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『シェイクハンド』

勇者は、絶望に打ちひしがれていた。
 
 
腰には剣を佩(は)き、盾を掲げ、
体を白銀の鎧で包んだ勇者。
 
 
装備だけではなく、その勇者は
多くの武芸を学び、実践もしてきたつもりだった。
 
 
 
しかし、目的の魔王に近づくどころか、
はじめに出会ったモンスターにすら
自分の技は通用しなかった。
 
 
モンスターを攻撃すればするほど、
相手の力は強大になり、
勇者以上の力で反撃をしてきた。
 
 
 
「私は、魔王を倒さなければならないのに・・・
 こんなところで、挫折しているわけには
 いかないのに・・・」
 
 
 
勇者は、自分の無力さに涙を流した。
 
 
 ・
 ・
 ・
 
 
勇者は、以前は
おだやかな村に住んでいた。
 
 
生まれてからずっと、
平和な村で、すくすくと育ってきていた。
 
 
しかし、成長をするにつれて、
実は世界は、穏やかなばかりでもない、
という事を耳にするようになって行く。
 
 
そして、物心がついて、しばらくしたある日、
勇者の心の平穏を守り続けてきた村は、
強大な力を持つ魔王に、壊滅的なまでに壊されてしまった。
 
 
 
 
 
 
自分が大切にしてきたもの。
 
 
 
自分が「普通」だと思ってきていたもの。
 
 
 
今までも、その先もずっとこのままだろうと思っていた
「世界」が、いとも簡単に壊されてしまったのだ。
 
 
 
 
悲しみに打ちひしがれた勇者は、
必ずや魔王を打ち倒すことを誓った。
 
 
 
勇者は立ちあがった。
 
 
魔王を倒すために武装し、
外の世界に旅立つことを決心したのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
しかし。
 
 
 
彼の技は、魔王はおろか、
外の世界のモンスターには、まったく通用しない。
 
 
たとえふるった剣がモンスターに命中したとしても、
一時的にひるんだモンスターは、
より強大な力で反撃をしてくる。
 
 
 
 
「いったい、これから、どうすれば。。。。?」
 
 
 
 
 
迷っている間にも、 
勇者を襲うモンスターが、また現れた。
 
 
 
勇者は、腰から剣を抜き応戦する。
 
しかし、いつものように、モンスターを
撃退することはできない。
 
 
モンスターの牙が、勇者の喉元に食いつこうとする。
 
 
 
と、その時。
 
 
 
 
「!?」
 
 
 
 
勇者の目の前から、モンスターは「蒸発」した。
 
 
一瞬にして消えて、いなくなってしまったのだ。
 
 
モンスターの消えた場所には、
頭からすっぽりとフードをかぶった男が立っていた。
 
 
どうやら、その男が、
モンスターを一瞬にして消してしまったらしい。
 
 
 
 
「大丈夫か?」
 
 
男は、勇者に向かって声をかけてきた。
 
 
勇者は、男に礼を言うよりも先に、
まず今起きた出来事の謎を突き止めたかった。
 
 
「今、なぜモンスターが消えてしまったのです?
 モンスターを、どうやって??」
 
 
フードの男は微笑しながら、勇者に答えた。
 
 
「魔法だ。
 魔法を使えば、どんな魔物でも、たちどころに
 消してしまう事が出来る。
 
 そして、消した魔物の数だけ、より自分が強くなれる」
 
 
 
 
 
勇者はフードの男に懇願した。
 
 
 
「その魔法、私も使えるようになれるでしょうか?
 私は魔王を倒すために、その力を使えるように
 なりたいのです!」
 
 
フードの男は、答えた。
 
 
「この魔法は、誰でも使う事が出来る。
 しかも、使い方は、とてもシンプルだ。
 
 魔法の効果を発揮するには、たったひとつのことをすればいい。
 
 
 お前の前にモンスターが現れたら、
 
 心の底から相手を愛し、相手と手をつなぐ。
 
  
 これだけだ。
 
 この“シェイクハンド”の魔法、
 
 シンプルだが、できるかどうかは、お前次第だ」
 
 
 
 
フードの男はそう言うと、
 
 
「ではまた、いつかどこかで」
 
 
と言いながら、どこへともなく去って行ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
勇者は、フードの男が言った言葉の意味が、
最初は分からなかった。
 
 
「自分に危害を加えようとするモンスターを愛し、
 手とつなぐだって?
 
 そんなこと、出来るわけがないじゃないか!
 
