男には
「私はどうやら、ものすごく重大な使命を背負って
この世に生を受けたらしい」
という確信があった。
なぜ、そのような思いがあるのかは
自分でも全く分からないのだが、生まれた時からずっと
「重大な使命」があることだけは感じていた。
しかし、肝心な使命の内容は何か?と問われると、
まったく思い当たらない。
生まれて来る前に、
「この重大な使命を果たしてくれ。
失敗は許されないぞ」
と、たくさんの期待を背負ってきた実感はあるのだが、
果たして、何をやればよいのだろうか?
男がまだ幼い頃は、まわりに
「僕には重大な使命があるんだ」
とふれまわっていた。
少年だった男の話を、大人たちは面白がり、
「この子は将来、ものすごい大物になるかもしれないな」
などと期待をしてくれたものだった。
しかし、男は「重大な使命がある」という確信以外は
きわめて平凡な能力しか持っていなかった。
運動神経が良いわけでもない。
勉強が出来るわけでもない。
芸術的才能に優れているわけでもない。
どんなことも人並みには出来るのだが、
特別に秀でていることがあるわけでもない。
逆にものすごく劣っている部分でもあれば、
そこをバネに努力もできそうなものだが、
軒並み平凡な能力で、平凡な少年時代を過ごした。
そんな彼を見て、はじめは期待していた大人たちも、
「まぁ、子供のころは誰でも
そんな夢を持っているものだな」
と、しだいに男にかける期待は薄まって行った。
男は、同年代の友達にも
「ものすごく重大な使命が、僕にはあるようなんだ」
と言っていたが、友達は大人たちよりも早く
「それなら、その使命を果たしなよ」
「お前が?どんな使命なんだよ?」
と馬鹿にするようになっていった。
そこで、男は「自分に重大な使命がある」ということを
次第に言わなくなっていった。
しかし、「重大な使命がある」という思いは
しぼんでいくどころか、年を重ねるにつれて増して行った。
「この思いは、何なのだろう?
しかし、私には何か重大な使命があるはずなのだ」
男は平凡な成績、平凡な経験の学生時代を経て大人になった。
「もしかしたら、社会に出てから
ものすごく重大な事をやり遂げるのかもしれない」
と意気込んでみたものの、特にこれと言って
自分がやるべきことが思い当たらない。
中堅の会社に入り、同期の中でも平凡な成績で
社会人生活を続けていった。
「では、社会人生活とは関係のないところで
何が重大なことがあるのか?」
とアンテナを張り巡らせていたものの、
特に「これだ!」と思うような出来事は起こらなかった。
「それならば、もしかしたら、私ではなく
私の子供が天才として生まれて、
そのサポートをするのが使命なのか?」
とも思ったのだが、男は女性と燃え上がるような恋を
することもなく、そして結婚することもなく、
男の子供が生まれることもなかった。
年を重ねるにつれて、
「もはや、重大な使命があるという思い自体が
勘違いなのだろうか」
とも思うのだが、なぜかその使命感だけは
ずっと燃え続けていた。
春が去り、夏が来て、秋を迎え、冬が過ぎて行った。
移りゆく季節を何回も何回も重ねても、
男は目を見張るような事ができるわけでもなく、
かといって落ちぶれることもない平凡な人生を歩んで行った。
ずっと、
「私には重大な使命があるはずなのだが」
という確信だけは持ち続けながら。
男は老人となり、ベッドから立ち上がれなく
なりながらも考えた。
「私の人生は平凡だった。
特に輝かしいものでもなかったが、
だからと言って大変なものでもなかったし、
まぁ幸せだったといえるだろう。
唯一の心残りと言えば、ずっと心から離れなかった
重大な使命の正体がわからなかったことだけだ」
男は目を閉じた。
そのまま、二度と目覚めることはなかった。
—
男は気がつくと、
大勢の天使たちに囲まれて、拍手を受けていた。
「なんて偉大な人なんだ!」
「すばらしい!」
天使たちが口々に男を誉めたたえていると、
神様が男の前に立ち、男をねぎらった。
「よくぞ重大な使命をやり遂げてくれた。
これで、地球がさらに進化するだろう」
男は求められるまま握手に応じたが、
釈然としない表情のまま神様に質問した。
「褒めてもらえるのはありがたいですが、
私が特別、人類に何かを貢献したとは思えないのですが。
当たり前の人生を送っただけです」
天使たちは「なんて謙虚なんだ!」と、口々に
驚きをささやき合った。
神様は、
「何を言っているんだ!?
君は、人類どころか、これからの地球の生命進化に
かけがえのない行ないをしてくれた。
もし、タイミングが少しでもずれていたら
生命進化が数十万年は遅れてしまっていたところだ」
と言いながら、一人の女性を男の前に進ませた。
「この女性に見覚えはあるかね?
と言っても、おそらくないだろうが」
男は、美しい女性の顔を何度も見て記憶をたどったが、
まったく思いだせなかった。
「こんな素敵な方なら、覚えていてもいいものだが。。。」
女性は微笑みながら、男に伝えた。
「この姿でお会いするのは、初めてですから無理もありませんわ。
あの時はひどいことをする人だ、と思っていましたが
あなたのおかげで、この姿になることができました。
そして、今から私は地球に降り立ち、
人類を含めた地球全体を進化させてまいります」
「あなたは、誰なんですか?
そして、私のした重大な使命とは、一体。。。。?」
そばで聞いていた神様が、男に答えた。
「彼女は、地球全体のステージを上げるのに必要な存在なんだ。
しかし、輪廻転生がずれてしまっていて、
それを修正する必要があった。
君は、彼女の輪廻を修復した、偉大な人物なのだよ」
男がまだ理解できない、という顔をしていると、
神様がさらに付け加えた。
「君が72歳の8月18日。
もっと詳しく言えば午後2時13分29秒という
1秒たりともずれてはいけないタイミングで、
君は重大な使命を果たしたのだ」
「私は、何をしたのですか?」
神様はゆっくりとうなづいた後、こう言った。
「当時、蚊になっていた彼女を昇天させ、
こちらに戻してくれた。
あの絶妙のタイミングを逃さなかった。
重大な使命を、よくぞやり遂げてくれた」