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『イメージ』

「さて。今日も仕事にとりかかるか」
 
 
わたしの仕事は、映画監督。
 
映画監督でもあり、脚本家でもあり、カメラマンでもあり、
俳優でもあるといえる。
 
 
 
昔だったら、映画1本とるためには
たくさんの人たちが長い時間をかけ、
莫大なお金を使わなければならなかった。
 
 
しかし今は、大がかりなセットを使ったり、
たくさんの俳優を使うような映画は、ほとんど作られない。
 
 
莫大なお金がかかるわりに
表現に限界があるからだ。
 
 
 
 
それよりも、今はわたしのように映画を作り、
観客に提供している方が主流だ。
 
 
 
わたしの仕事道具は、たったひとつ。
 
 
形状は、ゴーグル付きのヘルメットのようなもので、
ヘルメットの後頭部からは、1本のコードが伸びている。
 
 
このヘルメットさえあれば、
いつでも自由に映像作品を作ることが可能だ。
 
 
 
このヘルメット、
 
「イメージ・ヘルメット」
 
をかぶり、頭でイメージしたものは
そのまま映像となって他の人も見ることが出来る。
 
 
 
 
わたしは、自分の頭で映像化したイメージを
その映像を楽しみたいお客様に販売して生計を立てている。
というわけだ。
 
 
 
 
 
 
イメージを映像化できるこのヘルメットは、
今ではさほど珍しいものではない。
 
 
個人でも、自分の夢を録画して楽しむ人もいるし、
仕事でもプレゼンテーションやデザインなどに
使われることは多い。
 
 
 
ただ、自分の映像を販売できるほど
細かい部分までイメージし、楽しませる事が出来る人は
そうそういない。
 
 
今は誰もが、どんな大迫力の映画を作ることはできるが、
それが他の人がお金を払ってまで見たいものになるかは
話が別だ。
 
 
 
わたしは、自分の脳内で作られるイメージを
より詳細に、より美しく、クオリティ高く、
そしてより面白く、エンターテイメント性を高くし続けた。
 
 
イメージをしている最中に、
余計な雑念が入ったりもしないように
特別な訓練も受けた。
 
 
  
その結果、少なくとも一定のファンを獲得し、
平均よりはいい暮らしができる程度には支持され続けている。
 
 
 
 
 
 
今日、頭の中で作るストーリーは、
悪いドラゴンにさらわれたお姫様を、勇者が救う物語だ。
 
 
取り扱うテーマ自体は、非常に使い古されたものだ。
 
 
しかし、わたしの頭の中に浮かび上がるイメージは
どんな人も真似のできない、息をのむイメージばかりだ。
 
 
 
ある時はドラゴンが口から火が吹く時に
口の中のアングルをイメージする。
 
 
美しい星空は、現実の星空と寸分たりとも
星の位置は違わないにも関わらず、肉眼で見るよりも美しい。
 
 
食事のシーンでは、においや温度までが伝わるかのように
美味しそうな料理をイメージする。
 
 
 
そして、人物は。。。
 
 
 
人物こそ、もっとも力を入れてイメージをする。
 
 
主人公である英雄は、わたし自身を最高に美化して
イメージしたものだ。
 
 
現実のわたしよりも、数倍美しく、たくましいが、
その感情表現や心、いわゆる「魂」は
わたしそのものだ。
 
 
 
そして、ヒロイン。
 
ヒロインにも、実在するモデルがいる。
 
 
といっても、わたしは彼女に1日しか会ったことはないし、
手元には写真1枚すらない。
 
 
 
彼女とは、1年前に旅先で出会った。
 
 
自分の脳に美しい景色を焼き付けるために
海外の大自然に行った時だった。
 
 
 
彼女は、わたしのイメージしていた理想の女性そのものだった。
 
 
美しく長い髪。
 
パウダースノーのように光り輝く肌。
 
にじみ出る知性。ユーモア。
 
無邪気な笑顔。
 
 
彼女のすべてが、わたしを一瞬で虜にした。
 
 
 
同じ国の出身であったことから、
はじめから自然に会話することが出来た。
 
 
話せば話すほど、彼女に惹きこまれていき、
彼女の世界そのものに美しさを感じた。
 
 
広大な大自然の中、二人で星空を見上げ、
ある時はどちらからともなく話しかけ、
ある時は沈黙の中の安らぎを感じた。
 
 
 
しかし、彼女とは、その1日をのぞいて
会う事はなかった。
 
 
互いに連絡先も交換しなかったし、
お互いの職業や、日常については何も話さなかった。
 
 
その時は、「そんなことを話すなんて、無粋だ」と
格好をつけたが、今になって後悔をしていた。
 
 
せめて、名前くらい聞いておけばよかった。
しかし、それも後の祭りだ。
 
 
 
 
 
雑念を払う訓練を受けていたわたしも、
自分の恋心を完全にコントロールすることは難しかった。
 
どうしても、彼女の顔が心に浮かんできてしまう。
 
 
 
「イメージ・ヘルメット」で映像作品を作る者としては
あるまじきことかもしれないが、仕方がない。
 
 
 
そこでわたしは、思い浮かんでしまう彼女を
自分の作品のヒロインにすることにした。
 
 
 
それならば、映像に彼女が不自然に浮かんでしまう事はないし、
わたしもイメージをしていて楽しい。
 
 
活き活きとヒロインを活躍させることが出来るだろうし、
ヒーローはわたしを美化したものなのだから、当然やる気もわく。
 
 
そして、もしかしたら、わたしの映像作品を彼女が見てくれて、
わたしに連絡がくることも、ないとは言えないではないか。
 
 
わたしの映像を楽しんでくれている人は、まだまだ多いとは言えない。
しかし、よりよい作品を作り続けていれば
いつかきっと彼女にも再会できるのではないか?
 
