スポンサーリンク

『魔法のランプ』

男は、手にひとつのランプを持っていた。

おとぎ話に出てくるような
オリエンタルな雰囲気をかもし出しているランプで、
こすれば、今にも煙とともに
ランプの精が出てくるような いでたちだ。

男は、別に骨董品集めが趣味なわけではない。

知り合いにいくらかのお金を貸していたのだが、
その知り合いが

「すまないが、お金を用意することはできなかった。
その代わりと言ってはなんだが、
私の一番の宝物を預けておくよ」

と、男のもとに持ってきたのが、このランプだった。

男が断ろうとするよりも早く、
借金をした知り合いは、そそくさと帰って行ってしまい、
男は今、ランプをもてあましている、という状況だった。

「さて、困ったな。
借金の代わりに、こんなものを渡されてもしょうがない」

男はランプを手にしながら、つぶやいた。

しかし、見れば見るほど、
おとぎ話に出てくるランプに見えてくる。

男はアンティークのことは
まるで分らなかったがランプからは
不思議な魅力を感じた。

そこで、男は一人の部屋の中で

「ランプの精よ、出てこい」

と、ランプをこすってみた。

男はランプをこすった後、

「我ながら、ばかばかしい」

と思ったが、その次の瞬間。

ランプから煙がもくもくと湧き出て、
男の目の前に、大きな体の魔人が現れた。

男が驚いている間もなく、
ランプの精は、男に話し始めた。

「ふぅ、久しぶりにランプから出していただき
ありがとうございます。
あなたに、お礼をしたいと思います」

男は、あまりに突然の出来事に我を忘れていたが、
しばらく経ったあと、

「まさか、本当にランプの精が現れるとはな。
、、、ランプの精ということは、願い事を3つ叶えてくれる、
というわけか?」

と、ランプの精に話しかけた。

魔人は、ちょっと困ったような顔をした後、
男に向かって、こう言った。

「願いをかなえる、と言えば、かなえます。
ただ、私がかなえられる願いは1つだけですし、
できることも限られています」

男が、

「ほう、おとぎ話とは違うのだな。
たしかに、3つの願いというのは、気前が良すぎるというものだ。
で、どんな願いをかなえてくれるのだ?」

と言うと、魔人は

「私は、あなたの願うことを、
消して差し上げることができます」

と答えた。

「消す?」

「そうです。
私は、あなたの前にお金や美女を出したりすることは
できません。
その代わり、あなたが今持っているものを
なくすことができます」

男は、訳が分からないという顔で魔人に詰め寄った。

「なんだって?
今、私が持っているものをなくす?
それの、どこがお礼になるんだ?」

「いえいえ、使い方によってはとても便利なものですよ。
あなたが持っているもので、邪魔だったり
不都合なものはありませんか?
それを、一切、あなたの目の前から消せるのですから」

魔人は悪びれることもなく男に言い、

「さて、何をなくしましょう?」

と、聞いた。

男は、ふむ、と腕を組んだ。

「なるほど、おとぎ話に出てくるランプの精が
プラスの精だとすると、お前はさしずめ
マイナスの精、という訳か。
しかし、たしかに使いようによっては
面白いかもしれないな」

魔人は満足げにうなずいた。

「そうでしょう。
では、何をなくしましょうか?
あなたの持っているお金をなくすこともできますよ」

魔人の提案に、男はびっくりして
かぶりを振った。

「とんでもない!お金を失うなんて!」

「では、あなたの家を消しましょうか?」

「なんで、家を失わなければならないんだ!」

「では、あなたの思い出の品の数々を
一瞬にして消して見せましょうか?」

男は、魔人が次々と言うことに呆れながらも、
ふと思いついた。

「まてよ、、、今、思い出の品を消す、と言ったが、
思い出そのもの、記憶を消すということもできるのか?」

魔人は、当たり前のようにこう言った。

「もちろん、できますよ。
あなたが忘れたい記憶、それをあなたから
一切なくしてしまうこともできます」

男は、そうか。と魔人に答え、

「そうか、、、そうか、、、それなら、、、、」

と、男は、過去にあったある一つの悲しい思い出を
ランプの精に語った。

いつまでも忘れることのできない、ひとつの思い出。

それを思い出すたびに、男の胸を締め付け続ける
たった一つのエピソード。

ランプの精は、その話を聞くと、ゆっくりとうなづいて

「かしこまりました。
では、あなたから、その思い出のうち、
苦しい思い出だけをなくしてさしあげます」

と言ってから、一言ふた言呪文を唱えた。

男は外見上は何も変わらなかったが、
心なしか、晴れやかな顔になっていた。

「たしかに、あなたの記憶のひとつをなくしました。
では、私はこれで」

ランプの精はそう言うと、ランプから完全に抜け出し
大空へと飛んで行った。

ランプの精は、自由になってから
独り言をつぶやいた。

「いつの時代でも同じだな。
お金、家、美女、、、
人は、目に見えるものを欲しがる。

 そして、なくしたいものは?と聞くと、
たいていは、つらい思い出、執着にいきつく。

 目に見えるものを欲しがり、
目に見えないものを手放したがる。

 いつかは、目に見えるものも
目に見えないものも、消え去るものなのに」

空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク