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伝える、を定義する。

先日、ふと
 
「伝える、って一体どういう事なんだろう?」
 
と考え始めてしまった。
 
 
私の場合、日々文章を書いたり、
セミナーを開催させてもらったり、
相談に乗ったりと、色々と人様に伝えている。
 
 
でも、そんなにたくさん伝えているのに
 
「伝える」
 
と言うことに対する定義付け自体が
ひどくあいまいなことに気づいちゃったんだよね。
  
 
「伝える、っていうのは、、、、伝えることでしょう?」
 
っていうのも、正しいとは思う。
 
 
ただ、他の言葉で定義付けした時に、私は
どんな言葉で定義するかな?
 
と思い立って、ちょっと考えてみることにした。
 
 
 
一応、辞書でも調べてみたんだけれど
 
「言葉などで知らせる。伝達する。」
 
くらいの説明しかない。
 
 
うーむ。
 
もうちょい深く突っ込んだ定義をしたい。
 
 
絵で伝えることもあるだろうし、
 
踊りや演技で伝えることもあるだろうし、
 
写真で伝えることだってあるだろう?
 
 
もっと本質的な意味において、
 
「伝える」
 
とは、一体どういう事なんだろう?
 
 
・・・と考えている時点で、
相当おかしな人だな、と自覚しています。
大丈夫大丈夫(笑)
 
 
 
 
 
さて。
 
 
そんな「定義マニア」の私が
頭をこねくり回した結果、こんな風になりました。
 
 
色んな定義をすることが出来るとは思うんだけれど、
現時点の私の中で
 
「こんな感じかな?」
 
と思った定義は、以下の通り。
 
 
 
「伝える」とは。
 
 
 
「自分の想いを翻訳し、
 相手に何らかの感情を引き起こそうとすること」。
 
 
 
 
説明させてもらうね。
 
 
まず、どんなことを伝えたいにしても、
はじめに自分自身の「想い」があるのは
おそらく間違いない。
 
 
花を見て「キレイだ」と感じる「想い」。
 
誰かにイヤな事をされて悲しかったという「想い」。
 
発見の喜びという「想い」。
 
 
いろんな「想い」が、まず湧きあがってくる。
 
 
でもその「想い」は、はじめは単なる
「湧きあがってくるエネルギー」
みたいなもので、なにものでもない。
 
 
普段は意識していないけれど、
キレイな花を見て「キレイ」と言葉が出てくる時にも、
 
まず「想い」があって、
その後に「キレイ」という言葉が出てくる。
 
コンマ何秒の世界かもしれないけれど、
「想い」は、どんなものであれ、
はじめは言葉にもなっていないものだ。
 
 
 
私たちは、何かを伝えようとした時に、
その「想い」という無形の存在を「翻訳」し始める。
 
 
ある時は、言葉を使って「想い」を表現する。
 
ある時は、歌や踊りによって「想い」を表現する。
 
ある時は、絵にすることで、写真を撮ることによって
「想い」を表現する。
 
 
どんな形であるにしても、
無形の存在である「想い」を、
有形の何かに「翻訳」することで、
やっと伝えることができる。
 
 
 
では、私たちは「伝える」ことによって
どうしたいのか?
 
 
それは、相手に何かしらの感情を
湧きあがらせたいからなんじゃないかな?
 
なんて思う。
 
 
この「相手」というのは、時と場合によって様々。
 
1人の時もあるだろうし、
大勢の時もあるだろう。
 
顔が見えている人の場合もあるだろうし、
自分の知らない誰かかもしれない。
 
もちろん、この「相手」というのが
「自分自身だけ」ということもある。
 
 
 
いずれにしても、何かを伝える時は、
その「相手」に、なにかしらの感情が湧くのを
期待しているんじゃないかな?
と思うんだけれど、どうだろう?
 
 
花を見た自分の「想い」を、「キレイ」という言葉に翻訳し、
相手にも喜びの感情を湧きあがらせて欲しい。
 
 
踊る事で、自分が生きているという「想い」を翻訳し、
相手に生命の躍動を感じて欲しい。
 
 
「想い」を、一枚の写真を介する事で翻訳し、
世界はこうやって見えるんだ!という感動を感じて欲しい。
 
 
文章と映像を駆使して「想い」を翻訳し、
「これ欲しい」「買いたい」という欲求を引き出したい。
 
 
その他にも、
 
喜び、悲しみ、納得、尊敬、衝動、共感、
あわれみ、怒り、気づき、平安、などなど・・・
 
 
さまざまな感情を相手に感じてもらいたいということから
人は「伝える」んじゃないかな?
 
と思う。
 
 
相手(自分の場合も)に、
 
「どんな感情も引き起こしたくない」
 
「何も感じて欲しくない」
 
という時に、人は決して伝えようとはしない。
 
 
その感情がどんなものであれ、
 
「湧きあがらせたい」
 
「引き起こしたい」
 
と思うから、伝えるんだと思うんだよね。
 
 
(仕事のプレゼンテーションだって、
 相手に「任せたい」という信頼の感情を
 引き起こすために、やっているに違いない)
 
 
 
伝える、ということは、
 
 
「自分の想いを翻訳し、
 相手に何らかの感情を引き起こそうとすること」。
 
 
 
だから、
 
何かを伝えるためには、
まずは自分の「想い」がないと始まらない。
 
また、相手に感情があることを信じ、
そこに訴えかけない限り、伝えていることにならない。
 
相手が人間であっても、動植物であっても、
たとえ、ぬいぐるみであっても。
 
 
 
伝え上手な人と言うのは、
 
自分の「想い」を、何かを介して
「翻訳」するのがうまく、
 
狙った「感情」を、相手に湧きあがらせることが
ピンポイントで出来る人なんだろうね。
 
 
 
うまく行っている人は、伝え上手だ。
 
自分の「想い」を翻訳し、
狙った感情を引き起こさせる。
 
それは、まずは自分に対してやり続けている。
 
 
自分の夢に向かって、必要な感情を引き起こし、
自分がネガティブになりそうな時には、
それを抑え、前向きな感情を引き起こす。
 
 
自分の「想い」を、自分自身に対して伝える。
 
そうやって、感情を素晴らしい状態にキープする。
 
 
その「伝える力」を以って、
自分以外の相手にも、自分の「想い」を翻訳し、
感情を湧きあがらせ、伝播させてゆく。
 
 
「伝える」って、奥が深いよね。
 
 
 
さてさて。
 
 
あなたにとって、あなたの「想い」を翻訳するものは
何ですか?
 
 
言葉?
 
身体表現?
 
歌?
 
絵?
 
写真?
 
ビジネス?
 
それとも?
 
 
 
そして、
 
その翻訳した「想い」を誰に届けて、
どんな感情を引き起こしたいと思いますか?
 
 
あなたにとって、それが最高の形で
「伝わり」ますように。
 
ではでは。
 

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