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『嘘のない世の中』

「もう、本当にうんざり」
 
彼女は、画面の向こうにいる女友達に向かって
キーボードを叩いた。
 
「世の中ってウソばっかり。
 みんな、口では耳触りのいいことを言っているけれど、
 心の奥では、何を考えているのかわかったものじゃないわ」
 
 
今の彼女には、自分の周りにいる人も、
テレビやインターネットで目にする情報も、
どれもこれも、嘘ばかりに思えて仕方がなかった。
 
 
「アハハ、世の中なんて、そんなものなんじゃない?
 みんな自分に都合のいいようにしようとするだろうし。
 
 ま、みんながアンタに嘘をつくのは、
 それで騙せる程度のオツムしかないと
 周りに思われているからかもしれないけどネ」
 
 
画面には友達からの辛らつな返信が表示される。
 
彼女は女友達の飾らない言葉に
ちょっとカチンときながらも、
 
 
「あなたみたいに、思っている事をストレートに
 言ってもらった方が、まだマシかもしれないわね」
 
 
と打ち込んだあと、
 
 
「じゃあ、そろそろ切るね。
 グチを聞いてくれて、ありがとう」
 
 
と、パソコンでのやり取りを終了させた。
 
 
「ホント、人を信じて嘘をつかれるくらいなら、
 パソコン上だけの友達の方が、よっぽどマシね」
 
 
と、最近ネット上で知り合った友達の
プロフィール写真にむかってつぶやいた。
 
特別美人でもないけれど、親しみやすそうな細い目で
笑っているプロフィール写真だった。
 
 
 
パソコンの画面を切ると、彼女は
 
「ふぅ・・・」
 
とベッドに横になり、ため息をついた。
 
 
彼女は、他の人と比べて、
特別な人生を歩んできたつもりはない。
 
いたって平凡な毎日だし、
嘘で大きな傷を負ったことも、大してない。
 
 
今だって、毎日普通に仕事をしているし、
休みの日には、会って遊べる友達も何人かいる。
 
通勤途中の駅のホームでたまに見かける男性に
淡い恋心を持っていたりはするけれど
こちらから声をかけられるような勇気はない。
 
 
そんな、ごく平凡な女性だ、と思っている。
 
 
もちろん、嘘をつかれたこともあるし、
それで傷ついたこともある。
 
でも、それはお互いさまなのかもしれないということは
彼女自身も充分理解していた。
 
彼女だって、一度も嘘をついたことがないわけでは
ないのだから。
 
 
ただ、ここのところ「嘘」ということに
ちょっと敏感になっていた。
 
 
直前まで一緒にいた人の悪口を
その人がいなくなった途端に話し始める同僚たち。
 
「お客様のために」と口では言いながら、
自分たちがいかに儲けられるかを考えているような職場。
 
街で見る広告も、テレビやネットでみるニュースも
全部が嘘のようにも感じられてしまう。
 
 
自分でも「ちょっと疲れているのかもしれないな」とも
思うのだが、それでもそんな周りの環境に
嫌気がさしていた。
 
ふとした時に、ため息が出てしまうのも
当然のように彼女には思えた。
 
 
 
そこに。
 
 
「こんばんは」
 
 
と、突然目の前に、
背中に羽のある光り輝く小人があらわれた。
 
 
彼女はびっくりして飛び起きると、
まじまじと目の前に現れたものを見た。
 
 
「なにこれ?
 私、マボロシをみるくらい疲れちゃっているのかな?」
 
と独り言をつぶやく彼女に
 
 
「いいえ、疲れのせいなんかじゃないわ。
 私は妖精。
 あなたの呼びかけに応えてやってきたの」
 
 
と、笑顔を向けた。
 
呆然としている彼女に、妖精はそのまま言葉を続ける。
 
 
「あなた、ずいぶんと嘘に疲れちゃっているのね。
 それは、あなたの心がピュアだから。
 だからこそ、私もあなたの前に現れることが出来たんだけど」
 
「嘘がイヤ!っていう気持ち、とっても良く分かるわ。
 だから、明日一日は、だれもあなたの前で
 嘘をつけなくさせてあげる」
 
「明日まる一日、だれもあなたの前では嘘をつけない。
 あなたの前では、全部本人が思っている本音を正直に
 話しちゃうし、テレビとかネットとかでも
 相手の本心があなたには分かっちゃうようにしてあげる」
 
