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『思い通りにできる男』

「あなたに、他人を自由に
 コントロールできる能力を授けましょう」
 
 
男の前に突然現れた女神が、
こんなことを言いだした。
 
男が呆気にとられていると、女神は話を続けた。
 
 
「あなたが誰かに
 “こうなって欲しい”と願えば、
 みんな、あなたの思う通りの人間になります。
 
 あなたの願いにより、人類が発展することを
 願っています」
 
 
それだけ言うと、女神は光に包まれて
男の前から消えて行ってしまった。
 
 
男は呆然としながらも考えた。
 
 
「はてさて、今のは夢か幻か?
 それとも現実なのか?
 
 いずれにしても、私には何の損も無いようだし、
 試してみるとするか」
 
 
男は、世の中に不満を持っていた。
 
出会う人間、みんなバカばかり。
男が普通に出来ることも、ろくに出来やしない。
 
理解力は足りないし、
優しい気持ちも持っていないし、
すぐに愚痴ばかり言って、なにもしない。
 
 
「私は女神に選ばれた人間、ということだな」
 
そんな風に思いながら、
男は意気揚々と会社に出かけることにした。
 
 
 
男が会社に着き、
 
「おはよう!」
 
と同僚にあいさつすると、
同僚は男をチラリと見ただけで
自分の仕事に戻ってしまった。
 
 
「なんて奴だ!
 こっちが気持ちよくあいさつしているんだから
 元気にあいさつをするものだ!」
 
と、男が心の中で不満を述べると、
同僚は突然、稲光に打たれたように一瞬震えた。
 
そして、
 
「おお!おはよう!
 今日も気持ちのいい朝ですね!」
 
と、さっきの態度がウソのように、
元気なあいさつを返してきた。
 
 
男はその豹変ぶりに驚きながらも
 
「どうやら、今朝の女神は
 夢ではなかったようだな」
 
と、心の中でほくそえんだ。
 
これからは、どんな人間でも
自分の思い通りにコントロールできるわけだ。
世界は、私のためにあるようなものになった。
 
 
 
男が
 
「さぁて、今度は誰をどんな風に
 コントロールしてやろうか」
 
と考えていると、
 
 
「おはようございます!」
 
「今日も素敵ですね!」
 
「やあ、おはよう!」
 
「さわやかな朝ですね!」
 
 
と、会社にいる全員が、お互いに気持のよい
あいさつをし始めたではないか。
 
 
 
「これは一体、どういうことだ?」 
 
私は、いま目の前にいるコイツにしか
あいさつを願っていなかったのに、
みんながあいさつをし始めたぞ?
 
 
男はビックリして、会社の窓から外を確認すると
道行く人も、それぞれに気持ちのよい
あいさつを交わしているのが見えた。
 
 
「こんなに大きな影響のある力なのか?」
 
男はあらためて、女神の言っていた言葉を
思い出してみた。
 
 
 
「あなたが誰かに
 “こうなって欲しい”と願えば、
 みんな、あなたの思う通りの人間になります。
 
 あなたの願いにより、人類が発展することを
 願っています」
 
 
 
ああ、そういうことか。
「みんな」というのは、本当に人間全体なのか。
 
「誰を」コントロールするという力ではなく、
人間全員が、一気に私の思い通りになるのか。
 
 
そんな大きな力を手に入れたことに
男は少しとまどいを覚えたが、
 
「それならそれで素晴らしいじゃないか。
 世の中にバカがいなくなる」
 
と、まるで自分が神様そのもになったかのような
気分に酔いしれた。
 
 
 
それから男は、立て続けに
様々な願いを立てた。
 
 
「みんな、自分の仕事を一生懸命するべきだ」
 
「人の悪口なんか、言わない方がいい」
 
「困っている人は、助けるべきだ」
 
「変なプライドは捨てて、素直になればいい」
 
 
男が願いを立てると、
目に見えて人々に変化が現れた。
 
全員が自分の仕事を一生懸命やりだし、
悪口を聞くことはなくなり、
困っている人がいると、率先して助け、
みんなが素直になった。
 
 
「これは、とんでもなく素晴らしい力だ!」
 
と、男は自分に与えられた力に満足した。
 
 
 
ところが。
 
 
しばらくすると、男は妙な居心地の悪さを
覚え始めた。
 
 
朝、ちょっと寝不足気味で出社すると
 
「おはよう!
 なんか眠そうだけれど、大丈夫かい?」 
 
と、誰もが優しく迎えてくれるのは
まだいい。
 
 
しかし、男が少しでも仕事に手を抜くと
 
「仕事が雑のようだね!
 何なら、私が手伝ってあげようか?」
 
と、男の担当の仕事にも一切手を抜かず
みんなが頑張り始める。
 
 
男が、
 
「いいよ!私の仕事なんだから、
 自分で全部やるよ!」
 
と怒ると、誰もが男の態度にびっくりして
 
「素直になる方がいいよ。
 そんなプライドを持っていても、しょうがない。
 後は私に任せておいて」
 
と、笑顔で仕事を取り上げてしまう。
 
 
会社からの帰り道に同僚に
 
「アイツ、私の仕事を取り上げるんだよ。
 イヤな奴だよな」
 
と愚痴をこぼしても、やっぱり驚かれ
 
「人の悪口なんて、言うものじゃないよ。
 みんな、素晴らしい人たちなんだから」
 
と言ったあと、元気でさわやかなあいさつをして
男から離れて行ってしまう。
 
 
 
「これは困った世界になってきたぞ」
 
 
男が思ったことは、すべて実現する。
 
しかし、それは全人類には適用されるのだが、
男本人は、変わることがない。
 
みんなが素晴らしい人間になるのは望ましいことだが、
相対的に、男がどんどん劣った人間になっていってしまうのだ。
 
 
 
男は試しに
 
「みんな、もっとサボった方がいい」
  
などと願ってみた。
 
 
しかし、人々はサボることなく一生懸命に
働くことを止めない。
 
 
女神は言っていた。
 
 
「あなたの願いにより、人類が発展することを
 願っています」
 
 
と。
 
 
だから、ネガティブな願いは、
一切聞き入れてくれないんだろう。
 
 
 
男はまた、
 
「みんな、この私を尊敬した方がいい」
 
と願ってもみた。
 
 
しかし、特定の誰かをコントロールできないのと同様、
自分自身に対してだけ、特別扱いをしてもらうような願いも
一切聞き入れてもらえなかった。
 
 
 
みんなが元気。
 
みんなが一生懸命。
 
みんなが悪口一つ言わずに、やさしい。
 
みんなが素直。
 
 
そのおかげで、男がどんなに元気がなかろうが、
サボろうが、悪口を言おうが、
みんなは優しく接してくれた。
 
 
しかし、男は
自分が本当につまらない、どうしようもない人間に
なった気がして、やりきれなかった。
 
 
 
 
そんなある日。
 
 
男の前に、また女神が現れた。
 
女神は、
 
「ごくろうさま。
 あなたのおかげで、
 人類がとても素晴らしい進化をとげました。
 
 お礼に、ひとつだけ、
 あなた個人の願いを叶えてあげましょう」
 
と男に伝えた。
 
 
男は女神の話を聞くと、
すかさず女神に自分の願いを伝えた。
 
 
「早く元の世界に戻してください」
 
 
 
 

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