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「自分を愛する」って、どういうことよ?

 
(本日、ヒジョーに理屈っぽい話です)
 
 
 
「自分を愛しましょう」
 
最近、よくこんな言葉を耳にするよね。
 
 
 
なんとなく耳触りが良いし、
 
イメージ的に
 
「ああ、自分のことを愛した方がいいんだろうな」
 
と思うのは心地よい感じがするから
受け入れやすい考え方なんだろう。
 
 
 
それはそれでけっこうなんだけれど、
 
じゃあ、「自分を愛する」って、
具体的にはどういうことなの?
 
 
ということを示してくれるものに
出会ったためしがない。
 
 

なので。
  
ちょっと考えて見ようと思う。
 
 
 
 
 
 
まず、そもそも「愛する」ということ。
 
 
愛する対象って、いろいろあるよね。
 
 
恋愛においての愛。
 
友人に対する愛。
 
家族に対する愛。
 
ペットなどに対する愛。
 
モノや概念に対する愛。
 
人類愛。
 
 
さまざまなだ。
 
 
 
では、「自分に対する愛」というのは、
どれに近いんだろうか?
 
 
 
恋愛?
 
恋愛している時と同じように自分を愛するのは、
なかなかハードルが高いように思う。
 
そもそも、自分だから同性だし。
 
恋愛のように湧きあがるドキドキ感や
相手を包み込むような愛しさを感じるのが
 
「自分を愛する」
 
ということでは、ないように思う。
 
 
 
 
 
では、友人に対する愛?いやいや。
 
 
そもそも、友達とかに対して、
 
「私は、あの友達を愛している」
 
という表現ってしないよね?
 
そんなことを他の人に言ったら
誤解を生んで、友達関係にヒビが入りかねない(笑)
 
 
友人に「愛」という言葉を使うのに
ちょっと違和感があるのだから、
 
自分自身に対しても
 
「あなたが友人を愛するように
 自分を愛しなさい」
 
と言われても、なんかピンとこない。
 
 
 
 
 
家族に対する愛?
 
これは近いかもしれない。
 
好むと好まざるを問わず、一生ついて回る
血縁などの深い縁。
 
その中で感じる様々な思い。そして愛情。
 
 
自分自身についても、好むと好まざるを問わず、
一生付き合っていかなければならない。
 
そんな中で交錯する様々な思いの中にある愛情。
 
近いかもしれないね。
 
 
ただ、家族に対する愛と、まったく同様に
自分を愛することが出来るか?というと、
 
「うーん、家族は家族で、自分は自分だと思う」
 
という感想を持つけれど、あなたはどうだろう?
 
もう少し考えてみよう。
 
 
 
 
 
 
ペットなどに対する愛や、
モノや概念に対する愛は、どうだろう?
 
自分が飼っている犬や猫。
 
もしくは、自分の趣味の世界や、
没頭している何か。
 
それらも愛情を注ぐ対象だろう。
 
ただ、それらに感じる愛情を
自分自身に感じるというのは
自分を相当客観視していないと難しい。
 
 
なかなか湧きあがってきにくいものだろう。
 
 
 
 

ってことは、人類愛?えええ!?
  
 
 
人類愛と同じように、
自分の事を愛することが出来る人は、いるのかもしれない。
 
が、そんな人は、私の文章を読んでいないだろう(笑)
 
 
もし、そんな壮大な愛を自分に対して持っているのならば、
私の文なんか読んでないで、さっさと
人類全体に影響を与える貢献をしてもらいたい(笑)
 
 
 
 
と、考えると。
 
 
 
どうやら、
 
「自分を愛する」
 
という時に湧きあがってくる「愛」は、
他で感じる「愛」とは、
まったく違うものであるような気がする。
 
 
 
 
書いていて気がついたんだけれど、
 
 
 
今まで書いて来たような「愛する対象」と、
自分への愛を比較すると、完全に違うところがある。
 
 
 
それは、
 
他の愛する対象は
 
 
あなたと「同じところ」と「違うところ」を
両方とも持ち合わせている。
 
 
 
対して、
 
 
「自分」というのは、
当たり前と言えば当たり前だけれど、
 
あなたと「同じところ」しかない。
 
 
 
他の愛する対象に触れた時、
 
私たちは、
 
「私と同じ部分」と「私と違う部分」に
同時に接することになる。
 
 
「あ、ここは私に似ている。同じだ」
 
という気持ちと、
 
「ここは違うんだなぁ」
 
と思う気持ち。
 
 
その2つが化学変化のように反応して
「愛」を感じているんじゃないのかな?
 
と思うんだよね。
 
(と、言葉で説明すると、味も素っ気もなくなるが)
 
 
 
「異質」なものに「同質」をみて、
「同質」なものに「異質」をみる。
 
 
それが、愛を定義した時の
ひとつの見方であると思う。
 
 
 
 
 
となると、
 
 
「自分を愛する」ということは
それだけで難しいことが分かる。
 
 
自分という「同質」である存在に愛を感じるのは、
 
自分とは、どこをどう切り取っても
似ても似つかない正体不明のものに
愛を感じるのと同じくらい難しいはずだ。
 
 
 
うわ、これって、相当根が深い話なんだな。
 
 
 
軽々しく
 
「もっと自分を愛しましょうね」
 
なんて言っている人を、
ぶっ飛ばしたくなる気分にもなってくる(笑)
 
 
 
でも。
 
 
そんな難しいことだとしても。
そんな難しいことだからこそ。
 
 
自分を愛することが出来たら、
それはとても素晴らしいことだと思う。
 
 
 
 
 
自分とは、どこをどう切り取っても
似ても似つかない「もの」。
 
その「もの」の中に、自分と似ているところを
探してみる努力をする。
 
 
 
そして、
 
その「もの」の中に「同質」をみて、
 
さらに「同質」と感じた後に、
あらためて「もの」の中の「異質」をみる。
 
 
そして、努力ではなく
自然に湧きあがってくる「愛」を感じる。
 
 
 
それくらい難しい。
 
 
 
 
ただ逆に、
 
 
「自分を愛する」
 
「自分を心から愛する」
 
というのは、それくらい難しいものだ、
と分かってしまえば、
 
 
「なかなか自分を愛せないんです」
 
「どうやったら自分を心から愛せるの?」
 
 
と迷った時にも、
 
 
「まぁ、しょっぱなから難しいものだから
 無理せずぼちぼちやっていこう」
 
 
って、心を軽くして向き合えるかもしれないね。
 
 
 
 
 
 
 
自分自身の中に、自分の「同質」を感じる。
 
自分自身の中に、自分の「異質」を感じる。
 
 
なにも、今の自分だけを考えなくてもいい。
 
 
過去の自分と、今の自分に「異質」を感じる。
 
未来の自分と、今の自分に「異質」を感じる。
 
 
時空を超えて、自分自身に「異質」を感じてみる。
 
 
その上で、あらためて自分の中の「同質」を噛みしめ、
自然とわきあがってくる気持ちに身をゆだねてみる。
 
 
 
そんな風にすれば、自分を愛することが
できるのかもしれないね。
 
 
 
 
「自分を愛する」ということは、
 
実は、他の人やものを愛することよりも
はるかに難しいこと。
 
 
 
でも、
 
それを心の底から、魂の底から成し遂げた時には、
 
きっと、あなたと似ても似つかない
まったく異質な存在のことも
愛せるあなたになっていると思うよ。
 
 
 
はてしないハードルを感じながら。
 
 
ではでは。
 
 
今回の記事を書くにあたって
インスピレーションをくれたMさんに
感謝をこめて。
 

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