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『運命の人』

「なんで私には、運命の人が現れないのかしら」
 
彼女は、ため息をつく。
 
 
結婚適齢期と言われる年齢を迎えて、
かれこれどれくらい経っただろう?
 
 
今は、生涯ひとりで過ごす女性も増えてきて、
そのような生き方を否定するつもりもない。
 
ただ、彼女自身は、
 
「運命の人と出会って、素敵な結婚をする」
 
ということに、強い憧れを持っていた。
 
 
 
彼女も、一度は身を焼くような恋をしたことがあった。
 
しかし、その時の二人の事情が、
二人を結ばせる方向には行かなかった。
 
 
また、あのような恋ができるのだろうか?
いや、きっと出来るに違いない。
 
 
 
とは思うものの、
まわりの女友達も、どんどん幸せそうに結婚をして、
取り残されて行くような気持ちにもなってくる。
 
 
 
彼女自身も、もう一度、運命の人に出会うために
彼女なりには努力してきたつもりだ。
 
 
独身男女が集まるパーティに出たり、
男性に喜ばれるようなふるまいを学んだり、
女性らしいお稽古ごとなどにも通った。
 
 
 
しかし、どうしても
 
「この人こそ、私の運命の人だわ!」
 
と、ピンとくる男性には、出会えないままだった。
 
 
 
どうして、私じゃダメなのかしら?
 
友達と比べても、私がそんなに見劣りするとも
思えないのだけれど。。。?
 
 
 
そんな風に思いながら、ぼんやりと歩いていると、
彼女は、不思議な建物があることに気がついた。
 
 
 
 
看板には
 
「運命が変わる館」
 
と、目立たない字で書いてある。
 
 
 
普通の人だったら、こんな看板は見逃してしまうだろうし、
この建物自体に興味すら抱かない人がほとんどだろう。
 
 
 
しかし、彼女は、どうしても現状を変えたかった。
 
 
この際、どんなあやしい方法でも構わない。
運命の人に出会えるのならば。
 
 
 
 
「いらっしゃい」
 
 
そこには、小ざっぱりとした和服を着た老婆が
ちょこんと座っていた。
 
 
 
彼女は老婆に簡単に挨拶をしたあと、
本題に入っていった。
 
 
「あの。。。看板に“運命が変わる”
 と書いてあったのですが、本当ですか?」
 
 
老婆はうなずく。
 
 
「そうだね。 私ができることは、
 あなたの前世の霊と、あなたが話ができるようにすること。
 
 前世の霊は、あなた以上にあなたが幸せになることを
 願っているから、最高のアドバイザーになるよ」
 
 
老婆はしゃべり終わると「前世の霊と話せるようにするかね?」と
彼女にうながした。
 
 
 
どうやら、変なところに来てしまったようだ。
 
 
でも、これも何かの運命だろう。
 
 
いずれにしても、今のままでは
運命の人に出会うこともできなさそうだ。
 
 
変な占いでも、前世の霊でも、
私を助けてくれるのならば、なんでもいい。
 
 
この老婆がもし私を騙そうとしているなら、
それだけ私もヤキがまわってきているということだ。
 
 
 
彼女は老婆が口にした料金を支払い、
前世の霊と話が出来るようにしてもらうことにした。
 
 
 
老婆は、ひと言ふた言、呪文のようなことをつぶやくと、
彼女の肩に数回触れた。
 
 
「はい。おわり」
 
 
あっさりと老婆は言うと、
「お帰りは、あちら」と言わんばかりに
部屋の奥へ引っ込んでしまった。
 
 
 
 
 
これで終わり?
 
 
彼女は、もっとものものしい儀式があると
期待していたのだが
あまりにもあっさりと終了した。
 
 
 
彼女はがっかりして、
 
 
「騙すにしても、
 もっと雰囲気ってものがないのかしら?」
 
 
と、ひとり言をつぶやくと、どこからともなく
 
 
「騙すって、何が?」
 
 
と声が聞こえる。
 
 
 
彼女があたりを見回しても、そこには誰もいない。
 
 
 
彼女は「幻聴かしら?」と訝しんでいると、
 
 
「ねぇ、せっかくお話できるようになったんですから
 お話しましょう?
 
 目をつぶってくれれば、私が見えるわよ」

 
 
と、先ほどの声が聞こえてくる。
 
 
 
彼女は不思議に思いながらも目をつぶると、
そこには古風な女性が立っていた。
 
 
「誰?あなたは?」
 
 
彼女がびっくりして話しかけると
 
 
「あら、あなたが頼んで話せるようになったのに、
 “誰?”とは失礼ね」
 
 
と、古風な女性が答える。
 
 
 
「と、いうことは、、、、
 あなたが、私の前世の霊なの?」
 
 
と彼女は確認するように聞くと、
 
 
「そうよ、これからよろしくね」
 
と、女性が答えた。
 
 
 
なんと、老婆は私を騙したわけでなく、
本当に前世の霊と話せるようにしてしまったのだ!
 
