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『人間界に降りるまで』

「では、はじめて人間界へ降りるあなたに、
 人間界のご利用方法について、ご説明します」
 
そう言うと、天使は男に「よく聞いてくださいね」と
確認をした。
 
 
 
そう、ここは天界。
 
男は天界の生活に飽き飽きしていた。
 
 
特に何が起こるわけでもない。
 
ずーっと同じような、日々。
 
これが人間界でいうところの「平和」なのかもしれないが、
あまりに何も起こらなくて、つまらない。
 
 
 
聞くところによると、
 
人間界では「食べる」という行為があるらしい。
 
感情が高ぶるようなエキサイティングな体験もできるらしいし、
 
なにやら「恋」というものもできるらしい。
 
 
また、「トラブル」とか「争い」というものまで
体験できるそうじゃないか!
 
 
 
どんなものなのかは知らないが、
聞いただけでワクワクする。
 
 
ぜひ、自分も実体験をしてみたい!
 
と思って、申し込みが殺到している中で、
やっと順番が回ってきたのだ。
 
 
 
 
 
「待った甲斐があったなぁ」
 
 
と、男が感慨にふけっていると、
天使が男に説明をし始めた。
 
 
 
「では、まず人間界で生まれる地域を選んでください。
 発展途上国と言われている地域は、
 たくさんの経験ができるので人気爆発してますが、
 
 先進国といわれる地域も、面白い体験が出来ますよ」
 
 
 
男は天使の説明を聞きながら、
 
「先進国へ送り出すキャンペーンでもやってるのかな?」
 
と思いながらも、「じゃあ先進国で」と天使に告げた。
 
 
 
「ありがとうございます。では次に
 生まれる環境をお選びください。
 
 裕福な家庭に生まれるコースは、
 “難易度が低い”と、選ぶ方が少ないですね。
 
 せっかく人間界を体験できるなら、
 ある程度難易度が高いコースが良いと
 思う方が多いみたいです」
 
 
天使は説明を続け、
 
 
「最終的には、バランスの良い中流家庭を
 選ばれる方が多いみたいです。
 
 中には、“成り上がり”というものを経験したい、と
 極貧コースを選ぶ方もいらっしゃいますが」
 
 
と補足した。
 
 
 
男は天使の説明を受け、中流家庭コースを選んだ。
 
 

天使は、男に笑顔を向けると、
男を大きな天秤の前に進むように
うながした。
 
 
そこには、大きな天秤と、
大小様々な、たくさんのピンク色と黒のブロックが
置いてあった。
 
 
良く見ると天秤の皿には、ゼロから数字が刻まれている。
 
全部で100以上の数字が刻まれているようだ。
 
 
 
天使は、男に説明をする。
  
 
「では、最後に人間界でのイベントをお選びください。
 
 たくさんのイベントを選ぶことが出来ますが、
 大きくは“幸せイベント”と“辛いイベント”に
 分かれます。
 
 “幸せイベント”は、ピンク色のブロック。
 “辛いイベント”は、黒のブロックです。
 
 “幸せイベント”を体験したい場合は、天秤の右の皿に
 ピンク色のブロックを置いてください。
 
 “辛いイベント”は、左の皿です。
 
  
 左右の皿には、数字が刻まれていますので、
 どんな年齢で、どのイベントを体験するかも決められます」
 
 
天使は慣れた口調で説明し、
男に「ここまではわかりますね?」と
確認をして、続きを話し始めた。
  
  
「さて。ここからが大切です。
 
 どんなイベントを、いくつでも選んで構いませんが、
 一つだけ約束ごとがあります。
 
 それは、全生涯を通じて、
 “幸せイベント”と“辛いイベント”で
 天秤のバランスを取らなければいけません。
 
 大きな“幸せイベント”を体験したい場合は、
 その分“辛いイベント”も乗せないと
 バランスが取れなくなるので、気をつけてくださいね。
 
 また、すべてのイベントが終了した時点で
 戻ってくるルールとなっています。
 
 イベントを少ししか選ばないと、
 あっという間に天界に帰ってくるか、
 退屈な人間会体験になりますよ」
 
 
天使はここまで説明すると、
男に「では、天秤にイベントを乗せてください」
と、うながした。
 
 
 
 
男は
 
「なるほど、面白いぞ!」
 
とワクワクしながらブロックを選び始めた。
 
 
天使は「バランスを取らないといけない」みたいに
言っていたが、そもそも、せっかく人間界に行くんだから
いろんな体験をしてみたい。
 
 
この「親になぐられる」ブロックなんて、
黒い色だけれど、おもしろそうじゃないか!
 
 
他にも「破産」とか「長期入院」なんていうブロックも
なんか面白そうだな。
 
 
 
ただ、そう言えば、以前人間界に行ったことがある人が
 
「天界に居るとわからないけれど“辛いブロック”を
 集中させ過ぎると、途中で天界に帰りたくなるから
 気をつけた方がいいよ」
 
と言っていたな。
 
 
 
まぁ、先輩のアドバイスは
きちんと聞いておくことにしよう。
 
 
 
 
 
人生の最初の方と最後の方は、
できれば“幸せブロック”で充実させた方がいいよな。
 
となると、
“辛いブロック”は、どうしても
人生の真ん中らへんに集中するな。
 
 
でも、たぶん、なんとかなるんだろう。
 
 
この「人との出会い」ブロックは
たくさんある方が面白そうだ。
 
その分「人との別れ」ブロックが増えるのは
しょうがない。
 
 
 
「恋」も、経験してみたいな。
 
そのぶんは、「失恋」っていうブロックでバランスを取ろう。
 
 
 
「巨額の富」って、やたらを大きいブロックだけれど、
自分が使いきれない冨を持つために、
 
大量の“辛いブロック”を積み上げるなんて
バカバカしいな。
 
 
「冨」は、ほどほどでいいや。
 
 
 
だんだんと置くスペースが限られてきたぞ。
 
この辺に「家族との絆」を入れて、
バランスとるために「病気」でも入れておくか。
 
 
 
 
まぁ、今回の人間会体験は、
これくらいのブロックでいいかな。
 
だいたい80年くらいか。
 
まぁ、そんなもんでいいかな。
 
 
これ以上は、小さいブロックしか置けそうにないし。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「これでいいです」
 
 
男はピンクと黒のブロックを積み上げてから
天使に告げた。
 
 
天使は、天秤がバランスをとっているのを軽く確認すると
 
 
「はい。ではこれで準備完了です。
 
 人間界に降りると、天界での記憶や
 どこにどんなイベントを置いたのかは
 すっかり忘れてしまいます。
 
 では、素敵な人間界ライフをお楽しみください」
 
 
と男に告げた。
 
 
 
天使の言葉が終わるか終らないかのうちに、
男の目の前は真っ白になり、
人間界への旅が始まった。
 
 
 
 ・
 ・
 ・
 
 
ここは日本。
 
ある男が、つぶやいていた。
 
 
「あーあ、なんで最近、いいことがないんだろう?
 ちょっと前までは、色々楽しいことが
 起こっていたのになぁ・・・」
 

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