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未来予測を放棄する。

「イグゼロさん、株に詳しいんですよね?
 じゃあ、これからの日経平均は上がると思います?
 それとも下がると思います?」
 
「この株の銘柄、これから上がりますかね?」
 
 
と、私が株のトレーダーだと知っている人は、
たまにそんな質問をしてくる。
 
 
そんな時に私がいつも言うセリフは、
 
「さあ?ごめん、分からないです」
 
なんだよね。
 
 
これは別に相手にイジワルで教えないのじゃなくて
本当に分からないから、答えようがないのだ。
 
 
 
私に未来を予測能力はない。
 
っていうか、ことごとく予測をハズし続けている。
 
 
Mixiができたときも、
 
Twitterができたときも、
 
Facebookがみんなに知られる前も、
 
LINEが流行り始めた時も、
 
 
全部友達に、ものすごく早い段階で教えてもらっているのに
「これ、流行るの?」と、華麗にスルーしてきているからね。
 
 
「これからコレは、大きく成長する」
 
みたいなトレンドを見極める能力は
私の場合かぎりなくゼロに近いから、その辺は諦めている、
というか、使うつもりもない。
 
(ただ、人を見る目だけはあるようで、
 「この人、将来スゴイ人になるわ」と思っていると
 ほぼ確実に頭角を現す)
 
 
と、ここまで読むと、
 
「未来予測が出来なくて、よく株で利益を出し続けられますね」
 
と思うかもしれないけれど、そんな人には、そんな人なりの
株との付き合い方があるので大丈夫。
 
まぁ今回は、「株での利益の出し方」がメインテーマじゃないから
そこは割愛するけれどね(笑)
 
 
 
さて。
 
 
未来を予測できたら、とても素晴らしいと思う。
 
「将来、こうなるだろう」
 
と予測したことがその通りになったら
非常に洗練された頭脳の持ち主ということになるし、
オトコノコ的に、カッコよくて憧れる。
 
 
もちろん、そういう能力に長けている人は
存分に自分の能力を使えば良いと思うし、
できればその能力を使って、こっそり未来を教えて欲しい。笑。
 
 
しかし、たいていの人は、
正確に未来を予測する能力はないだろう。
 
 
私の場合、3年前に今の自分の日常生活が分かっていたか?
と言われると、自信を持って「NO」だし、
明日のことも、本当に思っている通りになるのか不安なレベルだ。
 
いいのか?これで?と思うけれど
実際にそうなんだから、そこは受け入れないといけない。
 
 
 
そして。
 
もしあなたも、どちらかというと私に近いのだとしたら、
未来予測に使っている時間は、
ハッキリ言って時間の無駄だろう。
 
 
もちろん、
 
「もしかしたら、こうなっちゃうかも、フフフ」
 
と妄想を楽しんだり、余暇のゲーム的に
 
「こんな未来もあるかもしれない」
 
と想像を楽しむのならば、全然問題ないと思うけれどね。
 
 
 
未来予測が出来ないのであれば、
楽しみの意味を除いて、未来予測は放棄しちゃった方が
けっこう楽になるし、建設的なことも多い。
 
 
未来を予測して、その予測に基づいて行動すると
その予測が外れた時のダメージが大きい。
 
 
それだったら、未来予測を放棄して、
 
「どんな未来になってもプラスに対応できる」
 
という選択肢を考えた方が良いように思う。
 
 
たとえば、未来はどんな風になるか分からないけれど、
健康は維持、向上させておいた方が良いだろう。
 
たとえ明日交通事故にあって
その後ベッドでの生活になったとしても
ジョギングをした思い出は、良い思い出になるはずだ。
 
 
たとえば、将来ハイパーインフレになって
お金は紙くずになるかもしれないけれど、
それでも価値提供し続けられる環境は整えた方がいいだろうし、
お金もあるに越したことはない。
 
 
たとえば、いま心から大切にしている人に
いつかは忘れられるかもしれないし、
別れが訪れることにもなるかもしれない。
 
それでも、理想的には、今自分が大切にしている事を
言葉や態度で表わした方が良いだろう。
 
少なくとも、
 
「近い将来、この人とはもう会わなくなる」
 
という“未来予測”のもとに、そっけなくするのが
ベターチョイスだと思う人は、少ないと思う。
 
 
たとえば、自分の描いている夢の生活が
あと一歩のところで根底から覆されるようなことが
未来に待っていないとも限らない。
 
それでも、そこまでに体験したことや
築き上げてきたものたちが全部無駄になることはないだろうし、
無駄にならないように積み上げることもできるはずだ。
 
 
 
「未来はこうなる。だからこう動く」
 
というよりは、
 
「未来は分からない。
 だから、どんな未来になってもいいように動く」
 
という方が、個人的には好みだ。
 
 
個人的には、
 
前者は、「未来」という得体のしれない
モンスターに振り回されている感じがして
 
後者は、自分で選択をしているという実感を
持ちやすいような気がするからだ。
 
 
もちろん、結局、やっていることは同じ、
ということもたくさんあるんだろうけれど、
意識としては
 
「未来予測を放棄」
 
というスタンスでいたいな、なんて思う。
 
 
分からない事は、分からない。
 
未来は、現在の延長線かもしれないし
そうでないかもしれない。
 
少なくとも、5年前、10年前、20年前に
ぼんやりと描いていた日常生活を、今は生きていない。
 
 
 
それでも、いま考える「より良い未来」のために、
 
「これは大切だよね」
「どうなっても、これは守りたい」
 
というもののために、日々をがんばる自分で
ありたいな、などと思う今日この頃。
 
 
 
。。。と、
 
けっこう「素敵やん」な感じで
まとめた記事だけれど、これを書こうと思ったきっかけが
 
 
「新しいSNSの“ tsu ”って、流行ると思いますか?」
 
 
と聞かれたから。
 
 
 
個人的には、いつもどおり
 
「わからん」。
 
 
そして、遊びとして
 
「tsuの正式名称って、“ u ”の上に横棒を書くのか。
 これが面倒だから、たぶん流行らない」
 
「まぁ、初期に先行者利益で釣って、
 拡大して行ったら、その約束を反故にするパターンだろ」
 
という予測をしたあと、
 
「でも、今まで、Facebookにしてもtwitterにしても、
 ことごとく予測を外しているからな」
 
「。。。一応、登録しておこう」
 
と思い、登録はした。
 
 
が、
 
「あれ?ことごとく予測を外す俺が登録したってことは、
 やっぱり流行らないんじゃね?」
 
と、今、はたと思っている最中です(笑)。
 
 
ではでは。

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