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『死にたくない男』

男は、長い長い眠りから目覚めた。
 
 
実業家であった彼は、事業で莫大な富と
人々からの羨望を欲しいままにした。
 
 
しかし、彼が欲しかったのは
一時的な富や名誉だけではなく、
それを永続的なものにすることだった。
 
 
 
「なぜ、ここまでがんばった私が
 いつか死ななきゃいけないんだ?
 
 人は、なぜ死ぬんだ?
 
 私が死ぬなんて、絶対に認めん!」
 
 
 
そう。彼は、永遠の命と、
絶えることのない人々からの尊敬を求めていたのだ。
 
 
 
そこで彼は、事業で蓄えた莫大な財産を
 
 
「人間が永遠に生きられる研究」
 
 
のために使う財団設立に投じた。
 
 
さらに自分自身は、その研究が完全に実を結ぶまで
冷凍睡眠装置に入って、命を保ったまま眠ることにした。
 
 
 
 
財団が研究を成功させれば、
男は永遠の命を手に入れるだろう。
 
 
 
また、財団を作った本人として冷凍睡眠から目覚めれば、
どんな世界になっていても尊敬されるに違いない。
 
 
もし仮に、いつまで経っても永遠の命の研究に
成果が出なかったとしても、
人類に貢献しようとした偉人として語り継がれるだろう。
 
 
最悪の場合でも、人々の記憶の中で生き続けるに違いない。
 
 
そんな皮算用を胸に秘めながら、
男は冷凍睡眠装置の中へと入って行ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
そして、今。
 
 
男が眠っていた冷凍睡眠装置が解除され、
男の目にまぶしい光が飛び込んできた。
 
 
 
「おはようございます。
 というのも、少しおかしいですね。
 ご気分は、いかがですか?」
 
 
 
白衣を着た女性が、男に声をかけた。
 
 
 
 
男は、白衣を着た女性に聞く。
 
 
「私は、どれくらい眠っていたんだ?」
 
 
女性は淡々と
 
「683年と23日ですね。
 ずいぶんと長い眠りの時間でした」
 
と、男に伝えた。
  
 
 
男は自分が眠っている間に、
世界が他にもどのように変わったのかも
もちろん興味があった。
 
 
 
しかし、まず確認したいことは2つだった。
 
 
 
ひとつは、人類は永遠の生命を手に入れられたのか?
 
 
そしてもうひとつは、自分は
今の時代の人々に、どのように尊敬されているのか?だ。
 
 
 
 
男は女性に、単刀直入にひとつ目の疑問を質問してみた。
 
 
「まず最初に聞きたい。
 人々は永遠の命を手に入れられたのか?
 
 おそらく、手に入れられたからこそ、
 私は目覚められたのだと思うのだが?」
 
 
女性は、特に感情を動かすこともなく、
興味もないそぶりで男に伝えた。
 
 
 
「永遠の命?
 
 ああ、あなたが眠り始めた頃は、
 まだ病気や飢え、
 そして寿命というものがあったのですよね。
 
 今の時代、そんなものはありません。
 
 今は人が誕生すると、すぐにミクロ単位よりも
 小さいロボットを身体に注射されます。
 
 その無数のロボットたちが、身体に異状が発見すると
 すぐに身体を治してくれます」
 
 
 
女性は、興味深く聞いている男の反応を確認しながら
話を続けた。
 
 
 
「また、そのロボットたちのおかげで、
 太陽の光を浴びていれば、水だけでもずっと生きていられるので、
 飢えるということもありません。
 
 新陳代謝も、身体にいるロボットが活性化させたり
 コントロールしてくれているので、寿命もありません。
 
 まれに、事故にまきこまれたりして命を落としたり、
 自ら命を断つ人がいたりもしますが、
 それらも、ほとんどありません。
 
 身体にロボットを入れるこの技術は、当時、
 農業革命、産業革命、情報革命に続く、健康革命とも
 呼ばれるものだったようです。
 
 健康革命の結果、人類は永遠の命を手に入れた、
 と言ってもいいでしょうね」
 
 
 
 
女性はそこまで男に説明をすると、
今話したミクロ単位以下のロボットが入っている注射を手に取り、
男の腕に注射した。
 
 
「はい。これであなたも永遠の命の持ち主です。
 身体に注射されたロボットたちは、永久にあなたの体内で働き続けます」
 
 
男は、女性の対応にあっけなさを感じつつも、
冷凍睡眠に入る前からの夢だった
永遠の命を手に入れられたことを喜んだ。
 
 
 
 
しかし、もっと私自身への尊敬とか感謝は
ないものなのか?
 
 
男は不満を覚え、二つ目の質問をすることにした。
 
 
「ところで、人類が永遠の命を手に入れられたことに
 私は大きく貢献したと思うのだが。
 私が目覚めたことを人々が知ったら、どう思うだろう?」
 
 
女性は、先ほどと同じように
男が言ったことに対して、特別な反応を示すことはなく話し始めた。
 
 
 
「さあ?
 