 私は、魔王を倒すために、力をつけなければならないのに!」
 
 
 
しかし、フードの男が嘘をついているとも思えなかった。
 
 
勇者は、ひとりつぶやいてみる。
 
 
 
 
「心の底から相手を愛し、手をつなぐ。。。
 
 “シェイクハンド”。
 
 それが、魔法。。。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
勇者は、活路を見出した。
 
 
 
フードの男に出会った後、モンスターに出会うたびに
“シェイクハンド”の魔法を試すことにした。
 
 
 
はじめは、なかなか上手くいかなかった。
 
 
なにしろ、自分に牙をむいてくるモンスターを
「心の底から」愛さなければならないのだ。
 
 
つい、腰の剣を抜き、盾をかまえてしまう。
 
 
 
しかし、モンスターたちをよく見ると、
実はモンスターたちも、大変なのだということに
気がつけるようにもなっていった。
 
 
 
足を負傷しているモンスター。
 
心を負傷しているモンスター。
 
 
食べるために仕方なく攻撃をするモンスター。
 
 
家族のため、あるいは自分の信じる何かを守るために
精一杯のモンスター。
 
 
 
そんなモンスターたち一体一体を知れば知るほど、
勇者はモンスターを愛することが出来るようになっていった。
 
 
 
そして、モンスターたちと手をつなぐと、
そのモンスターは勇者の前から「蒸発」した。
 
 
モンスターの存在自体がなくなるわけではない、
ただ、勇者の前から、消えてなくなってしまうのだ。
 
 
 
そして、フードの男が言った通り、
モンスターと“シェイクハンド”すればするほど、
勇者は、次のモンスターと出会った時に、他のモンスターとも
はるかに楽に“シェイクハンド”できるようになっていった。
 
 
 
そのうち、ささいなモンスターは、
勇者の目の前に現れなくなっていった。
 
 
 
 
 
 
 
“シェイクハンド”の魔法は、
モンスターばかりに効果を発揮するのではなかった。
 
 
勇者の前にたちはだかる、様々な障害、問題。
 
 
どのようなものも、形を変えているだけで
本質はモンスターと変わることはなかった。
 
 
つい、腰の剣に手が伸びる誘惑をこらえ、
その問題、障害と“シェイクハンド”する。
 
 
そうすれば、どんな障害も問題も
勇者の前から「蒸発」するのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
勇者の旅は続く。
 
 
 
時に、腰の剣をふるってしまい、
相手が強大になる愚を犯しながら。
 
 
心から愛した「ふり」をして手をつなぎ、
そのおかげで大きなダメージを負いながら。
 
 
それでも、その愚かな行為から学び、
真の“シェイクハンド”の魔法で、
モンスター、問題、障害を乗り越えながら。
 
 
 
 
 
そして。
 
 
 
ついに勇者は、村を襲った魔王のもとへと
たどりついた。
 
 
 
勇者は、すでに青年期も過ぎ、
充分な大人になっていた。
 
 
 
魔王は、何も言わずに勇者の出方を待った。
 
 
 
 
 
 
自分の村をめちゃくちゃにした魔王。
 
それが目の前にいる。
 
 
勇者は、怒りと、恨みと、恐れに支配され、
腰の剣を抜こうとした。
 
 
しかし、そこでフードの男の言葉を思い出す。
 
 
 
 
「“シェイクハンド”の魔法、
 
 シンプルだが、できるかどうかは、お前次第だ」
 
 
 
 
  
この剣で魔王に斬りかかって行ったところで
魔王を倒すことが出来ないばかりか、
魔王に力を出させることになってしまう。
 
 
それは、わかっていた。
 
分かってはいたが。。。
 
 
 
 
 
勇者は、もっとも困難な試練を迎えた。
 
 
 
自分の村をめちゃくちゃにした魔王そのものを
「心の底から」愛す、という試練。
 
 
 
そんなことは、不可能だ!
 
 
はじめは、そう思った。
 
 
目の前にいる魔王を睨みつければ睨みつけるほど
憎悪の炎が舞い上がる。
 
 
 
しかし。
 
 
勇者は、あらためて魔王の姿を見た。
 
 
もう、以前ほどの力はない、年老いた魔王。
 
 
 
世界の厳しさ、世界の矛盾、世界の汚さ。
 
それでも、進んでいかなければいけない現実。
 
 
その、本当の世界を勇者に教えたのは
結果的に魔王だった。
 
 
 
 
そして、勇者はつぶやく。
 
 
 
「私は、最も憎いものを、愛す」
 
 
 
勇者は、剣を地面に捨てた。
 
 
 
勇者からの敵意が失われて行くと、
魔王も警戒を解いてゆく。
 
 
 
勇者は、あらためて魔王の顔を見た。
 
 
 
魔王の顔は、勇者の親と
まったく同じ顔だった。
 
 
 
そうか。
 
私の心の平安であった村をめちゃくちゃにしたのは、
私の心の平安を作った、親だったのか。
 
 
 
勇者は、微笑む。
 
そして魔王も。
 
 
 
お互いに近づき、
 
 
 
 
そして。
 
 
“シェイクハンド”の魔法が発動する。
 
 
 
 
魔王は、予言めいた言葉を残しながら、
勇者の前から、かき消えてゆく。
 
 
 