 
 
彼女はびっくりしながらも、
さっそく前世の霊にお願いをする。
 
 
「私、自分の運命の男性と出会いたいの。
 助けてもらうわけには、いかないかしら?」
 
 
前世の霊は、嬉しそうに微笑むと、こう答えた。
 
 
「それは、私も望むところ。
 実は、私が生きている間に、結ばれたくても
 結ばれなかった殿方がいるのです。
 
 そのお方も、現世で生まれ変わっています。
 前世で結ばれなかった私たちを、
 どうかあなたが結んでくださいませ」
 
 
 
彼女は、
 
 
「それなら話が早いわね!
 どうやったらその人に会えるのかしら?」
 
 
と、ウキウキしながら答えると、
 
 
「生まれ変わったあの男性が
 どこにいるかは分かっています。
 
 私の言う通りの場所に行きましょう。
 急いで!」
 
 
 
前世の霊は、古風な風貌には似つかわしくないほど
焦った口調で彼女をせかせた。
 
 
 
「よほど、前世で結ばれなかった男性に
 会いたいのだろう」
 
 
と、彼女は思い、
前世の霊のためにも、自分自身のためにも
急いで言われた通りの場所に行ってみることにした。
 
 
 
道中も、常に「急いで」と言い続ける前世の霊をなだめながら、
ついに目的の男性のいる場所にたどりついた。
 
 
 
 
 
そこにいた男性は、彼女と同い年くらい。
 
端整な顔に、優しさを感じさせる雰囲気を持った
スマートな人だった。
 
 
 
前世の霊は、
 
「ああ、これであのお方と結ばれることが出来る。。。」
 
と、嬉しそうだ。
 
 
 
男性の方も、彼女の姿を一目見た瞬間、
電撃が走ったかのように彼女に好意をいだいたようだ。
 
 
現世に生きる彼女としても、
これほど嬉しいことはない。
 
 
やっと、運命の人に出会えたのだ。
 
 
この人と出会うために、今まで遠回りをしてきたのだ。
 
 
 
彼女と男性が、魅かれあうように近づいてゆく。
 
 
 
すると。
 
 
別の男性が、彼女のもとに近づいてくる。
 
しかも、一人ではなく、三人も、四人も。
 
 
 
その男性たちの後からも、
何人も、彼女に向かって歩いてくるではないか。
 
 
 
しかも、彼女に近づいてくる男性全員が、
タイプこそ違えど、それぞれ魅力的な男性だった。
 
 
 
前世の霊が、彼女の頭の中でつぶやく。
 
 
「ああ、間に合わなかった」
 
 
 
すると、彼女の頭の中で、何人もの女性が
いっせいに現れてきた。
 
 
「あなた、前世の分際で、私たちを出し抜こうなんて
 いい度胸しているじゃない!?」
 
 
「今度は、あたしの順番ですからね!」
 
 
「何を言っているのかしら?
 今度は、わたくしに決まっていますわ!」
 
 
 
 
彼女は、あっけにとられて
頭の中に出てきた女性たちに声をかけてみた。
 
 
「あなたたちは、一体どなた?」
 
 
そう言うと、女の一人が言う。
 
 
 
「わたしは、2世代前のあなたの霊。
 前々世のあなた、ってわけね。
 
 わたしも、愛しい殿方と結ばれなかったから
 今度はわたしの愛しい方と結ばれたいの。
 
 わたしの愛しい方は、ほら、
 あのグレーのスーツを着た方ですわ」
 
 
 
その言葉を聞き終えるよりも早く、
また別の女性が、彼女の頭の中で話し始める。
 
 
 
「わたくしは、5世代前のあなたの霊。
 
 わたくしだって、結ばれなかった男性がいます。
 ほら、あなた方。
 先輩のわたくしに、お譲りなさい。
 
 わたくしの想うお方は、あの和装の方」
 
 
 
次から次へと、
 
 
「私も、自分の時代には
 結ばれなかったあの人と」
 
「ほら、あそこにいるあの方と
 幸せになりなさい」
 
 
と、彼女の頭の中で女たちが喧嘩をはじめる。
 
 
 
魅力的な男性たちは、彼女を取り囲んで
愛の言葉をささやき始めた。
 
 
 
なんと、その中には、
以前どうしても結ばれなかった
彼女自身の想い人までいるではないか。
 
 
できることなら、私が想ったあの人と結ばれたい。
 
 
 
しかし、
 
 
「次は私」
 
「いや、わたくしがあの人と」
 
 
と、頭の中で大騒ぎをしている女性たちが
とても納得してくれるとも思えない。
 
 
いくら喧嘩をしていても、彼女が
 
 
「私が好きになった、あの人と結ばれたいわ」
 
 
と言うと、頭の中の全員が
 
 
「まぁ!今世の分際で生意気な!」
 
 
「私たちの想いの方が、はるかに強いのよ!」
 
 
「あなたが自分の想い人と結ばれるのは、
 私たち全員が幸せになってからよ!」
 
  
と、一斉に反対する。
 
 
 
 
 
 
 
 
たしかに、運命は変わった。
 
 
運命の人は、現れた。
 
 
しかし、どうやら私自身の運命の人と結ばれるには、
何回か生まれ変わらなければならないようだ。
 

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