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『脱走』


 
 
サーチライトの光が、身体のすぐそばをかすめる。
 
「オフィサー」と呼ばれる巡査ロボットが
「異常」がないかを、執拗に警戒しているのだ。
 
 
 
21××年。
コンピュータシステムの発達に依存しすぎた人類は、
すでに地球の支配者ではなくなっていた。
 
 
もはや人間をはるかに凌駕する能力を持った
コンピュータがはじき出した答え。
 
 
それは、
 
「地球環境すべてを考慮した場合、
 人類を統制するのが最も効率的である」
 
という、人類以外からすれば
当然とも言える結論だった。
 
 
軍事、経済、司法。
 
その他さまざまな機能を依存していた人類が、
コンピュータに生殺与奪の主導権を奪われるのに、
さほど時間はかからなかった。
 
 
現在では、人類はコンピュータの奴隷として
細々と暮らすことを余儀なくされている。
 
テレビやラジオなどのメディアは占拠され、
移動手段として自動車を利用することですら
厳重な管理のもと、許可された区域と目的でのみ使用できる。
 
 
電子的な統制だけではなく、
心を豊かにする音楽も、一時の愉悦を味わえる酒も
すべて排除されていた。
 
現在では、どこかから聞こえてくるピアノの音色はなく、
バーでの賑やかさもない。
 
 
少しでもおかしなそぶりを見せれば、
巡査ロボットに逮捕され、その後どうなるかは
誰にもわかっていなかった。
 
 
 

 
 
「このままでは、終わらない」
 
私は「散歩道」と呼ばれる
人工太陽の光が降り注ぐ道を歩きながら心の中でつぶやいた。
 
 
この「散歩」は、
奴隷の身に許された数少ない自由時間。
 
とはいえ、「適切な運動」「太陽光を浴びる」という目的のために
半強制的に歩かされているような時間にすぎないが。
 
 
 
「モウスグ、2ジカンです」
 
いまいましい音声が鳴り響く。
 
「OX(オックス)」と呼ばれる携帯端末が、
自由時間の終わりを告げる。
 
 
はるか昔は、人々に娯楽とつながりを提供するために
存在していた携帯端末だが、
今は一人一人を管理するための「手錠」のような
役割を担うようになっていた。
 
 
誰かに電話する機能もない。憂鬱な気分を
ガス抜きするようなエンターテイメントも搭載されていない。
 
 
端末に入っているのは、
 
「人類を飼う」
 
ために必要なアプリケーションだけだった。
 
 
この「OX」に飼われている限り、
私たちが真の自由を味わうことはない。
 
 
 
 
だが、私にはひとつだけ計画があった。
 
 
数少ない人々との交流の中で、
ロボットたちの支配に対抗するレジスタンスチームが
結成されつつあるらしいことを知った。
 
 
名前は「トーキョー」。
 
 
ロボットたちの支配がはじまる前までは、
栄華を極めた都市の名前らしい。
 
 
「ロボット、コンピュータと人類の
 本来の主従関係を取り戻す」
 
という意味が込められた名前。
 
 
そのレジスタンスチームに加わり、
ロボットたちに反旗をひるがえす。
 
 
私は数年かけて、このレジスタンスチームとの
接触に成功した。
 
 
 
 
そして、今日。
 
 
一日に一度だけ周遊するバスの
コンピュータシステムをハッキングし、
「トーキョー」メンバーの待つポイントへと向かう。
 
 
ロボットに見つかれば、命はないだろう。
 
しかし、このまま生きていて、どうなるというのだ?
 
 
 
「アナタノ現在位置ハ、マチガッテイマス」
 
 
携帯端末から聞こえる警告を無視し、
バスへ乗り込む。
 
 
バスが発車したのを確認すると、
私は携帯端末「OX」を叩き壊した。
 
 
コンピュータが異常を察知し、
巡査ロボットが追いつくのが早いか?
それとも、私の脱出の方が早いか?
 
 
入念な計画を練ってきたとは言え、ここから先はわからない。
 
 
ただ、未来は、いつだって分からないものだ。
 
コンピュータに、すべての未来を理解されてたまるか!
 
 
 
バスがスピードを上げる。
 
 
「逃げ切る!」
 
 
今は逃げているが、追う立場になってやる。
 
 
そして、力をため、
いつの日か、「OX」をはじめとした
コンピュータ支配から脱却する。
 
 
飼われるのは人類じゃない。
人類が、コンピュータを飼うのだ。
 
未来へ向けて、私を乗せたバスが走ってゆく。
 
 
 

 
 
原作:『俺ら東京さ行ぐだ』 吉幾三
 
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31804
 
の一番の歌詞。

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