スポンサーリンク

『空を飛ぶために』

分娩室の扉の向こうから、元気な泣き声が聞こえてきた。
 
 
「今日から、お兄ちゃんだな」
 
 
父親に肩をポンと叩かれながら言われると、
少年は父と一緒に、母ときょうだいの待つ分娩室へと
入って行った。
 
 
「元気な、男の子ですよ」
 
 
母親に抱かれた、まだ目も開いていない小さな生命は
力の限りの声で、その存在を示していた。
 
 
少年は、今日から出来た「弟」という存在に、
とまどいながらも、愛しさを感じた。
 
 
「これから、どうぞよろしくね」
 
 
 
 
 
 
 
退院の日、母はクリニックの先生から
1枚の記録チップを手渡された。
 
 
「とっても才能に恵まれたお子さんですよ。
 特に、科学的な論理思考は、
 一般の数値を大幅に上回っています」
 
 
 
 
現在は、遺伝子情報の解析が進み、
生まれてすぐにその子の「才能」が分かるようになっていた。
 
 
足が早くなるか?運動オンチか?
 
文系に強いか?理系に強いか?特に何も特徴がないか?
  
 
多くの情報が親に手渡され、子育ての参考にされる。
 
 
 

この遺伝子情報のデータ化は、
  
 
「生まれによる差別を生む」
 
 
と言った声もある一方で、進学や就職の際に
「任意」という名目で、ほぼ強制的に履歴書に
遺伝情報を添えて出すのが当たり前となっている状況なので、
どの親も、
 
「我が子の遺伝子は、どうなのだろう?」
 
というのは、どうしても気になってしまうところだった。
 
 
 
 
とりたてて抜きんでた遺伝子を持っていなかった
兄となった少年は、先生の言葉を聞き、
 
 
「へぇ~、いいなぁ~」
 
 
と羨ましさを口に出した。
 
 
  
 
母は、少年の頭をゆっくりとなでながら微笑み、
先生に感謝の言葉を述べつつ、
 
 
「この子が、楽しいと思ってくれることをやってくれれば
 それが一番です」
 
 
と、笑顔でクリニックを後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
兄弟は、すくすくと育っていった。
 
 
もちろん、時にはケンカをすることもあったが、
同じ家庭で同じ時を過ごし、
同じような環境の中で、大きくなっていった。
 
 
 
 
そんなある日、兄弟は二人並んで映画を見ていた。
 
 
そこには、たくさんの子供たちが
大空に浮かんで、ボール遊びをしている映像が流れていた。
 
 
 
弟は、映画を見終わると
 
 
「あーあ、なんか退屈な映画だったね、お兄ちゃん」
  
 
と、自分の感想を兄に伝えた。
 
 
 
 
しかし、兄の方は、まったく違う反応を示した。
 
 
「えー!?すごかったじゃない!
 大空でボール遊びだよ!?やってみたい!
 
 あんな風に、自由に空を飛び回れたりしたら
 きっと楽しいと思うんだよね!」
 
 
弟は兄の興奮した様子を見ると、
淡々とした表情で、
 
 
「でも、背中に小型ジェットエンジン積んで
 空を飛べるのは、あるみたいじゃない。
 
 大きくなったら、それで空を飛んでみれば?
 
 飛行機だってあるし」
 
 
と、やや呆れながら兄に伝えた。
 
 
 
 
 
しかし、兄の興奮は収まらない。
 
 
「いや、違うんだよ!
 ジェットエンジンとか、飛行機に乗るとか
 そういうんじゃなくて、空を自由に散歩したいんだ」
 
 
兄は弟を見ながら、最後にこう言った。
 
 
「よし!ぼく、大きくなったら
 空を自由に散歩できるようになるぞ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
弟は、兄が「空を自由に散歩したい」と言ったのは、
単なるその時の思いつきの夢だと思っていた。
 
 
 
しかし、違っていた。
 
 
兄は大学を決める際、
 
 
「将来、反重力装置を開発できる知識が学べるところ」
 
 
という候補にしぼり、その理由として
 
 
「空を自由に散歩してみたいから」
 
 
と、堂々と願書に書いた。
 
 
 
