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『鉄でできた道』

「とにかく、鉄でできた道を歩きなさい」
 
 
ハイキングに出発する前に
お父さんとお母さんが繰り返し教えてくれたことだ。
 
 
「あのコースは、昔、お父さんもお母さんも
 通ったことがある。
 
 とにかく、安全性を考えて、偉い人が作ってくれた
 鉄の道を歩いていれば、間違いはないから」
 
 
そう言いながら、お父さんは
ハイキングコースをゴールした人がもらえる
メダルや、その他の宝物を見せてくれた。
 
 
 
そして、
 
「もし、何かアドバイスが必要な時は、
 いつでも携帯電話で連絡をしてきなさい」
 
と、私に携帯電話を手渡してくれた。
 
 
 
私は、
 
「そっか、とにかく鉄の道を踏み外さなければいいんだな」
 
と、お父さんとお母さんのアドバイス通りに、
ハイキングコースを歩きだした。
 
 
 
 
 
このハイキングコースは、
国の偉い人たちが作ったコースで、
 
このコースをちゃんと渡り切った人は、
その後の生活をすべて国が面倒を見てくれるという
メダルをもらえるということだった。
 
 
 
 
 
私は、まっすぐに続く鉄の道を、
休むことなく歩き続けていた。
 
 
途中、急な上り坂になったり、
少しデコボコ道があったりもしたけれど、
お父さん母さんのアドバイス通り、
鉄でできた道を歩いている限り、それほど大きな問題はなかった。
 
 
多少の問題があっても、携帯電話で両親に連絡すると、
 
 
「とにかく、鉄でできた道を選びなさい」
 
「しっかりとした、いい道を選んで行けば大丈夫」
 
「ふざけすぎて、鉄の道を踏み外さないようにだけ気をつけて」
 
 
と、的確なアドバイスがあったから、安心だった。

 
 
 
 
コースを歩いている他の人を見てみると、
ある人は、木でできた道を歩いて行ったりもしていた。
 
また別の人は、道なき道に、好んで入って行く人もいた。
 
 

 
そんな人を横目で見ながら、私は、
 
 
「バカな道を選ぶ人も、いるもんだなぁ」
 
「あとできっと後悔するのに」
 
 
と思いながら、彼ら彼女らの後ろ姿を見送った。 
 
 
 
 
鉄でできた道は続く。
 
 
昔はたぶん、ピカピカだったのであろう道は、
ところどころサビついていたけれど、
それでも私は、分かれ道があるたびに
鉄でできた道を選んで、歩き続けて行った。
 
 
だって、お父さんもお母さんも、
それが一番安全で、確実な方法だと
教えてくれていたから。
 
 
 
 
 
  
 
ある時、
 
 
 
 
私の歩いている鉄の道の外を歩いている人が
声をかけてきた。
 
 
「やあ!楽しんでる?」
 
 
私は、なんでわざわざ鉄の道じゃなく、
道もない外側を歩いているのかを、その人に聞いてみた。
 
 
すると、その人は笑いながら、逆に質問をしてきた。
 
 
「なんで?・・・っていうか、
 そっちこそ、なんで鉄の道を歩いているの?」
 
  
私は一瞬戸惑ったが、彼に
 
 
「だって、鉄の道を歩いていれば大きな失敗はないし、
 いいメダルがもらえるじゃない?」
 
 
と答えた。
 
 
 
 
 
彼は目を丸くして、
 
 
「へぇー!そうなんだ!?
 たしかにこっちは、しょっちゅうつまづいたり
 転んだりしているなぁ。えへへ。
 
 でも、こっちはこっちで、けっこう楽しいよ。
 俺は別に、メダルをもらいたいから歩いているわけじゃないし、
 こっちから見た景色を、けっこう気にいっているんだ」
 
 
と、笑顔を向けた。
 
 
 
 
 
