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『オールラウンドカード』

店員は、レジを操作しながらお客にたずねた。
 
 
「オールラウンドカードはお持ちですか?」
 
 
お客は、
 
 
「ああ」
 
 
と言うと、財布の中から
一枚のカードを取り出しながら思った。
 
 
「今どき、このカードを持っていない奴などいるものか。
 なにしろ、どこでお金を使っても
 ポイントがたまるんだからな」 
 
 
 
 
 
 
 
 
この「オールラウンドカード」が登場したのは
もうどれくらい前だろう?
 
 
このカードの登場前は、
本当にバカバカしいくらい面倒だった。
 
 
「ポイントをためるとお得です」
 
 
という、ポイントカードのサービスは珍しくなかったが、
なにしろ、そのポイントカードが、店によって違っていた。
 
 
財布はいつのまにか、
様々な店舗のポイントカードで膨れ上がり、
どの店のポイントカードか分からなくなる始末。
 
 
下手をすると、同じ店のポイントカードが
2枚も3枚も入っているなんてことも、ざらだった。
 
 
 
「なんとか、全業種、全店共通の
 ポイントカードができないものか?」
 
 
そんな風に思っている多くの人々の要望に応える形で、
ある大富豪が、有力な企業すべてに、このような提案をした。
  
  
 
 
「私たちの財布を圧迫しているポイントカードを
 1枚にまとめられませんか?
 
 もしご協力いただけるのでしたら、
 私の財産から、追加で付与できるポイント資金を提供します。
 
 私はもう充分にお金を稼ぎました。
 私は多くの人々の財布の負担を、軽くしてあげたいのです」
 
 
 
 
その大富豪の提案に、多くの企業は賛同した。
 
 
はじめは独自路線を守ろうとする企業も、
その流れに追随せざるを得なくなった。
 
 
なにしろ、大富豪からの資金提供を受けなければ、
付与できるポイントに大きな差が出来てしまい、
顧客ばなれが進んでしまうからだ。
 
 
 
 
 
かくして、たった1枚だけで
ほとんどすべての店でポイントがたまるカード
 
「オールラウンドカード」
 
が完成した、というわけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
オールラウンドカードの出現は、
多くの恩恵を人々にもたらした。
 
 
まず、財布がポイントカードでパンパンに膨れ上がる
という現象がなくなった。
 
 
「オールラウンドカード」さえ持っていれば、
どんな店に行っても、その店や商品に応じたポイントが付くのだ。
 
 
また、大富豪の支援のおかげで、
今までよりもポイントがたまるのも早い。
 
 
今までよりも自由に買い物を謳歌できるようになっていった。
 
 
 
また、通信販売やネットでの買い物にも
ポイントがつくのは当然のこと、
今までポイントのつかなかったジャンルにまで
ポイントがたまるようになっていった。
 
 
学校の授業料、銀行の預金、さらには
税金にまでポイントがつくようになっていったのだ。
 
 
 
もはや、「オールラウンドカード」なしでお金を使うのは
愚の骨頂としか言えないところまで
カードは浸透していった。
 
 
 
 
 
 
 
さらに、コンピュータの進化も手伝って、
今まででは考えられないようなサービスも
登場することになった。
 
 
 
そのサービスとは、
 
「事前配送サービス」。
 
 
 
個人個人の、今までの購入履歴から
 
「次に購入する商品は、このようなものだろう」
 
という予測をし、本人が購入の意思を示す前に
あらかじめ自宅の近くまで運んでおく、というサービスだ。
 
 
 
 
「オールラウンドカード」を通して購入された
商品やサービスの情報は、すべてコンピュータで管理される。
 
 
その情報さえあれば、
 
本人の食べ物の好みから、衣類の好み、
良く使うサービスや、好みの本まで
すべてが分かるようになる。
 
 
それを、高機能なスーパーコンピュータで計算すれば
その人が「次に買うもの」は、
たちどころに分かってしまう。
 
 
 
その結果、
 
「注文をすれば、欲しいものが5分以内に届けられる」
 
というサービス網が、完全に確立した。
 
 
 
