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「人の気持ちを考える」という呪縛。

あなたが子供だったころ、親とかに
 
「人の気持ちを考えなさいっ!」
 
って言われたことって、あるよね?
 
 
相手がどんな気持ちになるかを考えながら
自分の言動に気をつける。
 
たしかにそれが出来れば
コミュニケーションが格段に良くなる。
 
 
でも、この
 
「人の気持ちを考えなさい!」
 
という親からの教えが、
自分が行動する時の「呪縛」みたいに作用して
結局、何も出来なくなっている人も多いみたいだ。
 
 
毎度、様々な人がいろんな相談をしてくれるんだけれど、
けっこうな数の人が
 
 
「人の気持ちを考え過ぎて、
 何もできないんです」
 
「人にどう思われるかを考えて、
 ずっと我慢し続けて、疲れちゃってます」
 
 
みたいな本音を暴露してくれたりするんだよね。
 
 
 
そんな人たちの話を聞いているうちに、
 
「どうやら、人の気持ちを考えるということは
 3つのパターンがあるみたいだぞ」
 
ということに、最近気がついた。
 
 
そして、この3パターンのうち
1つのパターンか、多くて2つのパターンしか知らない人が、
自分を抑えたり、窮屈な思いをしていることが
なんとなく理解出来てきたんだよね。
 
 
まったく、親もイジワルだよね。
 
「人の気持ちを考える、というのは3パターンある。
 その時々で、ベストなパターンをチョイスしなさい」
 
って教えてくれていれば、そんなに迷わないのに(笑)
 
 
というわけで、今回は
 
「人の気持ちを考える」3パターンを
一緒に見ていきたいと思う。
 
 
 
 
さてさて。
 
 
まず1つ目のパターンは、
 
「相手の気持ちだけを考えて、
 自分の気持ちは抑えこむ」
 
というパターン。
 
 
相手の気持ちを考えるがあまり、
自分という人間の意見や思考は、完全に封じ込める。
 
そして、相手が機嫌を損ねないように
自分の気持ちを抑えこんでいる事を悟られないように
細心の注意を払う。
 
 
このパターンだけを持っている人は、
人から嫌われないかもしれないけれど、
けっこう、しんどいと思う。
 
 
人間なんだから、自分の好みもあるだろうし
都合ってものもある。
 
だって、にんげんだもの(笑)
 
 
それでも、
 
「人の気持ちを考えなさい!」
 
というプログラムが優先されているため、
自分というものを出さないように
グッとこらえるわけだ。
 
 
この努力をしている人は、
ものすごい忍耐力があると思うし、
あるシチュエーションでは、こういう我慢も必要だろう。
 
 
しかし、あえて言おう。
 
「そんなに修行しないで、いいんだよ」
 
と。
 
 
人の気持ちを考える。
 
自分を完全に抑える。耐え忍ぶ。
 
そして、耐え忍んでいる気配を消す。
 
 
いやいや、
 
 
忍者じゃないんだから、
そんなに耐え忍んだり、気配を消さなくて大丈夫。
 
 
大丈夫だし、
そんな耐え忍びをやっていると、
 
嫌いになる人もいないかもしれないけれど
大好きになってくれる人も、現れにくい。
 
 
だって、
 
「私という人間」
 
の気配を消しているわけだから、
人間性を好きになりたくっても、なりにくい。
 
 
物語で言うと、主人公でも脇役でもない
 
「忍者A」
 
みたいな立ち位置になってしまう。
 
 
それはとてももったいない事だと思うので
別のパターンも覚えてもいいかな、と思う。
 
 
 
では2つ目のパターン。
 
これも、体得している人はけっこういるし、
多くのシチュエーションで役に立つパターンだ。
 
 
それは、
 
「相手の気持ちも考えつつ、
 自分の気持ちも考える。
 その折り合いのついたところで付き合う」
 
というパターン。
 
 
相手が思っているところの一部分と、
自分が思っているところの一部分。
 
その重なり合ったところで行動し、
相手に合わせつつも、自分も出していく、
という感じだね。
 
 
 
相手と自分の最大公約数をみつけ、
そこでお互いのハッピーを探す。
 
相手の持っている考えやニーズも尊重しつつ
自分も出していくわけだから、
かなりイイ感じだ。
 
 

ただ、
 
「相手と自分の重なる部分が、本当に少ない」
 
「重なる部分で頑張ろうと思うんだけれど
 どうしても窮屈さを感じてしまう」
 
みたいなシチュエーションも、ないことはないだろう。
 
 
1つ目の「自分を完全に抑える」というパターンよりは
ストレスは少ないものの、
どうしても
 
「相手と自分との共通項探し」
 
に終始してしまいがちで、これまたちょっともったいない。
 
 
せっかくならば、
 
あなたと相手がコミュニケーションを取ることで
今まで生まれなかったような事が生まれた方が
より楽しい気がするんだけれど、どうだろう?
 
 
もし、「相手の気持ちを考え」つつ、
そんなことが出来たら、最高にいいよね?
 
 
 
というわけで、3つ目のパターン。
 
 
それは、
 
 
「相手の可能性と自分の可能性の両方を広げる」
 
 
というパターン。
 
 
2つ目のパターンは、相手の中にあるものと
自分の中にあるものの
 
「最大公約数」
 
を探して行動をしたんだけれど、
 
 
3つ目のパターンは
今はない、今は出来ていない
両者の「可能性」にフォーカスして、
 
その可能性の中でもっとも身近に感じられる
 
「最小公倍数」
 
を探す、というイメージ。
 
 
相手の気持ちを考えていないわけじゃない。
 
そして、自分の気持ちも犠牲にしているわけじゃない。
 
その上で、2人が出会わなければ見えなかった未来を見る。
 
 
そんなコミュニケーションが取れたら、
お互いに気持ちが良いよね?
 
 
 
ちょっと抽象的な話だけれど
 
あるところに
「3」という人と
「7」という人がいたとする。
 
 
1パターン目の
 
「自分を抑えて相手の気持ちを考える」
 
だと、お互いが出会っている意味はない。
 
3、もしくは7が、独り言を言っているのと変わらない。
 
 
2パターン目の
 
「相手と自分の共通項を探す」
 
だと、共通項は「1」しかないので、
さっきよりマシになったのかどうかも微妙だ。
 
 
でも、3パターン目の
 
「相手と自分の最小公倍数を探す」
 
だと、最小でも「21」という
お互いに自分だけでは出会えなかった自分に
気がつくことが出来る。
 
 
そんなイメージなんだよね。
 
 
 
 
「人の気持ちを考える」。
 
 
その考え方自体は、とっても素晴らしいし
そうじゃないと人間社会やっていけない。
 
 
でもそれは
 
「あなたの気持ちを犠牲にしろ」
 
という事とイコールではない。
 
 
いろんな「人の気持ちの考え方」を持っていると
もっと気楽に人と付き合えるかもしれないよね。
 
 
「最小公倍数」の関係を続けて行ったら、
どんどん可能性を広がって、
 
「最大公倍数」= 無限
 
 
みたいな、すげー関係が築けちゃうかもしれない。
 
 
考え方次第で、
いろんな可能性って、広がるかもしれないよね。
 
 
ではでは。
 

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