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執着は、手放れる。

「執着を手放そう」
「思い込みを取り外そう」
 
そんなメッセージって、いろいろな人が
書いているよね。
 
 
たしかに世の中のすべては思い込みだし、
自分にとって不要・不適・不快な執着は
さっさと手放してしまった方がいい。
 
 
でも、
 
 
「そんなん、カンタンにできたら
 苦労せんわボケェーーーーーっ!!」
 
 
みたいに思ったりもする。
 
 
 
 
ワタシは人から慕われたいし、
好きな人からは好きでいてもらいたい。
 
 
一人の時間も絶対必要だけれど、
ずっと一人だとひからびる。
 
人が離れていくのは寂しい。
 
 
執着する。
 
  
 
 
欲しいものは欲しい。
 
 
欲はとめどなくあふれ、
自分のことばかりを考えているくせに、
誰かのささいな言動に傷ついたりもする。
 
 
執着する。
 
 
 
 
でもまぁ、最近は、
 
 
「執着って、手放していけなかったとしても
 ” 手放れて ” いくものなんだなぁ」
 
 
なんて思ったりもする。
 
 
 
執着って、心のカサブタみたいなもので、
気になっていじっていると、いつまで経っても治らない。
 
 
でも、いつか自然とペロリとはがれ、
その下には傷のない自分が姿を現す。
 
 
そんなものなのだと思う。
 
 
 
だから。
 
 
執着している間は、無理に
 
 
「手放そう」
 
「忘れよう」
 
 
としないでいい。
 
 
 
 
そうじゃなくて、
 
 
「あー、執着しているんだな」
 
「こだわってるなー」
 
 
と、少し俯瞰して自分を見てみる。
 
 
そして、そんな自分を放置する。
 
 
それだけ。
 
 
 
 
 
無理に、いじらない。
 
執着していることへの
直接的なアクションを起こさない。
 
 
そのアクションは、心のカサブタを
いじってしまうようなもので、役に立たない。
 
 
執着やこだわりが、そこにあるのは認める。
 
 
それだけにとどめる。
 
 
やるなら、まったく別の何かに打ち込む。
 
 
 
 
そうしているうちに、
自然の治癒力によって
 
 
「手放れて」
 
 
ゆく。
 
 
 
 
そうそう。大丈夫だぜ?
 
 
 
新しい、傷のない自分に出会えるから。
 
 
 
 
、、、なんとなく、必要な人がいる気がして
書いてみました。笑。
 
 
 
ではでは。

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