 他の人は、あなたにそれほど興味を持っていないと思います。
 
 たしかにあなたが、冷凍睡眠史上、
 最も長い間眠っていましたから、興味を持つ人もいるかもしれません。
 
 でも、それ以外は、あなたの目覚めに特別な意味はありませんからね」
 
 
 
あまりに淡々と話す女性に、
男は呆気にとられながらも反論をした。
 
 
「特別な意味はない、だって?
 私がいなければ、永遠の命の研究をする財団は作られなかったし、
 人類が永遠の命を手に入れることはなかったんだぞ!?」
 
 
女性は、男の訴えにうなづくどころか、
むしろ、うんざりしている様子で、こう答えた。
 
 
「長い冷凍睡眠から目覚めた人はほとんど、必ずと言っていいほど
 『私が人類に貢献したあの件は、どうなっている?』とか、
 『あれは私が作ったのだが、今はどうなっている?』と聞いてきます。
 
 本人にとっては大切なことなのかもしれませんが、
 今の私たちにとっては、それが本当でもウソでも、どうでもいいことです。
 
 どの研究も、たくさんの人々の叡智が作ってきたものです。
 発明の元祖も大切でしょうが、それを発展させて来られたのは
 多くの人の努力があったからです。
 
 それとも、あなたが眠る前に生きていた時代は、
 数百年前の発明の元祖を、ずっと讃え続ける文化があったのですか?」
 
 
 
 
男は、女性の話を聞いて、少し考えた。
 
 
たしかに、何人かの発明王は、讃えられていた側面はある。
 
 
しかし、ゼロを発明した古代の特定人物を讃えたり、
羅針盤や火薬、印刷機などを発明した人を、
すべての人類がいつも意識していたとは言えないような気もする。
 
 
農業革命や産業革命、情報革命は、一人の力でなされたのか?
というと、そんなわけではないだろう。
 
  
 
「しかし・・・」
 
女性の言い分も理解できるものの、男は釈然としなかった。
 
 
だが、女性は男の様子に気を止めることもなく、
 
 
「これで、冷凍睡眠からの覚醒は終了です。
、これからは、今の時代で、自由に生活なさってくださいね」
 
 
と、ほぼ一方的に話を打ち切ってきた。
 
 
 
 
 
 
冷凍睡眠のカプセルが置いてあった部屋から出ると、
小太りの男が、彼を出迎えた。
 
 
「やあ、どうもどうも!
 私は、趣味で冷凍睡眠から目覚めた人に
 今の時代のレクチャーをさせてもらっている者です」
 
小太りの男は、明るく話しかけると、
手に持っていた端末でデータを確認した。
 
 
「ほほぉ、ずいぶんと長い間眠っていましたな。
 もしかしたら、先ほどあなたを目覚めさせた女性が
 ロボットだと言うことも気がつかなかったのでは?」
 
小太りの男はそう言うと、屈託のない笑顔を向けた。
 
 
 
「そうか、先ほどの女性はロボットだったのか!?
 どうりで、感情の起伏がないわけだ」
 
 
男は、驚きとともに、なるほどと膝を叩いた。
 
 
人間と全く見分けがつかないロボットが
冷凍睡眠から目覚めさせるといった高度な作業まで行なう。
 
 
男は、予想以上に発展した人類の文明に舌を巻いた。
 
 
「ロボットだから感情がない、というわけではないんですがね。
 まぁまぁ、この時代のことについては、私が順序立てて
 説明いたしましょう」
 
 
小太りの男は、笑いながら男の肩をたたいた。
 
 
 
 
 
 
 
その後の数日間は、今の時代の簡単なレクチャーや
法律などが、小太りの男から説明をされることとなった。
 
小太りの男は、仕事としてではなく、趣味として
レクチャーをしてくれているそうだ。
 
 
男は、冷凍睡眠から目覚めたということで
他の人々も相当自分に興味を持っているだろうと
小太りの男に質問をした。
 
 
しかし、レクチャーをしてくれている小太りの男は、
 
 
「まぁ、私は趣味ですから、興味がないわけではありませんが。。。
 あなたご自身と言うよりは、過去から目覚めた人の意見を
 単に聞いてみたいと言う興味でして・・・」
 
 
と、男自身への興味については言葉を濁した。
 
 
 
 
どうやら、男が冷凍睡眠に入った後、
多くの人物が冷凍睡眠状態になることを選び、
男よりも早くに目覚めたらしい。
 
 
男は冷凍睡眠に入る前に、
 
 
「永遠の生命の技術が確実なものとなったら
 目覚めさせてくれ」
 
 
と伝えてあったのだが、その約束は長い年月の間に
うやむやにされてしまったのかもしれない。
 
 
 
「約束を守り、目覚めさせてくれたら、
 莫大な謝礼を支払う」
 
 
 
とも伝えてあったのだが、そもそもこの時代には
お金という概念が消滅しているらしい。
 
 
 
数日間のレクチャーが終わると、小太りの男も、
 
 
「では、今の時代を楽しんでくださいね!」
 
 
と、あっさりと男のもとから去って行ってしまった。
 
 
 
 
 
 
いずれにしても、男は注目を浴びることもなく、
誰もが手に入れている永遠の命だけを手に入れて
未来の世界に放り出されてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
男の知らない、未来の世界。
 
