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『最高の商品』

ここに、一人の政治家がいた。
 
若い時からコツコツと努力を重ね、
様々な苦労を経て、やっと「先生」と
慕われる地位に登りつめた。
 
 
今では、自分が欲しいと思ったものは
大抵手に入るし、会いたいと思った人も
ほとんど会う事が出来る。
 
 
お金も、地位も、名声も、
政治家の男が欲しいと思っていたものは
すべて手に入れたと言っていいだろう。
 
 
もちろん、さらに高い地位や名声を求めることも
できるかもしれないが、もう若くはない自分にとっては、
今で充分満足できる状態になっていた。
 
 
つまり、男にとって、もう欲しいと思えるものが
なくなってしまったわけだ。
 
 
 
「私は自分が欲しいものを全て手に入れた。
 
 しかし皮肉なものだな。
 
 全てを手に入れたあとは、
 欲しいものがないということを
 寂しく感じるのだから」
 
 
 
と、男がひとり言をつぶやいていると、
ドアをノックする音が聞こえた。
 
 
 
男が「どうぞ」と言うと、
秘書に連れられて、一人の男が入ってきた。
 
 
 
 
秘書が下がり、入ってきた男と二人きりになると、
政治家はたずねた。
 
 
「何の用だ?」
 
 
すると男は、
 
 
「わたくしは、セールスマンでございます。
 あなたさまにぴったりの商品を
 お勧めにまいりました」
 
 
とおじぎをした。
 
 
 
 
政治家である男は、
 
 
「ほう、今、私は欲しいものがないんだ。
 “欲しいものが欲しい”という状態だ。
 
 そんな私が、興味を持つものを
 持ってきたというのか?」
 
 
とたずねると、セールスマンは自信ありげに
 
 
「そうです。
 わが社が特別な方だけに販売している
 最高の商品です」
 
 
と胸を張った。
 
 
 
 
政治家は、
 
 
「そうか。
 しかし、よほどのものでなければ
 私は欲しがらないぞ。
 
 よし。では今から私が、
 お前の勧めようとする商品の内容を当てようじゃないか。
 
 もし、私が予想したようなものなら、
 そんな商品はいらん。
 
 私がお前の商品の内容を当てたら、
 すぐに帰る、という約束でどうだ?」
 
 
と、セールスマンに伝えると、
 
 
「かしこまりました。
 まず当たることはないでしょうし、
 その商品の内容を知れば、
 必ず欲しくなりますでしょうから」
 
 
と、自信ありげにうなずいた。
 
 
 
 
政治家は、
 
 
「よし。まずお金についての話なら
 すぐに帰ってくれ。
 
 私には、もう充分なお金があるし
 自分で選んだ投資先にも投資している。
 
 今さら、他の投資先を増やそうとも思わないし、
 家族にもこれ以上、のこそうとも思っていない」
 
 
と言うと、セールスマンは、
 
 
「いえいえ、お金を殖やそうですとか、
 お得になるといった話ではございません」
 
 
と首を振った。
 
 
 
 
「ならば、特別なコネクションを紹介する、
 と言ったことか?
 
 若いころなら飛びついたかもしれないが、
 今は、自分に必要な人脈は持っている。
 
 そして、どこの誰かも分からない
 セールスマンに頼むよりも
 信頼できるパイプもたくさんある」
 
 
と「今度はどうだ」と言わんばかりに話をしたが、
セールスマンは、
 
 
「そのような類のものでもありません。
 
 あなたさまを充分お調べしてから
 こちらに伺っておりますので」
 
 
と、これまた首を振った。
 
 
 
 
政治家は、
 
 
「ははーん。
 では、今度の選挙で票が増えますとか、そんな話か?
 
 残念だったな、
 私は今期で引退する予定だ。
 
 後継者はいるにはいるが、後継者のために
 票を増やしてやろうとも思わない。
 
 私のせいで、変なうわさが立っても
 かわいそうだしな」
 
 
と、セールスマンの狙いを見破ったかのように笑った。
 
 
 
 
しかし、セールスマンは動じない。
 
 
「いいえ。そのようなものでもありません。
 あなたさまに、安心をお届けするような商品です」
 
 
と丁寧に伝えた。
 
 
 
