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『白い階段』

男が歩いていると、普段は空き地になっているところに
見慣れない、大きなテントが建っていた。
 
 
家一軒くらいの大きさのテントで、入口には
 
 
「お持ち帰りいただけます」
 
 
という看板が掲げられていた。
 
 
 
男は特に急ぎの用もなかったので、
ひやかし半分で、テントに入ってみることにした。
 
 
 
テントの中は、ほぼがらんどうで、
特に観客席などもなく、殺風景きわまりなかった。
 
 
ただ、唯一目にとまったのは、
白い、大きな階段だった。
 
 
男が入ったところからは全体が良く見えないが、
どこかに登るために作られたとは思えない階段が
ただ置いてあった。
 
  
その階段以外は、何もない。
 
  
 

「ここで、何ができるというんだろう?」
 
と、男が不思議に思っていると、
 
 
 
「こんにちは。」
 
 
と、スーツを着て、シルクハットをかぶった小男が、
どこからともなく現れて、男に声をかけてきた。
 
 
 
 
男は突然現れた小男に少々驚きながらも、
 
 
「ああ、ここでは何をやっているんだい?」
 
 
と、小男に聞いてみた。
 
 
 
すると小男は、
 
「何を、と言われると困るのですが・・・
 人によって様々ですが、大抵はお喜びいただいてます。
 まずは、やってみた方が早いと思いますよ」
 
と言いながら、男を白い階段の近くまで誘った。
  
 
 
男は、小男に着いて行き、白い階段のそばまできたが、
特に何も変わったことはないように思えた。
 
 
 
男の反応を見て、小男は、
 
「よかったら、階段を渡ってみてください。
 お代は、特にかかりませんから」
 
と、男をうながした。
 
 
 
 
男は、
 
「まぁ、ここまで来たのだし、
 ためしにやってみるか」
 
と、階段を一段、また一段と登ってみることにした。
 
 
 
 
 
階段は、15段くらいまでは急な傾斜だったが、
そこからはだんだんと緩やかになっていった。
 
 
そして、20段を超えたあたりからは、
ほとんどなだらかな「橋」のようになり、
多少のデコボコがある、白い道が続くだけになった。
 
 
そして、40段を過ぎるころになると
あきらかに下りの段になっていき、
その傾斜は、どんどんと急になっていった。
 
 
そして、だいたい80段くらいで終わり、
もとの地面にたどりついた。
 
 
 
「これだけ?」
 
男は、白い階段を振り返って見たが、
特に何も起きてはいなさそうだった。
 
 
男はただ、白い階段を登って、歩いて、
そして降りただけだった。
 
 
 
男は、小男にむかって文句を言った。
 
「おいおい。料金を取らないからって、
 これはあまりに人をバカにしていないか?
 
 子供じゃあるまいし、こんなの
 面白くもなんともない!」
 
 
 
 
 
すると小男は、特に悪びれる様子もなく、
 
 
「ああ、それは大変失礼しました。
 
 何もないまま渡り切ってしまう方も
 たまにいるんです。
 
 もしよろしければ、もう1回
 渡ってみたらいかがです?
 
 今度は、1段1段を、じっくり渡ると
 ちょっと違うかもしれません」
 
 
と男に言いながら、白い階段ののぼり口を指差した。
 
 
 
 
男は、小男の態度に少々苛立ちを覚えたが、
小男が自分をだまそうとしている、という印象はなかった。
 
子供が「このブランコ、面白いよ!」と
他の子に勧めるような、そんな無邪気さを感じた。
 
 
 
そこで、男は
 
「じゃあ、もう1回やってみるよ」
 
と、白い階段の最初の段に足をかけた。
 
 
 
男は、今度は小男のアドバイスどおり、
1段1段をしっかりと見つめながら
じっくりと渡ってみることにした。
 
 
 
 
 
 
すると、
 
前回は気がつかなかったのだが、
階段に小銭が落ちている事に気がついた。
 
 
最初の数段には落ちていなかったものの、
少しずつ小銭が落ちているのをみつけ、
20段を超えたあたりから、落ちている金額が
どんどんと大きくなっていった。
 
 
男は、
 
「これはおもしろいぞ!」
 
「そういえば、テントの入口に
 “お持ち帰りいただけます”って書いてあったな。
 これは、良いところに来た」
 
と、次々と階段を進み、そこに落ちている
コインや紙幣を拾い集めていった。
 
 
 
30段目、40段目、50段目と
どんどんと拾うことのできるお金は増えていき、
とうとう男の両手にも、ポケットにも収まらないほどの
お金になっていった。
 
 
 