遺伝子的に科学的論理思考に長けている弟からすると
兄の行動は、まったくわけがわからない。
 
 
案の定、本人の遺伝情報と共に出される兄の願書は、
一次審査で落ち続け、兄は大学に入ることはできなかった。
 
 
他の専攻の大学ならば入れたかもしれないが、
兄にとっては、科学者になれない大学に意味はなかった。
 
 
 
兄はそこで
 
 
「じゃあ仕方ない。
 科学を仕事にしながら、反重力装置を開発し続けていこう」
 
 
と考え、就職活動をはじめた。
 
 
そこでも遺伝子的に特に優れた才能を持っていない兄は苦戦をしたが、
なんとか中小の企業の研究員としての生活が始まった。
 
 
 
 
兄は、仕事で研究員として働くかたわら、
手さぐりで反重力装置の開発に着手し始めた。
 
 
 
「いつか、空を自由に飛んでみたい」
 
 
 
ただ、それだけを夢に思い描きながら。
 
 

 
 
 
 
数年後、弟も大学進学か、それとも就職をする、
という年齢になった。
 
 
  
弟は、自分が遺伝子的に科学を専攻するのがいい、
ということは知っていたものの、特に科学には興味がなかった。
 
 
ただ、
 
 
「まぁ、数年間大学で遊ぶのもいいだろう」
 
 
と思い、推薦を受けた大学のひとつから
適当な大学に入って数年間を過ごすことにした。
 
 
 
弟は、特にこれと言って、やりたいと思えることはなかった。
 
努力らしい努力をする前に、だいたいの事が出来てしまったので
何かに情熱を持つ、ということがなかった。
 
 
だから余計に、というわけではないかもしれないが、 
弟は、明らかに才能がないとわかっているのに頑張る兄に
もどかしさを感じつつも、それ以上に、
情熱を地で行く兄を尊敬していた。
 
 
 
 
 
弟が大学で遊んで過ごしている間も、
兄の夢への道は続いていた。
 
ただ、その道は、困難を極めていた。
 
 
もともと論理思考に優れているわけでもなく、
最新の学問を学んでいるわけでもない。
 
 
そんな兄が出来ること。
 
それは、今までに試していないことをやってみる。
そして、また失敗する。
何度でも繰り返す。それだけだった。
 
 
 
 
弟は、大学が夏休みになると、
兄の1人暮らしの部屋に遊びに行った。
 
 
「よぉ、兄貴!
 まだ飽きもせずにオモチャ作ってるのか?」
 
 
弟の言葉は乱暴だったが、そこには長年夢を追い続ける
兄への敬意と愛がこもっていた。
 
 
「あはは、そう簡単には行かないよなー」
 
 
と笑顔で弟を迎えると、足の踏み場もないほど
様々な部品が散乱している部屋の奥へと案内した。
 
 
 
 
兄弟は、しばらく近況を報告し合っていたが、
弟は不意に、
 
 
「ちょっと、兄貴の研究データ、見せてよ」
 
 
と言いだした。
 
 
 
兄は少し恥ずかしそうにしながらも、
今までの研究データを見せてみた。
 
 
 
弟は、渡されたデータをモニターに開くと、
言葉を失った。
 
 
「なに・・・?この量・・・?」
 
 
弟は、兄の作った研究データの
圧倒的なボリュームに威圧された。
 
 
 
決して理路整然とはしていない。
 
無駄で、同じような失敗を何回もしている。
 
 
それでも、兄の情熱がなければ、ここまで積み上げることはできない、
相当な量の「失敗の歴史」「ガラクタの歴史」だった。
 
 
 
弟は、すべてのデータを時間をかけて見終わると、
兄に淡々とした口調で話をした。
 
 
「データを整理して考えると、
 兄貴の失敗は32種類に分類できる。
 
 そして、その失敗を組み合わせると、
 まだ兄貴が試していないアプローチが7種類浮かび上がる。
 
 もし、反重力装置が本当に生み出されるとしたら、
 たぶんこの7種類のアプローチからやってみるのがいいと思う」
 
 
弟はモニターに図を描きながら、
兄に説明をした。
 
 
 
それを聞くと、兄は
 
 
「あー、そうかー!さすがだなぁ!
 お兄ちゃん、全然思いつかなかったわー」
 
 
と、弟へ満面の笑顔を返した。
 
 
 