私は彼のことが少し心配になり、
 
 
「大丈夫?
 この先、どんな危険が待っているかもしれないし、
 あなたも鉄の道を歩いた方がいいんじゃない?」
 
 
と、声をかけると、彼は
 
 
「大丈夫大丈夫。
 それに、そっちの鉄の道だって、
 先がわからないのは同じじゃない?」
 
 
と、答えた。
 
 
 
 
私は、
 
「お父さんもお母さんも歩いて来た道が
 なくなるわけがないのに、おかしなことを言う人だなぁ」
 
と思ったけれど、彼に伝えるのは、やめておいた。
 
 
 
それよりも、その後に彼が言った
 
 
「そもそも、一度鉄の道から降りてしまうと、
 なかなか戻ることはできないんだ」
 
 
という言葉を聞いて、彼のことが
とてもかわいそうになった。
 
 
 
 
彼は、
 
 
「なんで戻ることができないかだって?
 そりゃ、こっちの方が魅力的だからだよ」
 
 
と話を続けたけれど、それは彼の強がりでしかないんだろうな、
と、彼の境遇を心から気の毒に思った。
 
 
 
 
 
彼はしばらく話をすると、笑顔で手を振り、
野の中へ走って行ってしまった。
 
 
 
私は、彼を哀れにも思ったけれど、
それ以上に、自分が恵まれた環境と
的確なアドバイスをくれる両親がいることに感謝した。
 
 
  
 
 
 
 
 
 

ハイキングコースは、中盤に差しかかってきた。
 
 
 
どうも。
 
様子がおかしい。
 
 
 
お父さんやお母さんは、
 
 
「中盤を越えたあたりから、ちょっとずつ楽になってくる」
 
「それまでは、とにかくイライラしても、ずっと我慢だ」
 
「中盤を越えたあたりから、
 他の道を選んだ人との差がついてくる」
 
 
と言っていたのに、一向に楽になる気配がない。
 
 
 
 
 
道はサビつき、ガタガタで、
歩けば歩くほど、不安を感じるようになっていった。
 
 
鉄の道のところどころには
 
「しばらく大変ですが、大丈夫です」
 
「心配でしょうが、ただちに影響はありません」
 
といった、偉い人が書いたであろう看板が立っていたが、
しばらく進んでも、道が良くなる気配はなかった。
 
 
 
進めど進めど、道は悪くなるばかり。
 
 
 
 
同じ鉄の道を歩いていた人の中には、
その場に座り込んで、歩くのをやめてしまう人すらいた。
 
 
 
私は不安になって、両親に電話をかけてみた。
 
 
電話に出た両親は、口々にアドバイスをくれたが、
それは、私が必要としているアドバイスとは違っていた。
 
 
「鉄の道が続いていないんじゃないかだって?
 いつからお前は、そんな事を言う子になっちゃったんだ?」
 
「鉄の道が見つからないのは、
 お前の努力が足りないんじゃないか?もっと頑張らなくちゃ!」
 
「お父さんやお母さんが通ってきたころは、もっと頑張っていた」
 
「とにかく鉄の道を進みなさい。それ以外の道は許さん!」
 
 
お父さんやお母さんに、どんなに説明をしても、
今の鉄の道がどうなっているのかを、
電話口で理解してもらうことはできなかった。
 
 
 
 
いま両親は、同じ景色を見ていないのだから、
当たり前と言えば、当たり前だった。
 
 
 
 
 
 
私は、できるかぎり両親の期待にも応えたいと思ったし、
自分の幸せのためにも、鉄の道を選んで進もうとした。
 
 
でも、もう鉄の道は、多くの人の歩みを支えきれないのは
明らかなようにも見えた。
 
 
 
このまま先を進んでも、本当にメダルがもらえるのか?
 
でも、鉄の道を踏み外したら、二度と鉄の道には戻れないし、
親不孝になってしまう。
 
 
 
 
 
 
どうすれば。
 
 
どうすれば?
 
 
 
 
 
と、私が迷っていると、
以前、道の外から声をかけてきた男の人が現れ、
また私に声をかけてきた。
 
 
「やあ!調子はどうだい?」。
 
 
 
私は、彼に
 
 
「鉄の道、この後どうなっていると思う?
 私は、このまま鉄の道を歩いて行けばいい?
 どう思う?」
 
 
と、不安をぶつけてみた。
 
 
 
 
私は、まず間違いなく彼が
 
「じゃあ、鉄の道から、こっちにおいでよ」
 
と、誘ってくれるだろうと思っていたし、それを期待していた。
 
 
 
ところが、彼の反応は違っていた。
 
 
「そんなの、自分で決めなよ。
 もし、鉄の道からこっちに来たのが失敗だったと思った時に、
 俺に文句を言えばいいとでも思ってるの?
 
 なんで、そんなに安心しようとするの?」
 
 
彼の言葉は、特に厳しい口調でもなかったし、
むしろ優しい声だった。
 
 
でも、私には、彼の言葉の内容は衝撃的で、
しばらくは動くことすらできなかった。
 
 
 
 
 
 
 
そうか。
 
 
私は、いつも誰かに判断をゆだねてきていたんだ。
 
 
親。そして今はこの
よく知りもしない男の人に。
 
 
誰かに判断を任せっきりにしているのに、
アドバイスに従っていない人を見ると、
なぜか優越感にひたっていたんだ。
 
 
 
鉄の道を歩くこと。
 
メダルをもらうこと。
 
そしてそもそも、このハイキングコースを歩くことそのものも。
 
 
ひとつとして、自分の意志で決めたものでは
なかったんだ。
 
 
 
私は、しばらく考えた後、
両親との唯一の連絡手段である携帯電話の電源を切り、
鉄の道の外へジャンプをした。
 
 
着地をした瞬間、鈍い音が鳴り、
足に痛みが走った。
 
「痛っ!」
 
私は、大地に尻もちをついてしまった。
 
 
整備された鉄の道に慣れていた私を、
むきだしの大地は、すぐには歓迎してくれなかった。
 
 
私の様子をそばで見ていた男の人は、
「やれやれ」とため息をつきながら、
私を立ちあがらせると、こう話し始めた。
 
 
「こっちに来たからといって
 幸せになれるなんて思うのは、大間違いだぜ?
 
 こっちは、あんたを食い物にしようとする獣がいるし、
 夜は寒く、昼は灼熱の太陽が降り注ぐ。
 
 そんな細い体では、いつまで生きていられるかわからないし、
 幸せごっこをしているうちに、丸呑みにされるかもしれない。
 
 俺だって、これからどこに向かうか分からないし、
 いつまでもあんたのそばにいるつもりもない。
 
 
 ただ。
 
 こっちの世界から見る景色も、悪くはないだろ?」
 
 
 
 
 
私はそう言われて、あらためて鉄の道の外から
景色を眺めてみた。
 
 
「そういえば・・・」
 
 
鉄の道を歩いている時は、
歩くことそのものが目的だった。
 
 
無事に歩いていることだけが目的で、 
景色を見たり、においをかいだりすることなんて
考えてもみなかった。
 
 
今は、景色を見ている。
 
風を肌で感じ、草のにおいをかいでいる。
 
 
 
 
ハイキング、って、こういうものなのかもしれないな、
 
 
 
 
今さらながら、思い返してみたりした。
 
 
  
 
 
 
遠くで、獣の声がする。
 
毒を持っていそうな虫が、足元にまとわりつく。
 
空気は冷たく、防ぐ手段はない。
 
 
私の体は細く、
むきだしの大地を歩いて行けるのかすらわからない。
 
 
そして、歩いた先に何があるのかすらわからない。
 
 
 
 
 
 
でも、歩こう。
 
 
 
お父さんお母さんとは違う道で、
到達地点も、まるで違うだろう。
 
メダルも、もらえないに違いない。 
 
 
 
 
それでも、そんな話を、
このハイキングが終わった時に
笑顔で話せるように。
 

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