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『サイレント・ナイト』

トナカイは、不機嫌だった。
 
 
毎年、この日になると、
ご主人様は世界中の人たちの家をまわる。
 
 
一軒一軒、ひとりひとり、
ていねいにまわる。
 
 
 
ご主人様は、
この日のためにたっぷり時間を取れるように、
神様に、 
 
 
「私の1年のうち、364日を貯めさせてください。
 この日1日のために、私の時間を使わせてください」
 
 
と、毎年頼んで、この日以外の時間を
すべて神様に捧げてしまっている。
 
 
 
神様も、ご主人様の気持ちに応えるために、
ご主人様が「仕事」を終えるまで、
ちょっぴりオマケをして、夜を明けさせないでいてくれる。
 
 
 
だから、神様に文句はない。
 
 
もちろん、ご主人様がどんな風に時間を使おうと文句はないし、
私がそりを引くのだって、むしろ嬉しいくらいだ。
 
 
 
 
 
 
 
でも、ひとつだけ不満がある。
 
 
 
なんでご主人様は、世界中の人々の前に
姿を現さないのだろう?
 
 
 
なんで人々が寝静まった後、
誰にも姿を見せないまま、プレゼントを配るのだろう?
 
 
 
 
 
 
 
世界中の人々は、ご主人様の恩恵を受けている。
 
 
 
 
子供たちは、ご主人様が自分の家に来るのかと
ワクワク目を輝かせながら、いつのまにか寝息をたててしまう。
 
 
 
大人たちだって、恋人同士は寄り添い、
家族は温かいひと時を過ごす。
 
 
 
大人たちの中には、ご主人様を勝手に使って、
ひと儲けする人たちだっている。
 
 
 
みんなみんな、ご主人様が実際にいるから
幸せな時を過ごせるのに、
 
 
「ああ、あれは絵本の世界だけの話さ」
 
 
なんて、知ったかぶりをする人さえいる。
 
 
 
 
なんで、ご主人様はそんな勝手なことを言われ続けているのに、
毎年ニコニコしながら、家々を巡るのだろう?
 
 
 
一度でいいから、
 
「私が本人です。私は実在します」
 
と、堂々と人々の目の前に出てやればいいのに!
 
 
 
 
 
少しだけふてくされている私の気持ちを知ってか知らずか、
ご主人様は毎年恒例の真っ赤なコスチュームを着て、
私をそりにつなぐ。
 
 
 
「よし、じゃあ、今年も一緒に行こうか。
 一日大変だけど、よろしくたのむぞ」
 
 
 
 
 
 
 
ご主人様は、1軒1軒、気づかれないように家を回る。
 
 
ご主人様は、子供たちの寝室に静かに入り、
かわいい寝顔に微笑みながら、
大きな袋からプレゼントを贈る。
 
 
 
大人たちにも、老人たちにも
大きな袋からプレゼントを出し、枕元に置いていく。
 
 
 
 
ご主人様から見れば、
今、どんな大人になっていても、老人になっていても、
小さな子供のころから成長を見続けている、
 
「かわいい息子、娘たち」
 
だ。
 
 
 
分け隔てなく、プレゼントを配っていく。
 
 
 
 
 
ご主人様が配っているプレゼントは、
人々の目には見えない。
 
 
 
ご主人様が世界中の人々に配っているプレゼントは、
おもちゃや、アクセサリーではない。
もっと、大切なものだ。
 
 
 
いつの間にか、ご主人様が配っているプレゼントは
「モノ」だと思われるようになったけれど、
今も昔も、ご主人様は「モノ」なんかを贈ったりはしない。
 
 
 
 
「モノ」だったら、どんなに大きな袋を用意しても、
世界中の人々の分は、入らないじゃないか!
 
 
 
ご主人様の贈るプレゼントは「モノ」じゃなく、
もっと素敵なんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
今年も順調に、人々にプレゼントが配られて行く。
 
 
あと数十軒にプレゼントを贈れば、
ご主人様の仕事も終わる。
 
 
 
「もう少しだ。
 今年も、ご苦労だった。ありがとう」
 
 
 
ご主人様は、そりを引く私に
いつも優しいねぎらいの言葉をかけてくれる。
 
 
 
 
私は、そんな言葉をかけてくれなくても
ご主人様と一緒にいられるだけで、幸せだ。
 
 
でも、
 
 
今年こそは、ご主人様に聞いてみよう。
 
 
 
 
「ご主人様、こちらこそありがとうございます。
 
 でも、なんでご主人様は、人々の前に
 姿を現さないのですか?
 
 人々は、もっとご主人様に感謝しても良いんじゃないかと
 常々思っているのですが。。。」
 
 
 
 
 
 
ご主人様は、ちょっと驚いたような表情をすると、
すぐにいつもの温かい笑顔を向けて、話し出した。
 
 
「そうかそうか。
 そんな風に思ってくれていたのか、ありがとうよ。
 
 ところで、私たちが人々に配っているものが何なのか?
 それは分かっているよな?」
 
 
 
私は、
 
 
「もちろん、分かっています。
 おもちゃや、アクセサリーよりも、もっともっと
 大切なもの。
 
 人々がどんなに年を重ねても、
 忘れてはいけないものを、1年に一度贈り続けています。
 
 
 ご主人様が人々に配っているのは、
 
 
 “奇跡を信じる心”
 
 
 ですよね?」
 
 
と、答えた。
 
 
 
ご主人様は満足げに微笑んだ。
 
 
 
「そう。その通りだ。
 “奇跡を信じる心”を、私たちは届けている」
 
 
 
そして、
 
 
「“信じる心”は、何もないところから生まれてくる。
 何もない、それでも信じるから、尊いんだ。
 
 それなのに、私が姿を現してしまったら、
 せっかくのプレゼントが台無しだ。
 
 そうは思わないかね?」
 
 
と、私に向かってウインクしながら答えた。
 
 
 
 
静寂の夜空を、そりは走り続ける。
 
そして、もうすぐ夜が明けて、
今日の奇跡が始まる。
 
 

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