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『チケット』

「あの」
 
男が仕事帰りの夜道を一人で歩いていると、
後ろから背の低い男が声をかけてきた。
 
「なにかご用でも?」
 
と男が聞くと、小男は
 
「ちょっと面白いものがあるんですが・・・」
 
と、男に紙の束を差し出して見せた。
 
その紙の束は、ちょうど映画のチケットくらいの大きさで
かなり分厚い束だった。
 
男は「こんなところで、何か売りつけられるのか?」と
不審に思ったが、その小男の声には、
なぜか興味をかき立てられるような響きが含まれていた。
 
 
小男は、男が立ち去ろうとしないのをみてとると、
 
「このチケットはですね。
 望めばたいていのものを手に入れられるチケットなんです。
 
 いわゆるモノも手に入れられますし、
 欲しい技術や知識、あるいは肉体なども
 望めば手に入れることができるんです」
 
と説明をした。
 
 
なんだそれは、バカバカしい。
騙すのなら、もっと現実的な話をするものだ。
 
男は心の中でそうつぶやいたが、
小男は真面目そのものの顔のままだった。
 
 
そして、
 
「なんでしたら、ちょっと試してみませんか?
 はじめは、簡単なもの・・・例えばコップ一杯の水とか?」
 
と言いながら、男にチケットの束を渡した。
 
 
男は、ふん、と鼻を鳴らしながら
チケットの束を受け取った。
 
バカバカしい。
しかし、足を止めてしまった手前、
とりあえず少しだけ付き合ってやるか。
 
 
男はチケットを握りながら
 
「コップ一杯の水が欲しい」
 
と言った。
 
 
すると、チケットが一枚だけちぎれ、
代わりに男の手に水が入ったコップが現れた。
 
突然の出来事に驚いて、ついコップを落としてしまった。
コップは音を立てて割れ、地面に水が飛び散った。
 
コップの破片は消えることなく、
街灯の光を反射していた。
 
 
「なんだ・・・これは?」
 
男は目を丸くしたまま小男に向き直った。
 
 
「説明した通りのチケットですよ。
 
 あとひとつだけ説明をすると、
 いま見た通り望むとチケットがやぶかれるのですが、
 望んだものによって、やぶかれるチケットの枚数は違います。
  
 ただ、どのくらいの枚数がやぶかれるのかは、
 望んでみないとわかりません。個人差があるみたいです。
 
 あと、ごく稀にですが、望んだけれども
 目の前に現れず、チケットだけが無駄に消費されることも
 なくはないです。稀ですがね」
 
 
小男は淡々と説明をした後、
 
 
「特に料金はいただきません。
 料金を言っても、そのチケットで出せばいいだけですから。
 私は、このチケットのよさを知ってもらえればいいのです。
 
 私の見ている前で、好きなだけお使いください。
 その見物料が、あなたの支払う対価だとお考えください」
 
 
と、伝えた。
 
 
男はチケットに目を落とした。
 
これはすごい!でも本当になんでも手に入るのか?
さっきの水は、小男が指定したのだから、
なにかのマジックかもしれない。
 
 
男はチケットを握りしめ、
 
「では、今度はお金だな。お金が欲しいぞ」
 
と、まとまった額のお金を望んだ。
 
すると3枚のチケットがやぶかれ、
目の前に男が望んだとおりの現金が現れた。
 
男が確認すると、正真正銘のお札だった。
男はポケットに札束をねじり込んだ。
  
 
どうやらこれは本物のようだ。
この小男の気が変わらないうちに、
好きなように使わせてもらおうか。
 
そういえば、知識や肉体なども思いのまま、
と言っていたな。
その話が本当ならば、もはや疑いようはない。
 
 
「次は、均整のとれた肉体が欲しい」
 
すると10枚のチケットがちぎれ、
男の体は、みるみるうちに健康的に痩せ、
ほどよい筋肉がついた。
 
 
「次は、英語が話せるようになりたいぞ!」
 
と望むと、勢いよく30枚ほどのチケットがちぎれた後、
男の頭に英単語が流れ込んできた。
 
ためしに話してみると、
今までの自分では信じられないほど
すらすらと英語が口から飛び出してきた。
 
 
男は驚きながらも、次々と望みを口にしていった。
 
 
そしてしばらくチケットの効果を楽しんだあと、
ふと思いついて、男は、ひそかに想いを寄せていた
女性の名をつぶやき、 
 
 
「彼女と交際ができることを望む」
 
 
と言ってみた。
 
チケットが10枚ほどちぎれたのを確認すると、
男はその場で、彼女に電話をしてみた。
 
彼女は電話には出たものの、
特に親しくなっているわけでもなかった。
 
どちらかといえば、男からの電話を
うっとうしく思っているような態度だった。
 
男は電話を切って、小男を見ると、小男は
 
 
「稀に、望みがかなわない事もありますよ」
 
 
と肩をすくめた。
 
 
 
チケットが完璧でないのは残念ではあったが、
それを差し引いても、素晴らしい道具だ。
 
男はその後も、次々とチケットを使っていった。
 
 
美味しい料理。
  
官能的な体験。
 
知識の獲得。
 
 
小男の言う通り、ほとんどのことを
叶えることができた。
 
まさに、夢のチケットだった。
 
 
そして、チケットも残り20枚ほどに
なって来た時に、
 
 
「おっと、チケットがもうあとわずかだな。
 もう少しお金をもらっておこうか」
 
 
と、最初に願った金額を男は望んだ。
 
 
すると、先ほどは3枚しか使わなかったチケットが
勢いよく、すべてちぎれてしまった。
 
「なんで・・・?」
 
男がびっくりしていると、小男は
 
「そりゃ、それだけの金額を稼ぐのは
 今のあなたには大変でしょう」
 
と言いながら、ニヤリと笑った。
 
 
「今の私?どういうことだ?」
 
 
と訝しく思って小男に聞こうとした瞬間、
男は急に体全体から力が抜けていくのを感じた。
 
ふと手をみると、自分の手が
しわだらけになっているのに気がつく。
 
目もかすんで、良く見えない。
 
 
ひざをがっくりと折って倒れこむ男を見ながら
小男は淡々とつぶやいた。
 
 
「しかしまぁ、今までたくさんの人間に
 チケットを渡してきたが、
 あなたほど使い方が下手な人を見たことがない。
 
 使い方がうまい人は、
 あなたの数十倍、数百倍素晴らしい体験をして
 富みながら幸せになるというのに」
 
 
「このチケットは、一体何なんだ?
 そして、お前は一体・・・?」
 
 
小男は、ため息まじりに男に伝えた。
 
 
「最後まで気がつかないとはね。
 チケットは、“あなたの時間”だよ」
 
 
そして一呼吸おいてから、小男は言った。
 
 
「そして、私は死神」
 
 
 

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