 
政治家は困り、矢継ぎ早に思いつくものを言ってみた。
 
 
「では、健康についてのものか?
 私はいたって健康だし、今のままで充分だ。
 
 宗教には興味がないし、
 宗教にすがらなくても、心は平安だ。
 
 美女にも飽きているし、ギャンブルもつまらん。
 
 食事も酒も、嫌と言うほど味わってきた。
 
 
 まさか不老長寿や若がえりではないと思うが、
 もしそうであっても、私には不必要だ。
 
 これ以上長生きしたくもないし、
 今以上の幸せを求める気もない」
 
 
 
しかし、セールスマンは政治家が言うものすべてに
 
 
「いいえ、そのようなものではございません」
 
 
と首を振った。
 
 
 
 
 
 
 
思いつく限りの事を言ったあと、政治家は
 
 
「うーむ、ここまで言っても当たらないとは。
 ちょっと興味が出てきたぞ。
 
 降参だ。
 お前の商品は、一体どんなものなのだ」
 
 
と音をあげた。
 
 
 
 
セールスマンは笑顔をむけて
 
 
「実は、一種の保険でして。。。」
 
 
と、鞄から資料を取りだそうとする。
 
 

すると、政治家は
 
 
「なんだと!?
 保険ならば、お金の話じゃないか!
 
 それなら、一番はじめに断ったはずだ」
 
 
と不満げに言った。
 
 
 
しかしセールスマンは政治家の態度に
少しも動揺することなく、
 
 
「いえいえ、あなたさまのお考えになっている保険とは
 まったく違うものです。
  
 ご契約いただいた方には、
 このチップを体に埋め込む手術をしていただきます。
 
 このチップはですね。。。」
 
 
と政治家に近づき、耳元にささやくように説明をし始めた。
 
 
 
 
政治家はセールスマンの話に耳を傾け、
何度もうなづいた。
 
 
そして、セールスマンの話を聞き終わると、
 
 
 
「なんと!そんな素晴らしい商品があるとは驚きだ!
 
 人類史上、最高の商品と言えるだろう。
 もちろん契約する。
 
 契約料は、お前の言い値でいい」
 
 
 
と手を打って喜んだ。
 
 
 
 
政治家は、平均的な人の年収をはるかに上回る契約料を支払い、
体にチップを埋め込む手術も、面倒くさがらずに受けた。
 
 
 
そして、
 
 
「ああ、これで安心だ。
 
 もう欲しいものはないと思っていたが、
 世の中には、まだまだ様々なサービスがあるものだな」
 
 
と満足げにうなずいた。
 
 
 
 
 
それからの政治家の生活も、
これといった変化はなかった。
 
 
特に健康になったわけでもなく、
 
お金が増えたわけでもなく、
 
人間関係もこれといって変わらず、
 
普段の生活が、ただ続いていった。
 
 
 
体に埋め込まれたチップも、
特に何も機能を発揮しなかった。
 
 
 
しかし、セールスマンが紹介してくれた保険のおかげで
政治家はのびのびと暮らせるようになった。
 
 
 
 
そして、
 
 
 
セールスマンが訪問してから数年が経過し、
政治家はとうとう臨終の時を迎えた。
 
 
 
政治家は最期に
 
 
「ああ、思い残すことは何もない。
 それもこれも、あの商品のおかげだ」
 
 
と、満足げに息を引き取った。
 
 
 ・
 
 ・
 
 ・
 
 
政治家が息を引き取ってから十数分後、
政治家の体に埋め込まれたチップが
最初で最後の機能を果たした。
 
 
 
 
チップから発信された
「死亡確認」のシグナルをキャッチすると、
 
 
政治家が裏で取引をしていたデータ、
 
秘密の人脈、愛人などの連絡先、
 
その他、他の人に見られてはいけないデータが
すべて抹消された。
 
 
 
また、秘密の金庫に入れてあった書類や
物的証拠となる品々は、すべて完全に焼却され
あとかたも残らなくなった。
 
 
 
その後も、作業が続く、
 
 
政治家にとって不名誉な発言をしそうな人間には
特殊な催眠術を使って、政治家が忘れて欲しい記憶を
奪ってしまった。
 
 
そして最後に、やり残しがないかを
葬儀関係者に扮した調査員が徹底的に調査し、
もし何かあれば、それも闇に葬ってしまった。
 
 
 
葬儀に参列した誰もが、政治家の死を嘆いた。
 
「なんて誠実な人だったんだ」
 
「こんなクリーンな政治家、他にはいなかった」
 
 
 
 
 
 
政治家をたずねたセールスマンは、
今日もまた、新しいお客に商品を勧めに行く。
 
 
裕福で、欲しいものは何もないと言いながら
聖人君子を装うお客のもとへ。。。
 

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