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『余命』

彼女は絶望していた。
 
ほんの少し前までは、自分の身にそんな不幸が降り注ぐとは
思ってもみていなかった。
 
しかし、先日知った現実は、彼女の世界の見え方を変えるのに
充分なインパクトを持っていた。
 
 
彼女が知らされた現実。それは、
 
「自分の余命が、あと3ヶ月である」
 
ということ。
 
 
彼女は、特に他の誰かと変わった毎日を送っているわけではなかった。
 
朝眠りから覚めればご飯を食べ、そのために働きに出かけ、
自由な時間には仲間と語らい、夜になれば眠る。
 
そんな普通の毎日の中で、
なぜ自分が余命3ヶ月という不幸を背負わなければならないのか
まるで見当がつかなかった。
 
しかし、それは変えることのできない現実だった。
 
 
 
「わたし、、、あと3ヶ月で死ぬんだよ。。。」
 
 
彼女は、普段から仲良くしていた男性に
自分の秘密を打ち明けた。
 
彼は最初びっくりした様子で
 
「俺、、、」
 
と、彼女に何かを告げようとしたが、
伝える言葉を見つけあぐね、
 
「そうか。。。」
 
と、悲しい表情で伝えるのが精いっぱいだった。
 
 
「どうして!!なんでわたしがこんな目に合うの!?
 こんな事になるんだったら、もっと我儘放題に生きればよかった。
 
 あなたはいいよね。これからも、もっと好きな事が出来るんだから。。。」
 
 
彼女は、彼は何も悪くないと知りつつも、つい怒りの矛先を
彼に向けてしまった。
 
それだけ余裕がなくなっているということなのだが、
頭では悪いと思っていても、彼に謝る言葉をかけることはできなかった。
 
 
そんな彼女の姿を見て、彼は怒るどころか、やさしく微笑みを返した。
 
 
「いや、本当だよな。
 君の立場になったら、誰だって自暴自棄になるよ。
 
 、、、わかった。
 
 これからの毎日、君が我儘放題で生きられるように、
 俺が何でもやってあげる。
 
 俺にできることだったら、君がやりたいことを
 なんでも叶えるよ」
 
 
彼女は彼の申し出に驚き、彼に対して感謝をしなければ、と思ったが、
口から出てきた言葉は、その気持ちとは逆のものだった。
 
 
「そうよね、わたしはあと3ヶ月しか生きられないのだから、
 それくらいのこと、してもらっても当然よね」
 
 
 

 
 
 
次の日から、彼女は自分が言った通り、我儘な生活をし始めた。
 
 
朝になっても寝床から起きず、働きにも行かない。
 
 
食事は彼が全部用意して、持って来てくれる。
 
 
誰か仲間と遊びたくなったら、
彼がその友達に頼みこんで、彼女の自宅まで連れてくる。
 
 
自宅が汚れたら、彼が掃除をしたし、
彼女が余命について考えて不安になると、
時も場所も選ばずに、彼に暴言を吐いたりもした。
 
 
それでも彼は、
 
「いいよ。望みをなんでも言って」
 
と、彼女に微笑むだけだった。
 
 
 
彼女は心の中では、彼に感謝を何度も告げていたし、
本当は、こんな自分に優しくしてくれる彼のことを
もっと大切にしたかった。
 
しかし、実際に口から出てくるのは、
彼に対する感謝ではなく、自分の我儘から発せられる
要求の言葉ばかりだった。
 
 
 

 
 
 
「天然の松茸が食べたい」
 
思えば彼女は、松茸というものを食べたことがなかった。
 
 
どうせ最後に食べるのであれば、
一番いいものを食べてみたかった。
 
 
「その辺にあるやつじゃなくて、
 ちゃんと山に生えている松茸を食べてみたいから、
 取ってきて」
 
 
彼女は彼にそう要求すると、自分はさっさと寝床で
身体を丸めて、眠り込んでしまった。
 
 
彼は彼女の要望を聞くと、
 
「わかった。
 でも、取ってくるまでどれくらいかかるか分からないから、
 少し待っててね」
 
というと、彼女の望みを叶えるために飛び出して行った。
 
 
 
それから、5日が経過した。
 
「全然、帰って来ないのね。。。」
 
と、彼女は彼の残して行った食事を摂りながら
ぼんやりと彼の帰りを待っていた。
 
 
そこに、彼女の友達が訪問してきた。
 
彼女は急な来訪に驚いたが、友達の様子がおかしい事に気がつき、
 
「どうしたの?何かあった?」
 
と声をかけた。
 
 
 
友達は沈痛な面持ちのまま、彼女に告げた。
 
「あなたの彼、亡くなったわ。。。」
 
 
友人の話によると、夜も寝ずに松茸を探し続けたあげく、
ひっそりと息を引き取ったのだそうだ。
 
 
「でも、彼は、とっても穏やかな顔をして
 旅立ったそうよ。
 
 “最後の約束はかなえられなかったけれど、
  好きな人に命を使うことが出来た”
 
 って。
 
 彼は自分の命に限りがあることを知って、
 あなたに時間を使うことを決めたんだから、
 きっと、幸せだったんだろうね」
 
 
友達の言葉に、彼女は耳を疑った。
 
 
「え?彼の命に限りがあるって?」
 
 
友達は、そんな彼女の言葉にびっくりして言った。
 
 
「知っていたでしょう?
 彼の余命が、もう残りわずかだった、ってこと。
 
 たしか、あなたの世話をするようになった時には
 もう、余命が2か月くらいだったはずよ」
 
 
 

 
 
 
「お、今日もスズメが、はりきっているなぁ」
 
 
「中でもほら見て!
 あのスズメ、ヨタヨタしているけれど、
 なんか、他のスズメのために色々頑張っているみたいに見えるね」
 
 
「本当だ。
 なんか、最後のいのちのともしびを、
 仲間のために使おうとしているというか、、、
 誰かに何か、借りでもあるのかな?」
 
 
ひと組の男女が、スズメを見ながら談笑をしていた。
 
 
「ところで、スズメの寿命って、どれくらいなの?」
 
「たしか、野生のスズメは1年とちょっとくらいらしいね」
 
 
質問をした女は男の答えに
 
「そんなに短いのね。
 私たちの一生に比べると。本当に」
 
 
とびっくりすると、男は
 
 
「そうだな。
 でもまぁ、考えてみれば俺も余命あと数十年ってところだろ?
 もっと我儘に生きてみるかな。どうせいつかは死ぬんだし」
 
 
と、おどけた口調で笑った。
 
 
空を飛ぶスズメは頼りなげではあったが、どこか堂々として見えた。
 
 

 

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