弟は、無邪気に笑う兄を見ながら、
兄にこう伝えた。
 
 
「まったく、兄貴だけじゃ
 何年かかっても完成しないよ。
 
 仕方ないなぁ。
 
 俺も、片手間に手伝ってやるよ。
 バカ兄貴を持つと、苦労するぜ」
 
 
 
兄は、憎まれ口を叩きながらも応援を申し出た弟と
かたく手を握り合った。
 
 
 
 
 
 
それから。
 
 
 
 
 
二人は、反重力装置の実現に向かい、
それまで以上に情熱を燃やし始めた。
 
 
二人の役割は、明確だった。
 
 
兄は、とにかく膨大なトライ&エラーを繰り返す。
 
 
論理的思考も、科学の才能もない兄は、
 
 
「いつか空を自由に飛べる」
 
 
という思いを胸に、考え得るすべての可能性を
しらみつぶしに試してゆく。
 
 
 
 
 
弟は、兄の試した膨大なテストを整理し、
無駄を排除し、次のアプローチを提供する。
 
遺伝子的に優れた思考能力を持つ弟にとって、
兄の無駄ばかりに見える行動には、時にいらだちを覚えたが、
兄の情熱に助けられることも、しばしばあった。
 
 
 
 
弟は兄に言う。
 
 
「ここ、計算式が間違っている」
 
「それ、2週間前に同じことやって失敗した」
 
「兄貴、ホントどんくさいなぁ」
 
 
 
兄は、弟に訴える。
 
 
「絶対できるって!」
 
「環境問題とか、エネルギー問題とか、人口問題とか、
 そんなことより、空だよ!空!!」
 
「おまえ、本当に頭いいなぁ」
 
 
 
 
弟は、兄が途方に暮れると、
次の一手を兄に提供し、
 
 
兄は、弟が目的を見失うと、
弟のハートに火をつけなおした。
 
 
 
 
同じようなことの繰り返しに見える毎日を
何年も、何年も、何年も繰り返し、
二人は、夢の装置の完成に、少しずつ、
でも確実に近づいて行った。
 
 
反重力装置の試作品を作り、
 
さらにそれを小型化し、
 
人が頭で考えただけで加速と停止、方向転換ができる
方法を模索し続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
そして。
 
 
 
 
 
 
 
「本日は、人が自由に空を飛びまわれるという、
 反重力装置を完成させたお二人に来ていただきました」
 
 
兄弟が登場すると、まばゆいばかりにフラッシュがたかれ、
自由に空を飛べる反重力装置を一目見ようと、
たくさんの人だかりが二人を囲んだ。
 
 
兄弟が目を向けると、近くに設置されたブースでは
すでにたくさんの子供たちが、自由に空を飛び回って
キャッキャと遊んでいる姿があった。
 
 
インタビュアーの1人が、兄弟にマイクを向けた。
 
 
「今回の発明、どちらが主となって完成させたんですか?
 噂では、弟さんの恵まれた遺伝子が、
 完成に大きく貢献されたと聞いていますが?
 
 
二人はインタビュアーの質問に微笑みあった後、
まず弟が答えた。
 
 
「その噂は、嘘ですね。
 優れた遺伝子なんて、発明には単なるおまけです。
 
 どんなに優れた遺伝子を持っていても、
 それを発揮することができるのは、
 何かを叶えたいと思った時だけです。
 
 どんなに優れた発明家も、
 夢そのものは、発明できません」
 
 
 
 
兄は、マイクを弟から受け取ると、こう話した。
 
 
「どんな夢も、情熱も、
 それだけでは実を結びません。
 
 でも、自分に才能がなくても、恵まれていなくても、
 夢を叶えることはできると思います。
 
 夢を一緒に叶えてくれた弟に、心から感謝をしています」
 
 
 
 
 
インタビュアーは、最後に二人にこう質問した。
 
 
「ところで、この反重力装置の名前は
 何と言うのですか?」
 
 
兄弟は、「そう言えば、考えていなかったな」と
顔を見合わせると、一呼吸おいて別々の名前を口にした。
 
 
 
 
兄は、弟の名前を冠した名を口にした。
 
 
弟は、兄の名前を冠した名を口にした。
 
 
 
 
 
 
空には、たくさんの子供たちが
いつまでも飽きることなく自由に遊び、飛び回っていた。
 
 
 

 

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク