『井戸』。
二人は、それぞれ井戸を持っていました。
しかし、その井戸は両方とも浅く
水が溜まっても、すぐに枯れてしまい、
いつも不安で仕方ありませんでした。
一方の人が言いました。
「他から、水をもらってこよう」
もう一方の人は言いました。
「井戸を、もっと深く掘ろう」。
—
水を他からもらってこようとした人は、
常にたくさんの人に井戸が注目されるように
注意を払いました。
「ほら、こんなに素敵な井戸があるよ。
あなたも、見てみたくない?」
と誰かを近寄らせては、
「素晴らしい井戸だ!」
と称賛を浴びるように、がんばりました。
その井戸は、なぜか人からの称賛を浴びると
少しだけ「水かさ」が増すのです。
誰かからの誉め言葉をもらい、
水かさが増すと、持ち主は満足げに
口元をほころばせました。
「ふぅ、これで、ひと安心」
でも、もともとの井戸が浅いので、
ちょっと油断をしていると、すぐに
井戸が枯れそうになります。
そうならないように、井戸の持ち主は常に
「ほら、私の井戸はすごいでしょ!
あなたも、こんな井戸のある生活をしたいでしょう?」
と、懸命に見せびらかせ続けました。
—
一方、もう一人の人は、
井戸を深くするために、ずっと掘り続けました。
顔中泥だらけになりますし、
そんな姿を誰も見たくないので、
他の人には見向きもされません。
でも、
「もっと深くすれば、
きっと、その先に何かある」
と、喉をカラカラにしながらも、掘り進めてゆきました。
—
他の人から水をもらおうとする人のまわりには、
たくさんの人があふれていました。
その中には、
「素晴らしい井戸」を見に来る人もいましたし、
自分もその
「素晴らしい井戸」の持ち主になりたいと
思っている人もいました。
そして、なぜか他の人から水をもらおうとする人たちは
引き寄せ合うのか、同じような種類の人たちが
集まり合うのです。
「私の友達も、素晴らしい井戸を
持っている人たちばかりだから
一度、友達も紹介するね」
「ほら、あの人の井戸も、キラキラとしていて
とても素敵でしょう?」
そんな風に、互いの井戸に人をおびき寄せ合って、
たくさんの人からの称賛を浴びてゆきました。
「いいなぁ」
「すごいなぁ」
「本当に豪華だなぁ」
そんな声を聞くと、また井戸の「水かさ」は
少しだけ増して、その時は満足するのです。
でも、最近、なぜか、喉が乾くのが早くなったようで、
大量の水を飲まないと、イライラするようになってきました。
そこで、より効率的に、いかに早く、多く、
水を誰かから手に入れるのかを
考えてゆくようになりました。
—
井戸を掘り続けていた人は、
ある時、井戸と「湧き水」がつながりました。
深く深く掘っていったおかげで、
空から降ってくる雨水だけでなく、
大地が吸い込んだ「水」も、自分の井戸に入ってくるようになりました。
「よかった。。。」
と、にっこりと笑って井戸から一度出てみると、
水が足りなくて、困っている人が通りかかりました。
その人は、「水」が手に入らないために
やせ細り、今にも崩れ落ちそうでした。
そこで、
「あの、、、よかったらどうぞ。」
と、井戸を掘っていた人は、一杯の水を差し出しました。
水を受け取った人は、心から感謝をし、
またどこかに去っていきました。
—
ある時。
いっこうに、雨が降らない日が何日も続きました。
みんなが、水を求めています。
「素晴らしい井戸」を持っていた人たちのもとにも
多くの人が訪れましたが、
「なんだ、水が全然入ってないじゃないか。
いくら立派な井戸でも、水がないのならば意味がない」
そんな言葉を投げかけられると、
より一層、井戸の水は減ってゆきました。
もう、「素晴らしい井戸」を称賛する人はいません。
—
さて、井戸を掘り続けていた人は、
井戸が深く深くなっていて、さらに湧き水にも
つながっていたため、水に少しは余裕がありました。
多くの人が、深い井戸を求めてやってきました。
掘り続けていた人は、
できるだけ平等に、多くの人に
水が行きわたるように、がんばりました。
—
そんな日が続いていましたが、
ある時、また恵みの雨が降り始めました。
「ああ!やっとこれで楽になるぞ!」
「よかった!!!!」
みんなは、歓喜の声をあげました。
—
水が行きわたるようになると、
人々は言いました。
「やっぱり、こんなおんぼろな井戸より、
かっこいい、立派な井戸の方がいいね」
「なんで今まで、
こんな井戸の近くにいたんだろう?」
そうして、また「素晴らしい井戸」を持つ人のもとに
人々は集い、深い井戸を掘っていた人は
ひとりぼっちになりました。
でも、それでよかったのです。
少しは寂しい気持ちがありましたが、
また、その人は深い井戸をさらに深く掘り始めました。
向こうからは、
「どうだい!こんなに素晴らしい井戸は
なかなかないだろう?」
「今度、仲間の井戸も紹介しましょう」
という、威勢のいい声が聞こえてきました。
—
そうして、
「素晴らしい井戸」を持った人と、
深い深い井戸を持った人は、
もう一生、会うことは、ありませんでした。