「勇者よ。残るは、最大の敵、
 “大魔王”が、お前の前に立ちはだかるだろう。
 
 私よりも、はるかに許し難い大魔王を
 お前が愛せることを祈る」
 
 
 
魔王は、完全に「蒸発」した。
 
 
 
 
 
すると。
 
 
 
 
 
今まで何もなかった空間に、
大きな影が浮かび上がった。
 
 
 
 
“大魔王”だ。
 
 
 
 
勇者は、大魔王と対峙した。
 
 
 
「ああ、、、そうか。」
 
 
 
勇者は、大魔王の顔を見た。
 
 
 
大魔王は、勇者自身と同じ顔をしていたのだ。
 
 
 
大魔王と“シェイクハンド”するということは、
自分自身を「心の底から」愛すということだ。
 
 
 
 
この大魔王を、心から愛し、手をつなぐ。
 
 
 
 
そんなこと、できるわけがない。
 
 
 
自分は、世界を知った。
 
 
多くの人を傷つけた。
 
 
問題からも逃げたこともたくさんある。
 
 
嘘もついた。
 
 
 
 
 
なにより、強大な力を手に入れた分だけ、
同じように大魔王も強くなっている。
 
 
 
勇者にとって大魔王は、写し鏡の存在なのだ。
 
 
そんな大魔王、すなわち自分自身に
剣も盾も捨て、鎧も脱ぎ、真正面から向き合い、
心の底から愛し、手をつなぐだって?
 
 
 
 
 
「ふり」なら、いくらでもできる。
 
最初に出会ったモンスターよりも簡単だろう。
 
 
 
 
しかし、「心の底から」となると、話は別だ。
 
 
どんなごまかしも効かない大魔王。
 
 
 
魔王との試練が最後だと思っていた勇者にとって
大魔王は、本当の脅威だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大魔王との「戦い」は、一度では終わらなかった。
 
 
“シェイクハンド”の魔法で、蒸発したかと思うと、
いつのまにか復活をしている。
 
 
ほんのささいな欺瞞も、大魔王は許してくれない。
 
 
そして、勇者が心を鍛えれば鍛えるほど、
大魔王自身も、強くなってゆく。
 
 
10回、20回、50回、100回。。。。
 
 
いつまでも、大魔王を完全に制することは
できなかった。
 
 
それでも、永遠とも思える回数、
勇者は大魔王と対峙し続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
勇者も年をとって行った。
 
 
 
自分の世界の大魔王との戦いは続いていたが、
別の世界で絶望に打ちひしがれている「別の世界の勇者」に
“シェイクハンド”の魔法を教えることもあった。
 
 
剣を振るうだけが、勇者ではない。
 
 
問題は、勇者に合わせてモンスターとなり襲いかかってくる。
 
 
問題の本質と“シェイクハンド”出来さえすれば
問題は「蒸発」して、消えてなくなる。
 
 
 
勇者の話に耳を傾ける者もいれば、
鼻で笑う「別の世界の勇者」もいた。
 
 
それでも、よかった。
 
 
勇者にとって最も大切なのは、
自分が生きている間に“自分の世界の大魔王”を
心から理解することなのだから。 
 
 
 
 
 
 
さらに月日は流れ、勇者は、老人となった。
 
 
 
時には大魔王に対して剣をふるい、
時には“シェイクハンド”の魔法をためす。
 
 
そんな毎日の中で、大魔王はもはや
倒すべき存在でもなく、制する存在でもなく、
愛する存在でも、許す存在でもなくなっていった。
 
 
 
そう。
はじめから分かっていたこと。
 
 
 
 
大魔王は、勇者自身。
 
 
正義も、悪も、正しいも、間違っているも
全部含めて、自分自身なのだ。
 
 
 
それを、勇者自身の中で、一点の曇りもなく思えた瞬間。
 
 
 
大魔王が、心から手を差し伸べた。
 
 
そして、勇者も、大魔王の手を握り締めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
“シェイクハンド”
 
 
 
 
 
 
 
 
その時、一人の男が現れた。
 
 
  
 
フードをかぶった男。
 
勇者に“シェイクハンド”の魔法を教えた、
はるか昔に出会った賢者だ。
 
 
 
 
賢者は、頭のフードを取ると、
勇者と、大魔王の二人と、手をとりあった。
 
 
 
 
勇者、大魔王、そして賢者も。
 
 
全員が、同じ顔をしていた。
 
 
 
 
3者は、ひとつだった。
 
 
それを確認するための冒険だったのだ。
 
 
 
 
今、ひとつとなった「一人の人間」が言う。
 
 
 
「この物語を振り返れば、
 最初からここに行きつくのは、決められていたのかもしれない。
 
 しかし、この道程にこそ、意味があったのだ」
 
 
 
ひとつの光の柱が天上に向けて放たれた。
 
 
 
ひとつの物語が終わり、
そしてまた、どこかで物語が始まる。
 
 

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