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『ともだち』

「ほら、前から欲しがっていただろう?
 ちゃんと世話をするんだぞ」
 
 
少年は、父親が抱いて帰ってきた
まだまだ小さな子犬を見て、パッと目を輝かせた。
 
 
子犬は、小さなかごの中で、
静かに寝息を立てている。
 
 
 
少年は子犬がびっくりして起きないように
父親に、
 
 
「うん!ぼく、一生懸命おせわするよ!」
 
 
と笑顔を向けた。
 
 
 
 
父親は優しく微笑むと、
少年に首輪とヘッドフォンのセットを手渡した。
 
 
「よしよし。たくさんおしゃべりするんだぞ」
 
 
父親はそう言いながら、
静かに子犬の入ったかごを置いて、
部屋の奥へと歩いて行った。
 
 
 
 
少年は、手渡された首輪とヘッドセット、
そして子犬を交互に見ながら、
まだ寝ている子犬に語りかけた。
 
 
「これから、いっぱいおはなししようね」
 
 
       ・
 
       ・
 
       ・
 
 
  
「アニマル・コミュニケーター」。
 
 
いわゆる動物と会話が出来る装置の研究は
昔から積極的に行われてきた。
 
 
以前は、単純な感情のやりとりしかできない
おもちゃレベルのものしかなかったが、
現在はかなり高度な会話を交わすことができるようになっている。
 
 
 
特に、動物の中でも大型犬との会話は相当研究が進み、
成長した犬ならば、人間の3歳程度が理解できる会話ならば、
たいがいの意志疎通ができる装置も量産化に成功している。
 
 
 
そのため、今では犬を飼う人のほとんどが
「ドッグ・コミュニケーター」を購入し
会話を楽しむことを選ぶ。
 
 
 
少年の父親も、
 
「せっかく犬を飼うなら」
 
と、一緒に「ドッグ・コミュニケーター」を買ったのは
ごく自然と言えるだろう。
 
 
 
 
 
少年は、次の日から、子犬に
「ドッグ・コミュニケーター」の首輪をつけ、
自分はヘッドセットを装着し、子犬との会話を楽しみ始めた。
 
 
「ほら、キミの名前は、タロだよ」
 
「お腹すいた?ほら、ごはんだよ」
 
「タロ、公園に行こう!」
 
 
はじめは、たどたどしい返事しか帰ってこなかったが、
毎日一緒に過ごしているうちに、
タロは、どんどんと少年の言葉を理解していった。
 
 
そして、タロの吠える声も、
「ドッグ・コミュニケーター」を通じて
様々な感情や意志を伝え始める。
 
 
 
「ボク、ボールであそびたい」
 
「チョット、さむいな」
 
「ダイスキだよ」
 
 
 
少年は、タロとの友情を育もうとし、
タロは、その少年の気持ちに答えるかのように成長して行った。
 
 
 
 
少年が大きな子供たちにいじめられると、
タロは吠えて子供たちを追い払い、
 
 
「ダイジョウブ?」
 
 
となぐさめる。
 
 
 
タロの元気がありあまって
泥だらけになってしまった時には、
少年は笑いながら一緒にお風呂に入る。
 
 
「気持ちいい?」
 
 
と少年がたずねれば、タロは
 
 
「アリガト。きもちいい」
 
 
とコミュニケートする。
 
 
 
少年とタロは、いつも一緒にいる
大の親友同士となっていった。
 
 
 
 
 
 
 
ある日の家族でのピクニックでも、
もちろんタロは一緒だ。
 
 
タロのいないピクニックなんて、
少年には考えられない。
 
 
 
「あまり遠くに行かないでね」
 
 
両親が声をかけても、
 
 
「大丈夫、だってタロと一緒だから」
 
 
と、少年は答えて、
 
 
「よし、タロ!あの森までかけっこしよう!」
 
 
「ヨシ、マケないぞ!」
 
 
と、すぐに遊びに夢中になっていった。
 
 
 
 
 
 
タロと森の中を走ってゆく。
 
 
どこがゴールかなんて、はじめから決めていない。
 
少年とタロが疲れて、走れなくなったところがゴールだ。
 
 
 
森の奥へ、奥へ。
 
 
そして、とうとう少年が走り続けられなくなり、
地面に大の字になって倒れ込んだ。
 
 
タロは、少年の顔をなめる。
 
 
「あははっ!タロは速いなぁ」
 
 
息をはずませながら、大笑いをする。
 
 
 
 
 
そこに。
 
 
 
 
一筋の稲光が瞬き、
あたりを急激に薄暗くさせてゆく。
 
 
ひと粒の雨が少年の頬に当たったかと思うと、
雨雲は、森に無数の雨粒を降り注ぎ始めた。
 
 
 
「うわぁ、夕立だ!タロ、急いで戻ろう」
 
 
少年は飛び起きると、大雨の中、今来た道を
戻り始めようとした。ところが、
 
 
 
「・・・あれ?
 ぼくたち、どっちから来たんだっけ?」
 
 
 
少年は、来た道を思い出そうとした。
 
しかし、同じような森の道を進めば進むほど、
どちらの道から来たのか、わからなくなっていってしまった。
 
 
タロも、成長しているとはいえ
まだまだ子犬。
 
雨でかき消された匂いをたどることは
出来なくなってしまっていた。
 
 
 
