むかしむかし、あるところに、
小さな女の子が住んでいました。
女の子は、真っ白い、
とてもピュアな心を持っていました。
その女の子は、笑いたい時に笑い、
泣きたい時に泣き、怒りたい時に怒り、
騒ぎたい時には、大騒ぎをしていました。
ある時も、とても楽しいことがあったので、
大きな声で笑い、床にゴロゴロと転がり、
そして走りまわっていました。
すると、
その姿を見かねたお母さんが、
「ちょっと!静かにして!」
「ここでは、飛び跳ねちゃダメ!」
と、怖い顔をして女の子をにらみつけました。
女の子は、
「どうして、楽しい時に
笑っちゃいけないんだろう?」
「うれしい時は、体が勝手に動いちゃうのに
なんでダメなんだろう?」
と不思議に思いました。
でも、大好きなお母さんが
怒ったり悲しんだりするのがイヤだったので、
女の子は、自分の心に
「今は、そんなに楽しくない」
という、“嘘のベール”をかぶせることにしました。
心に“嘘のベール”をかぶせると、
さっきよりちょっとだけ楽しさを感じにくくなり、
お母さんの言うとおりに、静かにしている事ができました。
また、ある時は、
「ほら!きちんと、まっすぐ歩いて!」
と言われたので、女の子は、歩いている時に
面白そうなものを見つけても、
「あれは、そんなに楽しくない」
という“嘘のベール”をもう一枚
心にまとう事で、なんとかお母さんの言いつけに
従えるようになりました。
女の子は、その後も
自分の心に“嘘のベール”を
重ねれば重ねるほど
「そうそう、いい子ね」
と言われたし、
「いい子にしていたら、あれを買ってあげる」
と言われたので、
何か心が動くたびに、一枚、また一枚と、
自分の心をベールに包んでいきました。
女の子が成長し、学校に行くようになると、
さらにたくさんの大人たちが、
女の子に要求をつきつけてきました。
「ちゃんと席に座っていて!」
「きちんと勉強して!」
「お友達をぶたない!」
「女の子は、そんなことしちゃダメ!」
衝動的にやりたいこと。
心が体を動かそうとすること。
どうしても好奇心をおさえられないこと。
そんな風に心が動くたびに、女の子は
「それほど、興味はない」
「それほど、動きたくない」
「それほど、大したものじゃない」
と、自分の心に“嘘のベール”を重ねるようにしました。
だって、そうしなかったら、
「いい子」
でいられなくなってしまう。
それが、女の子には、一番怖いことでした。
何年も、何年も、何年も。
心は、何重にもくるまれたベールの中で
眠り続けました。
自分の本当の心のかたちは、
ベールに覆い包まれたせいで、もう見ることはできません。
自分でも、何がどう楽しくて、
何がどう悲しいのか?
どんな時に体が勝手に動いていたのか?
つい歌ってしまっていたのか?
そんなことは、遠い昔に忘れてしまっていました。
ところが、ある日。
「もう少し、素直になってもいいんじゃない?」
とても仲良くしていた男の人から
女の子は言われました。
女の子は、その言葉の意味が、良く分かりませんでした。
「なぜ?
“素直になる”って、イケナイことじゃないの?
今までずっとずっと、
心で感じないように、感じないようにって
してきたのに?」
男の人は、答えます。
「素直になる、っていうのは、いいことなんだよ。
きみが本心を出していないのなんて
すぐ分かるし、それが僕には、ちょっと寂しいんだ」
そう言って、男の人は
女の子から去って行きました。
女の子は、ひどく混乱しました。
「だって、今までずっと“いい子”にしてきたじゃない!?
笑いたい時にも笑わず、泣きたい時にも泣かず、
踊りたい時にも踊らず、歌いたい時にも歌わない。
それが、“いい子”なんじゃないの??」
もう何年も経って、柔らかさを失った
女の子の心のベールに、少しだけヒビが入りました。
その後も、女の子のまわりには、たくさんの人が
口々に色んな事を言いました。
「自分の好きなように生きるのが、一番」
「そうは言っても、世間様に恥ずかしくないようにしなくちゃ」
「あなたの正直な気持ちを教えて」
「そんなことで感情的になるなよ」
「きみらしさ、ってどこにあるのよ?」
「バカバカしい。もっとオトナになりなよ」
様々な人が、勝手気ままに意見を言っているように感じました。
同じ人が、その時その時で、
正反対の意見を言っているのを聞いたりもしました。
女の子は、色んな人たちの意見を聞くたびに
「じゃあ、今まではなんだったの?」
「嘘で心を隠すのと、正直なままでいること。
どちらが正しくて、どちらが間違っているの?」
と、もがき苦しみました。
自分の心のままに生きてみたい。
でも、そんなことするのは、怖い。
感情をむき出しにしてみたい。
でも、そんなこと、今の私にできるのかしら?
もっと自由に羽ばたきたい。
でも、そんなことをしたら、今までの私を
否定することになっちゃう。
もがき、苦しみ、辛い日々が続きました。
でも、彼女は迷いながらも、戻りながらも、
あるひとつの言葉に向かって進んでいたのです。
「心のままに、生きてみたい」。
そして。
ある日。
何がきっかけだったのか、分かりません。
なんで、この日、この時だったのかは、分かりません。
でも、ごく自然に、今までの
“嘘のベール”から、すべて解放された感覚を味わいました。
今までは、古く、固くなったベールの1枚1枚が
丸裸の心を閉じ込めていました。
そのベールにヒビが入り、
内側に閉じ込められていた「心」が、
陽の光を浴びる時がやってきました。
「ありのままの心」。
幼かったあの頃、「心」は真っ白で、ピュアでした。
でも、
長年閉じ込められていた「心」は、
あの頃のように真っ白ではありませんでした。
ピュアな純白とは、違うものでした。
そんな単純なものではなく、
それ以上のものとなっていました。
もはや、元のかたちからは想像もできない
偉大で、神々しく、美しいものに
姿を変えていました。
心は、真っ白い、幼い姿から、
長い年月をかけて、
美しく光り輝く羽を持ち、
自由に空を飛びまわることのできる、
蝶へと変貌を遂げていたのです。
女の子は、やっと、
誰からも束縛されず、
そして誰も傷つけることなく
自由に羽ばたける力を手に入れたのです。
彼女は、彼女だけの空を、
力いっぱい羽ばたき始めました。
彼女は、自由になりました。
・・・それから、数十年が経ち。
年老い、しわくちゃになった女の子は
満足げに微笑みながら、
小さな子どもたちに語りかけました。
「たしかに、あの頃の私は、自分の心に嘘をついた。
でも、私の心は、嘘にやさしく包まれて
長い年月をかけて、やっと自由に
はばたけるようになったんだよ」
「嘘は、私が蝶になるために必要だった。
嘘がなかったら、私は蝶になれなかった。
でも、あの時に嘘の殻を破らなかったら、
それでも私は蝶には、なれなかったんだよ」
年老いた女の子の話を不思議そうに聞きながら、
子供たちの目は、まっすぐに未来を見つめていました。