 
60段目を超えると、
階段に落ちているお金は少なくなっていった。
 
 
しかし、その代わりに、
男が抱えているお金自体が、勝手に増えていっているようで、
さらに男は大金を抱えることになった。
 
 
ただ、お金があまりに増えすぎたため、
まわりの景色が見えなくなり、
階段を降りるのも、相当気をつけなければならなくなっていった。
 
 
 
そして。
 
 
 
80段を少し過ぎたところで、
階段の終点にたどりついた。
 
 
男が階段の終点にたどりつき、白い階段から
両足を離した。
 
 
 
すると、
 
 
今までかかえていた大金は、
 
「パッ」
 
と、あとかたもなく消え去ってしまった。
 
 
 
男はびっくりして後ろを振り返ったが、
そこには1枚のコインも、1枚のお札も落ちてはいず、
ただ、今まで通ってきた白い階段があるだけだった。
 
 
 
「いかがでしたか?」
 
小男は、男に声をかけた。
 
 
 
男は、せっかくひろってきたお金が
消えてしまったのを残念に思い、
 
 
「すまないが、もう1度だけ
 階段を渡らせてくれないか?」
 
 
と、小男に頼んだ。
 
 
 
小男は、
 
「どうぞどうぞ、何回でも」
 
と、男に微笑みかけた。
 
 
 
そこで男は
 
「今度は、コイン1枚たりともなくさないぞ!」
 
と気合をいれて、また階段の最初の段をのぼりはじめた。
 
 
 
 
ところが、
 
 
 
今度は、階段にお金が1枚も落ちていない。
 
 
その代わり、数段のぼると、
人なつっこい笑顔を向けながら、
小さい男の子が話しかけてきた。
 
 
その男の子と話をしていると、
とても楽しい気持ちになり、胸が温かくなり、
一緒にいることが、とてもうれしく思えた。
 
 
さらに階段をのぼって行くと、
親しく話しかけてくる子供の数が増えていき、
また、階段をのぼるたびに、出会う男の子の年齢が
あがっていった。
 
 
一緒に階段をのぼってくれる子もいるかと思えば、
途中でいなくなってしまう子もいた。
 
 
途中でいなくなってしまう子がいるのは寂しかったが
ずっと立ち止まっているわけにもいかない。
 
男は、白い階段を進み続けた。
 
 
 
 
 
20段、30段、40段と進むにつれて、
出会う人は変わり続け、また年齢も様々になっていったが、
だいたいは、進むにつれて年齢を重ねた人と
出会うようになっていった。
 
 
 
 
 
ちょっとしか話さなかったような人もいた。
 
男と一緒に、ずっと階段を進み続けてくれた人もいた。
 
 
いずれにしても、男は出会った人すべてに
不思議な友情を感じて、心が温かくなった。
 
 
 
70段を過ぎたあたりになると、
急に今まで一緒にいた人が、
ふっと消えることが多くなっていった。
 
 
そして、80段を過ぎたころに、
男も白い階段の終点までたどり着き、
地面に両足をつけた。
 
 
すると、最後まで一緒にいた人も、
男のそばから、すーっと消え去ってしまい、
また、後ろには白い階段があるだけになってしまった。

 
 
 
男は、小男に頼み、
その後も、そしてその後も、
何回も白い階段を渡ってみた。
 
 
 
白い階段は、渡るたびに、不思議な光景を男に見せた。
 
 
 
 
 
 
ある時は、素敵な女性たちとの出会いがあった。
 
 
ある時は、エキサイティングな遊びばかりを経験した。
 
 
ある時は、お酒とギャンブルにあけくれた。
 
 
 
途中、様々な人と出会い、
 
途中、たくさんのモノを手に入れた。
 
 
 
ところが、白い階段を渡り切ると、
いつも決まって、すべてが消え去ってしまうのだ。
 
 
それでも、男は、
何回も何回も白い階段をのぼり、
そして降りてみた。
 
 
 
 
 
 
男は、もう何回、昇り降りを
繰り返したかわからなくなっていたが、
最後に小男に向かって、お礼を言った。
 
 
「いやぁ、ありがとう。
 実に不思議で面白い体験だった」
 
 
小男も満足げにうなずき、
 
 
「それはそれは。
 階段を渡っていただいた甲斐もあるというものです」
 
 
と言った後、
 
「階段で手に入れたものは、どうぞ遠慮なく
 すべてお持ち帰りくださいね」

と、笑顔で続けた。
 
 
 
男は不思議に思いながら
 
「お持ち帰りくださいだって?
 階段を渡り切ると、全部消えてしまうのに、
 何を持って帰ればいいんだい?」
 
と、小男に訊ねた。
 
 
 
小男は、笑顔を絶やさずに男に告げた。
 
 
「思い出です。
 
 このテントに入る前だって、テントから出たって、
 あなたが持ち帰るものは、それだけでしょう?」
 

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