 
妖精は、そこまで一気に話すと、
 
「どう?いい話でしょ?」
 
と自慢するように、にっこりとほほ笑んだ。
 
 
彼女は突然の状況にビックリしながらも、
妖精の提案を理解した。
 
 
妖精は彼女が自分の説明を理解したことを確認すると、
またにっこりと無邪気に笑って

 
「また明日の夜、あなたの枕元にやってくるから、
 感想を聞かせてね」
 
 
と言って、彼女の前からパッと姿を消した。
 
 
 

 
 
 
朝。
 
 
彼女は、いつのまにか自分が
眠ってしまっていたことに気がついた。
 
 
「ふぁ~あ、なんか、変な夢を見たなぁ」
 
 
と、のびをしながらベッドから起き上がると、
仕事場に向かう準備をして家を出た。
 
 
「結局、あの夢はなんだったんだろう?」
 
 
と、ぼんやりと思い出しながら
駅まで向かう道すがら、ふと看板に目をやる。
 
そこにはハンバーガーの写真がでかでかと載っていて、
普段からよく見慣れた看板だった。
 
 
しかし、
 
いつもはそこに
 
「バリュープライス!
 おいしくてヘルシー!」
 
と書いてあるはずの場所に、
 
「原価は売価の10分の1以下。
 味よりも利益優先。健康を害するおそれあり」
 
と書いてある。
 
 
他にも、家から駅に向かう道で見かける広告が
 
「明るく楽しい職場かどうかはわかりません。
 仕事はハードで残業代は出しません」
 
「※この女優の顔写真は、加工修正してあります」
 
「とにかく転職してください。
 私たちが企業から手数料を受け取れます」
 
などと、いつもと書いてあることが
まるで違うように見える。
 
 
「なにこれ?昨日の夢は、現実だったってわけ?」
 
 
と、彼女は驚いた。
 
 
駅に着いても、駅のアナウンスが
 
「白線の内側までお下がりください。
 ・・・そうじゃないと、時刻表通りに電車が発車できません。
 ぼくが上司に怒られます」
 
「危険です、お下がりください。
 ぼくの仕事、増やさないでくださーい」
 
と聞こえる。
 
 
他の人は特に変わったそぶりを見せないことから、
この「嘘のない言葉」は、彼女にしか聞こえていないようだ。
 
 
「嘘」が暴かれるのは
言葉と文字に限られているようだが、
それでも彼女にとって、この変化は衝撃的だった。
 
 
「なに、、、この世界・・・」
 
彼女は呆然としたが、同時に
 
「ほら、やっぱり思った通り、
 この世の中は、嘘ばっかりね」
 
と、少し寂しげに、皮肉っぽく笑った。
 
 
 
まわりの広告を興味深く観察し、
人々が話している言葉の中に含まれる嘘に
耳を傾けていたところに、
彼女がひそかに心を寄せている男性が通りがかった。
 
 
「彼も、何か嘘を隠しているのかな。。。」
 
 
などと考えながら、その後ろ姿を見送った。
 
 
彼の持っている新聞の見出しには、
 
「このトップニュースの記事の事実関係は
 実はまだよくわかっていません」
 
と書かれているのが見えた。
 
 
 
 
 
その日、彼女は様々な体験をした。
 
 
コーヒーを入れてくれた後輩は
 
「はい先輩、コーヒー。。。
 実は、自分が飲む分より多く作っちゃったんで
 捨てるよりましだから、飲んで」
 
と彼女に言う始末。
 
 
後輩はあわてながら、
 
「あれっ!?なんで私こんなこと言っちゃったんだろう?
 ごめんなさい先輩!
 。。。と、あやまっておけば、私のカワイイキャラは
 保たれる」
 
と口走って、さらに混乱して彼女の前から
逃げるように走り去って行った。
 
 
さらに上司は、
 
 
「もう少し短いスカートをはいてきて
 私の目の保養をさせてくれないか?」
 
 
と言い出して本人がびっくりするし、取引先は
 
 
「とにかく、私は出世したいんだから
 言われた通りの仕事を完璧にやってくれよ」
 
 
と話し出す。
 
 
 
どうやら、彼女との直接のコミュニケーションは
言った本人が「口をすべらせる」と言う形で
本心を暴露してしまうようだ。
 
 
はじめは面白がっていた彼女だったが、
しだいに悲しくなってきた。
 
 
 