 
夕立はすぐに止んだものの、
帰る道は、ますます分からなくなっていた。
 
 
日は暮れてゆき、
森はしだいに暗くなってゆく。
 
 
少年の心にも、不安の影が忍び寄ってくる。
 
 
 
「タロ・・・これからぼくたち
 どうなっちゃうんだろう・・・?」
 
 
タロも少年の不安そうな顔をのぞきこんで
寂しそうに喉をならす。
 
 
 
「ダ・・・イ・・ジョ・・」
 
 
 
コミュニケーターから発せられる音声が
とぎれとぎれになってゆく。
 
 
先ほどの雨のせいなのか、
それともどこかにぶつけてしまったのか。
 
 
タロと少年を繋ぐ「ドッグ・コミュニケーター」が
壊れてしまった。
 
 
 
「そんな・・・
 なんでこんな時に限って・・・」
 
 
少年は、道に迷った不安と、
唯一の心の支えであるタロとの
コミュニケーション手段を失った事とで、
とうとう泣きだした。
 
 
 
タロは、そんな少年を見て、
心配そうに顔をのぞきこむ。
 
 
でも、コミュニケーターからは
いつもの声は聞こえなかった。
 
 
 
 
 
少年はずっと泣いていたが、
今までの疲労のピークを迎え、いつの間にか
眠り込んでしまった。
 
 
 
 
 
少年が起きると、あたりは真っ暗闇になっていた。
 
 
空を見上げると、木と木の間から
月明かりが見える。
 
 
 
泣きながら寝てしまった事で
多少落ち着きを取り戻した少年は、
 
 
「ああ、もう完全に夜になっちゃったんだな。
 お父さん、お母さん、心配しているだろうなぁ」
 
 
とつぶやくと、
少年のそばを片時も離れずにいたタロの頭をなでる。
 
 
「タロ、お前もお腹すいただろ?
 ごめんね。ぼくのせいで・・・」
 
 
タロは、寂しい声を出しながらも、
少年の顔をなめた。
 
 
 
少年はタロを優しい眼差しでみつめていると
ふと、あることに気がついた。
 
 
 
 
「そういえば・・・」
 
 
少年は思い返す。
 
タロのなき声を、そのまま聞いたのは、
どれくらいぶりだろう?
 
 
いつもヘッドセットを通して、
タロのものではない、人工の音声を聞いていた。
 
 
 
今、久しぶりに。
いや、初めてタロの「本当の声」を
聞いているのかもしれない。
 
 
 
 
「ドッグ・コミュニケーター」が壊れて
不安になってはいるけれど、
タロはずっとここにいるじゃないか。
 
 
 
タロにとっては、何も変わらない。
 
 
ぼくが、ちゃんとタロを分かってあげられれば
いいだけだ。
 
 
 
 
よし、と少年はタロに向き直ると

 
「タロ、今日はもう遅い。
 こんな夜中に、森を歩きまわっても危ないだけだし、
 せっかくだから、タロといっぱいおしゃべりして過ごそう?」
 
 
と、「ドッグ・コミュニケーター」を使わずに
タロに語りかけてみた。
 
 
 
タロは、しっぽを振って応える。
 
 
 
「ありがと。じゃあ、何から話そっか?」
 
 
 
月明かりが、少年とタロを照らし出す。
 
ときおり、風が木々をゆらす。風の音が聞こえる。
 
虫の音も、遠くから聞こえる。
 
しめった木の葉が、少年の体温で
じんわりと温かくなる。
 
 
 
 
少年は、タロを見る。
 
 
しっぽをふる。
 
目を輝かせる。
 
時に吠え、時に寂しそうに喉をならす。
 
毛触りを感じる。
 
タロの体温を感じる。
 
タロのにおいを嗅ぐ。
 
 
 
タロも、少年を見る。
 
 
 
少年とタロは、今、
自分たちが森で迷子になっていることを忘れ、
夜が更け、そして夜が明けるまで、
すっとずっと語り合った。
 
 
 
  
 
 
 
朝。
 
 
少年とタロは、森からの脱出に向かった。
 
 
少年もタロも、どちらに行けば森から出ることが出来るのか、
確信はなかった。
 
 
それでも、互いの感覚を信頼しあえている事が
お互いにわかっていた。
 
 
少年とタロは、森を進む。
 
 
 
そして。
 
 
 
「あ!いたぞ!」
 
 
 
お父さんが警官と一緒に、こっちに走ってくる。
 
その後ろからは、お母さんもだ。
 
 
 
 
 
やった!森を出られたんだ!
 
 
 
 
少年はタロを抱きしめ、
タロはしっぽをふって少年に応えた。
 
 
 
       ・
 
       ・
 
       ・
 
 
 
両親にこっぴどく叱られ、
そして泣きながら抱きしめられた数日後。
 
 
 
父親が少年に話しかける。
 
 
「そういえば、ドッグ・コミュニケーターが
 壊れてしまったらしいな。
  
 それじゃあタロと話せなくて、つまらないだろう。
 
 新しいのを、買ってやろうか?」
 
 
 
少年は首を振りながら答える。
 
 
「ううん。いらない。
 そんなものなくても、ぼくはタロとおしゃべりできるから」
 
 
 
少年はタロに
 
「よし!今日も公園に行くぞ!」
 
と言いながら走り始める。
 
 
タロも元気に少年のあとをついていく。
 
 
 
まだまだ、彼らの夏は終わりそうにない。
 
 

 

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