最近ネットの記事を読んでいたら、
「彼氏にしたくない職業ベスト3」
みたいなのがあったのね。
まぁ、そういった類の記事は、
言いっ放しみたいなものも多いから
半信半疑で読んでみたわけ。
(それでも読むわけだから
そうとうイタい男子だと思うけれど。笑)
そこで挙げられていたベスト3は、
「バンドマン、役者、芸術家」
だったんだけれど、共通するのは
「貧乏で、勘違いしてて、夢見がち」
と、該当する男子フルボッコ状態のことが書いてあった。
そこまで言わんでも。。。
とも思ったんだけれど、この記事が
最近、話をしていた営業のプロの話と
リンクしたんだよね。
その営業のプロの方は、今までに様々な商品
(ホントに様々。卵から電子機器まで)
の販売に携わっていて、どんな商品でも
バリバリ売れるようにしてしまう、まさに
「魔法使い」
みたいな人だ。
その方が言うには、売れるための最大のポイントは、
「現実を見る」
ということだった。
ここでいう現実というのは
1に「顧客の現実」だろうし、
2に「自分の現実」なのだろう。
お客様が、その商品に対して何を求めているのか?
そして、この商品を必要としているお客様は
どこにいて、どんなシチュエーションで求めるのか?
それに対して、自分は、自社は
どのようなことが現時点で出来るのか?
そんな、様々な「現実」を徹底的に見る事こそが
魔法のような爆発的売上げを呼び込む
ということなんだと教えてくれた。
最初の話に戻ると、
「彼氏にしたくない職業ベスト3」の
バンドマン、役者、芸術家。
そこに共通する
「貧乏、勘違い、夢見がち」
という状態は、すべて
「現実を見ていない」
という一点に絞られるなぁ、と思うけど、どう?
お客様が欲しているものを見ようとしないから
貧乏なわけであり、
自分の現実を俯瞰できていないから
勘違いして、夢見がちになる。
彼らが選んだ道なわけだから、
それはそれで批判される生き方ではないと思うけれど、
「彼氏候補市場」
というマーケットでは、低ランクに位置してしまうんだな、
と、妙に納得してしまったんだよね。
でも、だからと言って
すべてのバンドマン、役者、芸術家が
彼氏として最悪なのかというと、全然そんなことはない。
一流の人であれば、異性の方から寄ってくるし
幸せな恋人生活、結婚生活を送る人もいるだろう。
では、
「残念なバンドマン、役者、芸術家」と
「評価されるバンドマン、役者、芸術家」の差は
一体どこから生まれるのだろうか?
基本的に、芸術と商業は相いれない部分がある。
アート(芸術)とマート(市場)は
あまり仲良くない。
アーティスト(芸術家)は、マーチャント(商人)を
好まない部分もあるし、逆も真なりだ。
でも、
そこを融合させることができれば、
大きな世界が見えて来るのかもしれない。
「市場に評価されたから素晴らしい芸術家だ」
というのは未熟な考え方ではあるけれど、
一面、それも真実のかけらではあると思う。
大きな成果を残している芸術家は、
自分自身を深く追求していくこともしつつ、
「何が求められているのか?」
という、「現実を見る眼」も持ち合わせていた。
ピカソは素晴らしいマーケターでもあったし、
岡本太郎氏は、突飛な人でありつつも
出会う人物の現実を見破る慧眼の持ち主でもあった。
福山雅治氏は、売れてない頃に理解されないことを嘆いていたが
「売れないより、売れる方が良い」と考えを入れ替えて
現在の地位を得ている。
「自分を見る」
ってのは、とっても大事だ。
その視点がないと、何も始まらないからね。
ただ、その視野がメチャメチャ狭かったり、
ゆがんだフィルターを通して見ていると、
それはそれで、ちょっともったいないのかもしれない。
もう一つ、
「自分を客観的に見る」
という眼を持つと、色々な世界が広がるのかもしれない。
自分がいて、他の人もいる。
その大勢の人の中での自分を俯瞰してみる。
「自分を主観的に見る目」
と、
「自分を客観的に見る目」
その2つの視点を持つことによって
「現実」
ってのは、見えて来るのかもしれないよね。
自分をとことん追求することも大事で、
自分の奥の奥の方から発信するものこそ
オリジナルな価値を持ち得るだろう。
そして、それと同時に、自分にとって宝とも言える
心の奥底から生み出したものを、冷めた目でも俯瞰する。
その両者がバランスよく動き出した時に、
新しい世界ってのは、見えて来るのかもしれないね。
基本、市場原理主義でもないし、
資本主義バンザイとも思っていないけれど、
「みんなが長い間認めるもの」
というのは、やはり素晴らしい背景を持つのだろう、
とも思う。
自分の中のアーティストとマーチャントを
どう仲良くさせていくか?
いろいろ考えてみたいと思います。
ではでは。