先日、私の盟友というか先輩が
自分が講師のセミナーに初チャレンジした。
先輩は社会的にも実績のある方で、
別の仕事でバリバリと活躍されている方だ。
しかし、
「新しいことにチャレンジしてみたい」
「今までとは違う価値を提供してみたい」
ということで、セミナー講師にチャレンジすることに
したのだそうだ。
そして、ひょんな縁から
すでに自分のセミナーを開催している私が
先輩にアドバイスというか、サポートすることになったのね。
まぁ、その経緯は別段いいんだけれど、
この、準備の段階から、先輩はすごかった。
私と先輩とでは、年齢も10歳近く離れているし、
社会的実績は、天と地ほど違う。
でも、
「セミナー業としては、イグゼロさんの方が先輩だから」
と、私の意見やサポートアドバイスを、ガンガン取り入れるし、
こっちが指摘する耳に痛い話も、静かに受け入れる。
私が話している内容でも、
おそらく、すでに知っている話もあっただろうに、
じっくりと聴き、話の腰を折らない。
そして、いつも
「今回も勉強になりました。
ありがとうございました」
と、こちらが恐縮するほど、感謝を伝えてくれる。
そして、セミナー当日を迎え、
最初のセミナーとしては、上々の出来栄えで終了した。
しかし、その先輩は終了後の達成感を味わうどころか
「今回のセミナーでの改善点を教えて欲しい」
と、セミナーが終了したその直後に、私にアドバイスを求めた。
あのさぁ。
人の前で話した事がある人は分かると思うけれど、
そのスピーチなり講演なりが終わった直後は、
その出来栄えがどうであったとしても、
無事に終わった余韻にひたりたいと思うものだし、
「いい話だった」
「よかった」
「今回は全力を出せた」
と思いたいものだ、と思うんだよね。
少なくとも私は、終わった直後には
どんなためになる事であれ、アドバイスは置いておいて
ちょっとはリラックスしたい(笑)
でも、その先輩は
「改善点や気づいたことを教えて欲しい」
と、セミナーが終わった足で、私を居酒屋に誘い
本当にこちらのアドバイスに耳を傾けた。
先輩のこの姿勢に、完全に舌を巻いたんだよね。
「まじめに学ぼうとしているフリ」ではなくて、
心から改善を望んでいて、
そのためには、どんな辛口の意見でも受け入れるという状態。
いやぁ、まいりました。
で。
その、あまりの姿勢に感動し、私は先輩に
「なんでそんなにストイックになれるんですか?」
と聞いたところ、
先輩は、自分がそんなにストイックだという
自覚はない、との返事が返ってきた。
ただ、
先輩が、かけだしライダーだった若いころに、
自分が一生懸命に書いた記事にダメ出しをされ、
目の前で原稿を丸めて捨てられるようなことが
日常茶飯事だったらしい。
そして、若かりし日の先輩は
怒鳴られながら言われたことをアドバイスとして聞き、
その丸められた原稿のしわをのばして、
自分で赤ペンで修正をしていった、という感じだったそうだ。
そんな時代を過ごしてきているので、
自分が初めてやることに対して、
何もアドバイスされない方が、違和感を感じる。
そんな状態らしいんだよね。
やっぱり、超人は一日にしてならず、というか、
その人がその人になる背景には、
様々なドラマがあるなぁ、と感じずにはいられなかった。
私も、先輩の年齢になった時も
常に新しいことにチャレンジし、
おごらず、謙虚に、
相手の年齢などで人を判断せず、
常に耳を傾けられる人でありたいなぁ、
と、あらためて思わせていただきました。
今、たとえどんな苦労をしていても、
それは将来、「背景」「ドラマ」となり、
その背景やドラマが、人格を作り、
たくさんのギフトを運んでくることになるんだろうね。
うーむ、頑張っていきたいと思いますわ。
ではでは。