 
はじめは、
 
 
「まさか、こんな商品を買うとは
 スーパーコンピューターも予測していないだろう」
 
 
と、わざと予測を外すような注文をする人もいた。
 
 
 
 
だが、スーパーコンピューターは
 
「わざとおかしな注文をする」
 
という個人の心理までも先読みをして、
確実に5分以内に注文を届けられるようになっていた。
 
 
 
 
 
あたたかい食べ物も、注文される前に調理が始まる。
 
 
車やピアノのような大きな物も、
注文されるやいなや、玄関先に届けられる。
 
 
 
そして、そのような買い物すべてに
たくさんのポイントがつく。
 
 
 
そのようなサービスに、
 
「監視をされているようでイヤだ」
 
「束縛されているような気がする」
 
と、否定的な意見を持っている人もいたが、
大多数の人々は、多くのポイントの魅力と
買い物の便利さの方を優先させた。
 
 
 
 
さらに。
 
 
 
「この学校を受験しよう」と決めると、
5分後には願書が手に入る。
 
 
「結婚をしよう」と思えば婚姻届が。
「離婚をしよう」と思えば離婚届が。
 
 
確実に、寸分の狂いもなく届けられた。
 
 
 
 
犯罪も激減した。
 
「犯罪を犯す可能性のある消費行動」
 
が、警察に自動的に知らされるようになったからだ。
 
 
 
 
 
 
人々は、
 
 
「これぞ夢の消費生活だ!」
 
「資本主義の究極の形だ!」
 
 
と喜び、しだいに
 
「自分が何を欲しいのか?」
 
を、自分で考えるのをやめて行った。
 
 
 
なにしろ、「オールラウンドカード」に任せておけば
自分の好みにあったものを、間違いなく届けてくれる。
 
そして、自分に必要な商品、教育、パートナー、
人生そのものを運んでくれるのだから。
 
 
 
もはや、「オールラウンドカード」は、
個人の人生すべてを決める決定権者となっていた。
 
 
 
 
サービスは加熱し、
 
「5分以内のお届け」から、
 
「1分以内のお届け」。
 
 
そして最終的には
 
「注文される前にお届け」
 
という形にまで進んで行った。
 
 
 
 
人々は、このような時代に生まれたことを
心から感謝した。
 
 
 
 
 
 ・
 
 ・
 
 ・
 
 
 
「旦那様。こちらが、今月の収支報告です」
 
 
執事から手渡された報告書を
大富豪はさほど興味もなく眺めた。
 
 
報告書には、小国の国家予算を
はるかに上回る規模の利益が記載されていたが、
大富豪にとっては、ごく当たり前のことだった。
 
 
 
大富豪は、今でも「オールラウンドカード」への
資金提供は続けている。
 
 
しかし、その数百倍、数千倍の額のお金を
企業から受け取っていた。
 
 
 
もはや、「オールラウンドカード」を通さない商品は
販売力がないと言っていい。
 
 
商品そのものがあっても、
「オールラウンドカード」に認められない限りは
その商品は地球上にないのと同じだった。
 
 
企業は、競って大富豪にお金を渡した。
 
 
自社の商品が人々の手に渡るかどうかは、
この大富豪の判断で決まるのだ。
 
 
どんな広告宣伝費よりも、
大富豪へお金を渡すのを優先させなければならない。
 
 
 
 
 
大富豪はつぶやいた。
 
 
「資金提供をはじめた時は、
 こんなに上手くいくとは思わなかったが。
 
 人々が、自分で考えることを
 これほどすぐに放棄するとは、バカな奴ばかりだ」
 
 
 
 
大富豪が一人満足げに笑っていると、一人の来客が訪れた。
 
 
 
大富豪は来客を通すと、来客は大富豪に告げた。
 
 
 
 
「こんにちは、葬儀社の者です。
 “注文前サービス”により、あなたさまの
 葬儀をしに参りました」
 
 
大富豪は、
 
 
「おおそうか。私も、もうそんな年か。
 では、早々に葬儀の準備を始めなければな」
 
 
と言って、この世から旅立つ準備を始めた。
 
 
 
 
自分で考えるのを放棄したのは、
大富豪も例外ではなかった。
 

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