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ゾンビと銃と成功本。

たとえば。たとえばの話だ。
 
なぜか知らないけれど、
あなたが住んでいる街に
ゾンビがワラワラ現れちゃったとしよう。
 
あなたは、どうにかして
ゾンビを撃退しないと、食べられてしまう。
 
そんな時、手元には一丁の銃があったとする。
 
ピストルでも、猟銃でも、
あなたのイメージに合う銃を思い浮かべてくれればいい。
 
 
その銃の弾が当たると、ゾンビは
 
「ヤーラーレーター」
 
と言いながら動かなくなる。撃退できるのだ。
その銃を使えば、街から脱出もできる。
 
 
ただし、その銃はどうにもクセがあって、
弾がまっすぐに飛ばないのだ。
 
どうしても、あなたが狙ったところよりも
右にずれてしまう。
 
 
銃が悪いのか?
それともあなたの照準のつけ方が悪いのか?
 
ともかく、弾が右にそれるクセがある。
 
 
そんなシチュエーションで、
あなただったら、どうするだろうか?
 
 
「ああ、この銃は使えないわ」
 
 
と言って、ポイっと銃を捨てて
素手でゾンビに立ち向かうだろうか?
 
 
それとも、
 
右にそれる、という事は分かっているのだから、
撃つ時に、目標のゾンビよりも左を狙ったりして、
銃を使うだろうか?
 
 
ゾンビはもう、目の前に来ている。
 
さあ、あなたなら、どうする??
 
 
 
 
。。。っとまぁ、
 
そんなシチュエーションには、なかなかならないだろうし、
あなたが生涯、そんな状況にならないことを
心から願っている(笑)
 
 
ただ、絶体絶命のピンチの時には、おそらく
 
「ああ、この銃、使えないわ」
 
とポイっと捨てる選択よりは、
 
「なんとかして、使えるようにしよう」
 
と工夫をする人が多いと思うんだよね。
 
 
 
効果がある道具がある。
ただ、そのまま使っても成果が出ない。
 
 
そうなったら、
 
「使えぬのなら、工夫しようや、ホトトギス」
 
ってな調子に、成果が出る使い方を
工夫すれば良いと思うんだよね。
 
 
別に、今書いたようなシチュエーションに限らず、
どんな状況でもそうだろう。
 
 
まっすぐ飛ぶゴルフのドライバーのはずなのに、
自分が使うと曲がってしまうなら、
自分のフォームを研究するといいだろう。
 
 
自分の利き腕とは違う人が使うために作られた
ハサミしかなかったら、
切りにくいけれど、その中で切れるように工夫するだろう。
 
 
何を言っても「ムーリー」としか言わないのだったら、
「ムリって言わないで!」とお願いしたら
ムリとは言わなくなるだろう。
 
 
 
そのままの正攻法でうまくいかないからと言って
その道具そのものを放棄するのは、
ちょっと考えが浅すぎる可能性もあるよね?
 
(もちろん、放棄した方がいいような
 残念な道具もあるとは思うけれど)
 
 
 
そして。
 
 
 
それは、いわゆる
 
「成功法則」
 
とか、
 
「成功本」
 
も、同じだと思うんだよね。
 
 
 
基本的に、どの成功法則も成功本も、
それを話している人とか、書いている人が
うまく行ったやり方に過ぎない。
 
それを、他の人が鵜呑みにして
うまくいくかどうかは、まるで別の話だ。
 
 
だって、成功法則を語る人とあなたとでは、
 
性格も、
 
生きてきたプロセスも、
 
持っている技術や資産、人とのつながりも、
 
全然違うのだから、当たり前だ。
 
 
 
でも、
 
だからと言って
 
「あの人の言っていること、ウソばっかり」
 
とか、
 
「この本に書いてあることをやったけど、ダメだわ」
 
と、全部を否定してポイっと捨てるのは、
もしかしたら早いかもしれない。
 
 
 
その「成功法則」「成功本」に書かれていることは、
単なる道具だ。
 
もし、その道具が、あなたにピッタリフィットしないのであれば、
「あなた流」に工夫して使えばいいと思うんだよね。
 
 
 
まったく同じ人間は、この世にいないんだから、
まったく同じプロセスでうまくいくわけなんてない。
 
 
 
その法則が、あなたが欲しい成果という「マト」に当たらずに、
どうしてもそれてしまうのであれば、
成功法則のまま使うんじゃなくて、ずらせばいい。
 
あなたと、「成功法則という道具」の両方のクセを理解して、
あなたが欲しい成果の「マト」に当たるように使えばいい。
 
そんな風に思うんだよね。
 
 
 
 
さてさて。
 
 
今は、いろんな道具があふれている。
 
それは、物質的な道具にしても、考え方や法則という道具にしても
同じようにあふれかえっている。
 
 
だから、ひとつの道具に執着せずに
ポンポンと、色々と移り気をしても、そんなに支障はない。
 
 
ただ、あなたのためだけにカスタマイズされた道具は
そんなに多くはないはず。
 
 
ならば、
 
「ああ、これダメだわ」
 
と判決を下す前に、ほんのちょっとだけ
 
「わたしに合った使い方があるとしたら
 それはどんな使い方だろう?」
 
なんて考えてみるのも、いいかもしれないよね。
 
 
自分に合った道具を探してさまよっている間に
時間というゾンビに追い詰められないためにも。
 
 
ではでは。

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