 
そんな風に期待もしていた。
 
 
 
 
 
 
 
わたしが英雄を活き活きと動かし、
ドラゴンを強大で、しかも魅力ある敵役として描き、
そして彼女、いやヒロインを美しくイメージしているさなか。
 
 
「こんにちは。お届けものです」
 
 
と、ドアのチャイムが鳴った。
 
 
 
またいつもの宅配屋か。
 
 
わたしはインターホンに向かって
 
「ああ、いつものようにドアの近くに置いておいてくれ」
 
と手短に伝えた。
 
 
 
 
わたしは、自分の脳内のイメージを
できる限り美しく保つために、
不要な接触はなるべく避けるようにしている。
 
 
美しくないものは、なるべく見ないようにしているし、
 
人工的なものよりは、なるべく自然なものを見るようにしている。
 
 
また、くだらないニュースは耳に入ってこないようにし、
 
くだらない人間との接触も、できるかぎり避けていた。
 
 
 
そうしなければ、自分のイメージの質が悪くなり、
お客さんを楽しませることができなくなってしまう。
 
 
映像クリエイターは変わり者だと言われるが、
それはある程度仕方がないことだ。
 
 
美しいもの、ポジティブなもの、そして本物。
 
 
それをいかに吸収しているかが、
わたしにとっては本当に必要な事なのだから。
 
 
 
わたしは映像のイメージにひと段落つけた後、
届いた小包を広げてみた。
 
 
それは、わたしの映像を観客に配信してくれている会社宛てに届いた
わたしへのファンレターの束だった。
 
 
今のご時世、紙でファンレターを送ってくる人というのは
そうとう思い入れの強い人だ。
 
それが、ポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ。
 
 
なので、わたしの映像に対してネガティブな意見だったり、
本当にくだらない内容のものは、配信会社に頼んで、 
 
「変なファンレターは除いて送ってくれ」
 
と言ってある。
 
 
 
そんな手紙を見ても、脳内にいいことなんてない。
 
 
 
わたしはファンレターの束の中から
写真が同封されているものだけを選んで写真を見た。
 
 
 
もしかしたら、彼女からの手紙があるかもしれない。
 
 
彼女の方も、何も連絡先を交換していないのは分かっている。
お互いの顔しか知らないという事は承知のはずだ。
 
 
だからもし、わたしの映像からわたしの事を知ったとしたら、
写真を同封してくるのではないだろうか?
 
 
彼女なら、それくらいの機転は効くだろう。
 
 
 
 
そう思って毎回、ファンレターが届くたびに
高ぶる気持ちを抑えながら見るのだが、
いつもその期待は裏切られていた。
 
 
 
まだ、わたしの映像は、彼女には届いていないようだ。
 
 
もちろん、わたしに気づいたものの、彼女にとっては
旅の思い出のひとつに過ぎないのかもしれない。
 
 
でも、わたしには、素晴らしい映像を作り続ける以外の方法は
思いつかなかった。
 
たとえ思いついたとしても、
やはり自分の映像で再会するということを望んでいただろう。
 
 
 
 
 
 
 
わたしは、映像をイメージし、世の中に発信し続けた。
 
 
美しいものだけを自分の脳に吸収して、
さらに人々を魅了する作品を作った。
 
 
少しずつだが、届けられるファンレターも増えて行った。
 
 
しかし、そこに彼女を見つけることはできなかった。
 
 
 
 
わたしはさらにストイックになっていった。
 
イメージにプラスになることは積極的に吸収して行ったが
自分の脳内に広がるイメージにプラスになること以外は
極力排除して行った。
 
 
それも、すべては彼女にもう一度会いたいという
純粋な恋心からだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「こんにちは。お届けものです」
 
 
またいつもの宅配屋。
 
 
わたしは、いつものように答える。
 
 
「ああ、いつものようにドアの近くに置いておいてくれ」
 
 
 
しかし、今日の宅配屋は、どうもすぐには帰ろうとしない。
 
 
外にいる気配をインターホンで感じながら、わたしは
 
 
「どうした?何か?」
 
 
と話すと、宅配屋は
 
 
「あの、、、、映像を作られているんですよね?
 私、あなたの作られるイメージのファンなのです。
 
 大変お忙しいとは思うのですが、
 一度ごあいさつさせていただけないでしょうか?」
 

と、恐縮気味に答えた。
 
 
 
 
宅配屋か。
 
 
 
 
わたしの脳内にポジティブなイメージを
もたらしてくれるとは思えない。
 
 
しかし、ずっと真面目にファンレターを届けてくれているし、
わたしが不機嫌な時にインターホンに出ても、
気持ちよく言われた通りに荷物を置いていってくれる。
 
 
 
「たまにはいいだろう」
 
 
と、ヘルメットを脱ぎ、
気まぐれに宅配屋がいるドアを開けてみた。
 
 
 
宅配屋は、わたしが出ると
わたしの顔を確認するよりも早くこう話しだした。
 
 
「あなたの作品に出てくる英雄、とても素晴らしくって。
 私が2年前、旅先で恋した人とそっくりで。。。。」
 
 
わたしは、宅配屋の女性の顔を確認すると、言葉を失った。
 
宅配屋である彼女の方も、はっと息を飲んだ。
 
 
 
 
 
なんということだ。
 
 
 
脳内ではなく、扉一枚を開ければ、
いつも彼女は現実にいたのだ。
 

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