世の中は、こんなにも嘘ばっかりなんだ。
 
 
本当のことなんて、ごくわずかなんだ。
 
 
 
その日、彼女は会社を出ると、
一目散に自宅へと帰って行った。
 
 
 
家に帰ったあと、ネットで友達の活動を見ていても、
半分は本当、そして半分は嘘や大げさに見せた
投稿であふれていた。
 
「うそ。。。か。。。」
 
彼女は、昨日よりも大きく深いため息をついた。
 
 
そこに、
 
パソコン画面に、彼女を呼びだすアイコンが表示された。
 
 
昨日もパソコン上で話していた女友達からの
呼び出し音だった。
 
 
彼女は友達の呼び出しに応えると、さっそく
 
「こんばんは。
 なんかね、今日は昨日よりもっと疲れちゃった。
 
 嘘って、あるのがいいのか。
 それとも、無いのがいいのか。。。」
 
と、キーボードに愚痴を書き始めた。
 
 
画面の向こうの友達は、
 
「アハ、昨日より重症だねー」
 
と返信を返してくれた。
 
 
彼女は、そんな友達の軽快な返信に
すこし心が軽くなったが、
 
「もしかしたら、この子も私に
 いろんな嘘をついているのかな・・・?」
 
と、また少し悲しくなった。
 
 
 
そして、つい
 
「ねぇ、あなたは私に、
 なんか嘘ついている?」
 
と打ち込んでしまった。
 
 
彼女は打ち込んだ次の瞬間、
 
「せっかく仲良くなりはじめたのに、
 変なこと書いちゃった」
 
と後悔をしてパソコン画面を見つめた。
 
 
 
パソコン画面には、しばらく返信がなかったが、
 
「実は・・・ごめんね」
 
という文字が浮かび上がってきた。
 
 
「なんだ、彼女も私に嘘をついているんだ。
 あんなに歯に衣着せぬような人だと思っていたのに」
 
と、彼女は残念に思ったが、
自分に対して、どんな嘘をついていたのか
興味も持ち始めた。
 
 
 
今、私に向けられる言葉は、妖精の力のおかげで
全部本当のことだ。
 
一体、どんな事が、この後書かれるんだろう?
 
 
 
パソコン画面には、こう表示された。
 
 
「ごめんね。。。本当は俺、男性なんだ。
 
 そして、実はあなたを駅で見かけた時から
 仲良くなりたいな、と思ってたら、
 偶然、ネット上であなたをみつけたから、
 こうやって友達になったんだ」
 
 
パソコンに文字が表示された後、
細い目で笑顔を振りまいていた女性の顔写真から
男性の顔写真へと変わった。
 
 
「本当は、こんな顔をしています。
 ごめんね、嘘をついていて。
 でも、あなたとのネットのやり取りの中で
 本当にあなたを好きになってしまった」
 
 
そのプロフィール写真は、
彼女が駅で見かけて、淡い恋心を抱いていた、
あの男性のものだった。
 
 
 

 
 
そして、夜。
 
約束通り、妖精は彼女の枕元にやってきた。
 
 
「どうだった?
 嘘のない世の中は、素晴らしかったでしょう?」
 
 
胸を張る妖精に彼女は微笑んだ後、
妖精に告げた。
 
 
「そうね。嘘のない世の中も、
 いいのかもしれないね。
 
 でも、明日からは今まで通りの世界にして」
 
 
「なんで!?
 嘘ばっかりで、疲れたって、昨日は言っていたじゃない?
 それとも、正直すぎる世界に絶望しちゃったの?」
 
 
驚く妖精に、彼女はかぶりを振って、こう言った。
 
 
「ううん、そうじゃないの。
 たしかに、嘘のない世界の残酷さも味わったわ。
 でも、元の世界に帰りたいのは、そんな意味じゃない」
 
 
何が何だか分からない、という顔をしている妖精に
彼女は言葉を続けた。
 
 
「嘘がなかったから、女友達が“彼”だと知ることが出来た。
 でも、嘘があったから、彼と心おきなく話す時間もあった。
 
 本当の事は、残酷でやさしい。
 そして嘘も、残酷でやさしい。
 
 嘘と本当、どちらもあるから、
 いろいろ味わえるんじゃないかな?」
 
 
最後に彼女は、とびきり優しい笑顔を向けて妖精に伝えた。
 
 
「あなたって、本当に憎たらしいやつね」
 
 
 

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