 
 
 
きれいな街なみ。
 
 
生きるために働かなくてもいい世の中。
 
 
誰もが、したい時に、したいことをやっている世界。
 
 
 
男にとっては夢のような世界なのだが、
この時代を生きている人にとっては、
生まれた時から手に入っていたことばかりなので、
特に誰も感謝をしていないようだった。
 
 
 
 
 
「じゃあ、この時代の人は、何に興味があるんだ?
 どんな人が、尊敬されるんだろう?」
 
 
そもそも男は、自分が永遠に尊敬されるために
冷凍睡眠に入ったのだ。
 
 
自分が尊敬されないで、
誰もが持っている永遠の生命を手に入れても
まったく面白くもない。
 
 
男は、もっと正確に自分の要望を伝えてから
冷凍睡眠に入るべきだった、と悔やんだが、
今さら悔やんでも、もう仕方のないことだった。
 
 
 
 
 
「それならば、仕方がない。
 また尊敬されるようになってやろうじゃないか」

 
男は、もともとの気質である事業化精神をふるって、
この時代の人々に尊敬されるためには
何が大切なのかを、探り始めた。
 
 
 
命は永遠に保証されている。
 
 
そのため、生きるために働いている人はいないし、
生活に必要なことは、すべてロボットがやってくれる。
 
 
労働では、人の尊敬を勝ち取れそうになかった。
 
 
 
 
お金は消滅していたし、
膨大な時間の暇つぶしとして娯楽も開発されつくされていた。
 
新しい刺激をもたらす人は、それなりに尊敬されているようだったが
「退屈をまぎらわせてくれる人」程度の扱いで、
男が求めている、人々からの崇拝に近い尊敬は得られそうになかった。
 
 
 
 
誰もが好きな人と好きな時に恋に落ち、
お互いが好きじゃなくなれば、あっさりと別れていた。
 
この時代の人は、執着する気持ちが薄いためか、
人間関係のトラブルも少なかった。
 
 
個人個人で完結していることが多いため、
人間関係で尊敬を集めることも、少なそうだった。
 
 
 
 
 
まさに、すべてが満たされた世界だった。
 
 
「こんな時代、もう人は
 何も欲しがらないのだろうか・・・?」
 
 
 
しかし。
 
 
男が粘り強くこの時代の人々を観察しているうちに
あることに気がついた。
 
 
すべてが満たされた後に、人々が見失ってしまったことが
どうやら、ある。
 
 
 
 
それは、
 
 
「自分が何のために生きているのか?」
 
「自分は、なぜ生まれてきたのか?」
 
 
ということだった。

 
 
この時代に生きている人の話を盗み聴きしていると、
会話のほとんどが
 
 
「なぜ生きているのか?」
 
「なぜ生まれてきたのか?」
 
 
で構成されている。
 
 
 
そして最終的には、全員が
 
 
「あー、悟りたい」
 
「生きている意味がわかったら、どんなに楽なんだろう」
 
 
とため息をついて会話を終えるのだ。
 
 
 
永遠の生命と、永遠の退屈を手に入れた結果、
人類は全員、哲学者や宗教家のようになっていた。
 
 
 
人々の欲求を知り、実現することで財産をなした男は
 
 
「これだ!」
 
 
と、準備にとりかかった。
 
 
 
 
 
 
 
数ヵ月後。
 
 
 
男は、自分自身を
 
 
「長い間冷凍睡眠をしていたことで悟りを開いた男」
 
 
と称して、人々に教えを伝える人となった。
 
 
 
本人としては、ただただ人から尊敬されたい一心で
はじめたことだったが、これが予想以上にヒットした。
 
 
「あの人の話を聞くと、なんで生きているのかが分かるらしい」
 
 
「さすが、昔の人は、考え方が深い」
 
 
「私も冷凍睡眠をしてみようかしら?」
 
 
 
と、人々は先を争うように男の話を聞きにやってきた。
 
 
 
 

男はひたすら
 
 
「あなたたちが生きている事には、意味があります」
 
 
と説いた。
 
 
 
本当は、男が自分のエゴを満たすために話しているのだから、
男は何かを悟っていたわけではない。
 
 
しかし、人々は男の話を聞いては、涙を流した。
 
 
「最も長い間冷凍睡眠をしていた」という、ゆるぎない事実も、
男の話に真実味をもたらし、その時代の唯一無二の存在にまで
駆け上がることに成功した。
  
 
 
男は、とうとう夢に見た
 
「永遠の生命」
 
と、
 
「絶えることのない人々からの尊敬」
 
の二つを手に入れたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
男は、その日の演説を終えた夜、
自室へと戻ってきて一人つぶやいた。
 
 
「まさか、こんな形で夢が叶うことになるとはな。
 
 しかし、人間が最後に悩むのは
 古代から、この時代になっても
 ちっとも変わっていない。
 
 
 “なぜ死ぬのか?”
 
 “なぜ生きるのか?”
 
 
 同じ問いかけのまわりを、いつまでもグルグル回っている」
 
 
 

 

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