
 
「ここにこそ、じっくりとためた水を注ぐべきだ」
 
「いつかは、注ぎ込んだ努力が報われるに違いない」
 
 
と、いつまでも桶に水をためては、
「未来」の砂漠に水を吸い取らせることを
懸命に繰り返していた。
 
 
 
 
 
 
 
また、さらに別の人に目を向けると、
 
 
せっかくためた水を、気に入らない人にかけて回っていた。
 
 
「お前のせいで、俺はここから出られないんだ!」
 
 
「私が不自由なのは、あなたのせいよ!」
 
 
「そんなところに、水をかけるんじゃないよ!!」
 
 
しかし、どんなに他人に水をかけても
その人が脱出できるようには見えず、
 
逆に、水をかけられた人は、最初はびっくりするものの、
かけられた水のおかげで、ますます元気になるようだった。
 
 
 
 
 
 
 
男は、他の人たちを見て、途方に暮れてしまった。
 
 
「一体、どこに水をかければ、脱出できるんだ。。。?
 
 そもそも、水をかけると脱出できる場所なんて
 本当にあるのか。。。?」
 
 
男は、手に持った桶に目をやった。
 
 
 
 
男はゆっくりと休んでいたおかげで、
桶には充分な水がたまっていた。
 
 
 
 
 
 
どこに。水を。かける?
 
 
 
 
 
真上から照りつける太陽で意識がもうろうとしていたが、
男は、ふと我に返った。
 
 
 
「たしかに、どこに水をかけるかも大事だ。
 だが、まずは自分の喉の渇きを癒さないと」
 
 
男は、手に持っていた桶を口に運び、
たまった水を飲みはじめた。
 
 
 
「ますは、自分。まずは、今、だ」
 
 
 
男は、一気に水を飲み干すと、
また水がたまるまで待ち、
何回も自分の渇きをうるおした。
 
 
休んでは、水がたまるのを待ち、
たまった水を飲み続けた。
 
 
 
「ふう」
 
 
 
男は自分の喉の渇きがおさまった後、
あらためて砂漠を見渡してみた。
 
 
すると、自分に余裕がない時は
見えていなかったのだが、
 
あたりをうろついている亡者のような人たちの中には、
脱出することだけを考えて、
 
自分の喉の渇きを満たすことを忘れている人もいるように
見受けられた。
 
 
 
 
男は、誰に言われるのでもなく、
自分を満たした後、あまった水を
我を忘れている人に提供することにした。
 
 
 
 
男の申し出に
 
「ありがとう」
 
と、素直に礼を言い、男の水を飲む人もいた。
 
 
 
逆に
 
「余計なまねをするんじゃない!」
 
と、男の好意を拒否する人もいた。
 
 
 
 
そういう人がいると、男は少し悲しくなり、
自分の喉も普段よりも渇くのが早かった。
 
 
 
 
しかし、それでも
今できることは、これなんじゃないか?
 
 
という自分の直感を信じて、
自分の渇きも自分で癒しつつ、
 
他の人に水を提供する許可をもらい、
 
受け取る人に水を提供し続けた。
 
 
 
 
休みながら、自分のペースで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もう、どれくらい月日が経ったのだろうか?
 
 
もう、何人に水を提供しただろうか?
 
 
男自身にも分からないくらい
同じことを繰り返していたある日。
 
 
いつもと同じように 
水を1人の亡者に与えていた。
 
 
 
その亡者は、黒いフードを真深くかぶり、
顔は良く見えなかったし、
 
男なのか、女なのか?
若いのか?年老いているのか?
 
わからない人物ではあったが、
男は、いつものように水を提供した。
 
 
 
 
すると、
 
 
「そう。それでいい」
 
 
と、フードの人物は言って、
男に鍵を手渡した。
 
 
 
フードの人物は、鍵を手渡した後、
黙って、日時計を指差した。
 
 
 
男がフードの人物に何かを言おうとすると、
いつの間にか、フードの人物は
男の前から姿を消してしまっていた。
 
 
 
男は不思議に思いながらも、
日時計のそばまで来ると、
 
日時計の一か所に、鍵が入るような穴があることを発見した。
 
 
 
 
カチャリ。
 
 
 
 
男が鍵を穴にさし入れた瞬間、
 
男は日時計に吸い込まれ、砂漠から姿を消した。
 
 
 
 
男は、脱出を果たしたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
砂漠には、
 
 
「過去」の砂漠に水をかけ続ける人。
 
 
「未来」の砂漠に水をかけ続ける人。
 
 
他人に許可なく水をぶちまける人が
 
 
 
「いつになったら、脱出できるのか」 
 
 
 
と、終わることのない作業を続けていた。
 
 
 
 
 
 
日時計は、「今」を指し続けていた。
 
 

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