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伝わる文章の書き方。

「イグさん、文章ってどう書けばいいの?」
 
という、非常にザックリとした質問をいただいた。
 
 
えー、文章なんて好きに書けばええんやで?
 
ペンでもキーボードでも
文字を書いて単語ならんだら、それが文章やし。
 
 
、、、と、けっこうマジで言ったのに、
 
 
「そうじゃなくて、、、
 聞きたいのは、そうじゃないよね、、、、?」
 
 
と、相手からゴゴゴゴゴ感があふれてきたので
もう少し説明することにした。
 
 
 
えーと。
 

 
文章は自由!
 
どんな風に書いてもオッケー!
 
 
 
ただ、その上で。
 
 
ワタシが相手に伝わる文章を書こうとする時に
どんなことを気をつけているか?というと。
 
 
 
「読み手に対する愛と勇気」
 
 
 
だと思うよ。できてるかは分からんけど。
 
 
 
 
愛と勇気。
 
 
相手に対する思いやりと、
相手のフトコロに踏み込む度胸。
 
 
寄り添う心と、心臓を握ろうとする拳。
 
 
天使と悪魔。
 
 
真綿とナイフ。
 
 
 
表現は何でもいい。
 
 
 
いずれにしても、その両輪があるからこそ、
相手が受け取ってくれて、伝わるようになると思う。
 
 
 
愛だけの文章は、
なんかフワフワしてて、予定調和で、
水面でウフフキャッキャしてるだけの文章になる。
 
 
書き手の方が、リスクを何も取るつもりがないことが
透けて見える文章。
 
 
ナカヨシナカヨシー、と、媚びを売っても
読み手が本当に得たいものを提供できない。
 
 
責任も覚悟もないものなんて、つまらんくね?
 
 
 
 
逆に、勇気だけの文章は、乱暴だ。
 
 
「俺が言ってやったぞ、ドヤァァァァア!!!!」
 
「世の中の悪・即・斬!」
 
 
オンリーの文章は、もはや
ザ・炎上!!
放火魔!!
 
 
勇気をもって物申す!ってのはいいけれど、
そのナイフの刃は、相手や世間に向けるものじゃない。
 
 
教えてもらわなかったか?
刃物を渡す時は、自分の方に刃を向けて手渡すんやで?
 
 
勇気は、自分が嫌われてもいいし
自分の言ったことに責任を持つ勇気であって、
読み手をバンジージャンプの台に立たせることじゃない。
 
 
ってことで、愛オンリーでも
勇気オンリーでも、アカンとちゃいますかね?
 
 
 
 
また(あくまで伝わる文章ということなら)
 
 
「読み手に対する」愛と勇気
 
 
が必要かと存じ上げたてまつり候。
 
 
愛と勇気は、読み手に向ける。
自分に、じゃない。
 
 
 
「ああ!!わたしステキ!!
 自己愛をふりまくポワトリ~ン!」
 
 
とか、
 
 
「俺の勇気!このいさぎよさ!!
 カッコいい!!さすがオレっっ!!!!」
 
 
みたいなナルシスティックなものは
書き手の事が大好きな人には届くけれど、
一般的には届きにくいんじゃないかな?
 
 
(うう。。。だんだん自爆しつつあるな)
 
 
 
読み手が必要としていることを、
愛をもって分かりやすく伝える。
 
 
そして、
 
 
読み手にとって予定調和で終わらないことを
勇気をもって刺す。
 
 
その両面があるからこそ、
 
「あー、イイハナシダナー」
 
「あと味ワルイナー」
 
で終わらない、伝わる文章になると思うのでありんす。
 
 
 
 
 
さてさて。
 
 
 
マッサージのような文章もアリだし、
外科摘出手術のような文章もアリ。
 
 
なわとびのような文章もアリだし、
スカイダイビングのような文章もアリ。
 
 
おかゆのような文章もアリだし、
激辛アヒージョ溶岩焼きみたいな文章もアリ。
 
 
 
その時の読み手にとって、
ベストの「愛と勇気の配分率」になっているのが
きっと「伝わる文章」ってことなんじゃないかな?
 
 
おためごかしのフワフワオンリー文章や、
人を辻斬りしてゆくグサグサオンリー文章。
 
 
そうではなくて、
 
 
 
真綿でくるんだナイフを手渡すような。
 
 
読み手の中の天使も悪魔もキター!と喜ぶような。
 
 
読み手の愛も勇気も増大するような。
 
 
そんな文章が、伝わるのだと思う。 
 
 
 
 
ま、完全にワタシ個人の意見だから
いち参考にしてくだされば、と。
 
 
 
ではでは。
 

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